夫に惚れ薬を飲ませてみた。
「これ、魔女様特製の惚れ薬なの。飲んでくれない?」
カレンはそう言って、夫のアルドイスに小さな小瓶を差し出したのだった。
「これはまたおかしなものを調達してきたね」
アルドイスは動揺することもなく、小瓶を手に取り、光に翳した。
トロッとした液体が、わかりやすくピンク色に光っていた。
「で、飲むの?飲まないの?」
カレンは優雅にお紅茶に口をつけながら、再度促していく。
「僕に飲ませたい理由を聞いてからかな」
「普段とどう変わるかが見てみたいわ」
「それ、必要?」
「あら、普段は大して愛されていないのかもという、妻の可愛い悩みがわからないの?」
「本音は?」
「それ飲んでくれたら、私の方が優位に立てそう」
「……理由は聞くんじゃなかったな」
アルドイスは小さく息を吐きながら、小瓶の蓋を開けた。
「あまりいい匂いってわけでもないね」
「飲んでくれるの?」
「まあ、可愛い妻の好奇心が満たされるなら?」
「さっすが、アルドイス!大好き!」
「ほんとに調子がいいよね、君は…」
乾いた笑いを零しながら、アルドイスは小瓶に口をつけて一気に飲み干したのだった。
…ゴクリ。
「……どう?何か変わる!?」
カレンの隠せていない浮き立った声に、アルドイスは首を振った。
「即効性あるの、これ?」
「わからない。人によるって言われたわ」
「人による、ねぇ…」
そう言いながらアルドイスはふらふらと立ち上がって、カレンの元へと跪いた。
「アルドイス?」
カレンの声は聞こえているのかいないのか、熱っぽい目で見上げるだけだ。
「…なんか、顔が赤いことしかわからないわね」
「そう?」
アルドイスはニヤリとしながら、カレンの太ももを上からなぞっていく。
なんの予告もなく触られたので、カレンは少しだけたじろいだ。
「ちょっと…!」
「えぇ?だって、こういうことでしょ?惚れ薬なんだから」
「すぐに触っていいなんて言ってない」
「理不尽だなぁ」
くつくつ笑いながらアルドイスは、それなりの手つきに変わっていく。
それをカレンは不満そうに見下ろしていた。
「惚れ薬って、ただやりたいだけの薬ってこと?」
「もう少し言い方を包んでよ。君、それなりの家の夫人なんだからさぁ」
「だって、なんかこう、気持ちが疼いて苦しい、みたいなことが起こってくれるのかと思ったのに、なんか残念ね」
カレンは本当に残念そうに、太ももを撫でていくアルドイスの手の甲をつねった。
それにもビクリとしたアルドイスに、薬自体の効果はあるのね、とカレンは感心した。
「カレンのことが好きなのに、これ以上好きになるのは難しくないかなぁ?」
だんだんと呂律が甘くなってきたアルドイスの息が荒くなっていく。
「それよ!」
「どれ?」
「その気持ち、具体的に言って!いつもと何が違う!?」
カレンは、アルドイスにグッと顔を近づけた。
キラキラした目を向けられて、大変いかがわしい気持ちが募ってきているアルドイスにとっては、だいぶ酷な状況であり、今度はアルドイスのほうがたじろいだ。
「違うって…、うーん、君が眩しく見えているけど…?」
「他には?」
「えぇぇ…、脈がどくどく言っててうるさい」
「それから?」
「君が僕のこと好きになってくれたらいいのにと思ってしまうけど…?」
「それ、いつもと変わらないじゃない」
「もう、カレンは何を求めているんだい?」
「気持ちを無理やり上書きされるような感覚はないの?」
「ないね」
「そっかぁ。これ、あんまり強力じゃないのかしら?」
カレンが空の小瓶を掲げると、アルドイスはその膝にただ頬擦りするだけだ。
甘えてくるアルドイスに、カレンは何もしてやらない。
「目がぼーっとしてるわね」
「うん…、頭が熱い」
「今、一番に何したい?」
「カレンとキスしたい」
「普段と何も変わらないわね」
「そりゃあね、もう惚れてるからね」
「もっと面白いことになるのかなって思ってたけど、あなたじゃあんまり意味なかったのかもね」
「……僕以外に飲ませちゃダメだからね?」
その言い方がいつもと違って怖さも含んでいて、ジロリと見上げてくるアルドイスに、やっとカレンはニヤリと笑った。
「なるほどねぇ。普段聞き分けのいい旦那が、嫉妬まみれになるのね。それは面白いわ」
「……僕以外となんて、こと起こしたら、相手を殺しちゃうからダメだよ?」
「過激ねえぇ〜」
「ついでに、カレンのことも家から一生出さない…」
「あなた、そういう気持ちあったのね、意外だわ」
カレンの意外そうな声に、アルドイスは獣のように唸るしかなかった。
ただカレンの足に顔を埋めて、肩で息をしている。
「ふーん、そう。それはそれで面白そうね」
くすくす笑うカレンに、アルドイスは急に立ち上がって、その体を持ち上げた。
「もう限界。……いいよね?」
真剣な顔でカレンの顔を覗き込むアルドイスに、カレンはようやく降参と両手を上げた。
「うん、ごめんね。もういいよ」
カレンのその言葉で、アルドイスはあっという間に寝室にこもってしまうのだった。
普段と何かが違ったのかは、二人だけにしかわからなかっただろう。
だがしかし、問題は後日起こったのだった。
まあ、カレンからしたら、の話だが。
「はいどうぞ、カレン」
アルドイスはにっこりしながら、小瓶を手渡した。
それはどこからどう見ても、魔女特製の惚れ薬だった。
「え…、っと」
「今度は君の番だよね?」
「…………そうくる?」
「僕も君に惚れられてみたい」
「それ、今と変わらないじゃない……」
カレンは息を吐いてから、アルドイスを引っ張って先にベッドに向かった。
それから、小瓶の中身を一気に飲み込むのだった。
了
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219日目。




