第2話 企業案件と宣戦布告
翌朝。
灰谷レンは、自室の床に転がる金属片を見下ろしていた。
「……昨日の配信、同接最大七万か」
軍用改造ルンバが、義体の残骸をガリガリと吸い込んでいく。
血痕は完全除去済み。
壁の弾痕も自己修復素材でなかったことになっている。
完璧だ。
(……でも、三人同時投入はちょっと本気度高すぎない?)
昨夜の暗殺部隊。
あれは明らかに「様子見」ではない。
本気の排除命令。
つまり――
「バレてる、よなぁ……私が生きてるって」
死神は三年前に“消えた”ことになっている。
だが、どこかが嗅ぎつけた。
そのタイミングで昨日の襲撃。
そして。
レンの視線はモニターに向く。
【メール:企業案件のご相談】
差出人――
《アーク・ヘリオス社 広報部》
レンの目が、わずかに細くなった。
(よりにもよって、そこかよ)
アーク・ヘリオス。
かつて彼女を“死神”として使っていた巨大軍需企業だ。
件名は穏やか。
内容も丁寧。
『弊社新作フルダイブ型FPS「VALKYRIE FRONTIER」のPR配信をお願いしたく――』
レンは数秒、無言で考える。
――昨日、暗殺者を送ってきた企業。
――その翌日に案件。
「はは……」
笑った。
「面白いじゃん」
これは挑発だ。
“生きているなら姿を見せろ”
“従順ならスポンサーになってやる”
そういうことだ。
(でもさ)
レンは椅子に深く座る。
(案件は案件だよな?)
推しの限定ライブBD。
受注生産の抱き枕カバー。
特典付き直筆サイン色紙抽選。
資金はいくらあっても困らない。
「……受けるか」
即断だった。
そして夜。
『こんスノ~! 白雪エルだよ~!』
《こんスノ!》
《今日もかわいい》
《昨日の神エイムやばかった》
「今日はね~、ななななんと!」
画面内のエルがぴょんと跳ねる。
「企業案件でーす!」
《!?》
《個人勢なのに!?》
《でっか》
「アーク・ヘリオスさんの新作フルダイブFPS!
“VALKYRIE FRONTIER”をプレイしていきま~す!」
コメント欄が一瞬止まる。
そして。
《え》
《その会社って》
《軍需系じゃなかった?》
レンはにこにこ笑う。
「詳しいことはよくわかんないけど~!
すっごくリアルらしいよ?」
(リアルすぎるだろ、たぶん)
専用ヘッドギアを装着。
接続。
意識が、仮想空間へ落ちる。
目を開けると、そこは戦場だった。
荒廃都市。
硝煙。
遠くで爆発音。
「……本気か」
レンの声が低くなる。
UIは洗練されている。
挙動は実戦レベル。
兵士型NPCがこちらを視認。
「撃て!」
瞬間。
レンの身体が滑る。
弾道予測。
風向計算。
足場の強度。
すべてが脳内で同時処理される。
撃つ。
ヘッドショット。
撃つ。
また一人。
現実と同じ感覚。
(いや、これ……)
レンの眉が寄る。
(NPCの動きが、昨日の連中と同じだ)
癖。
連携パターン。
回避優先順位。
これは――
「実戦データ流用してるな」
その瞬間。
視界の端に赤い警告。
【SYSTEM MESSAGE】
《特別対戦モード開始》
目の前に現れたのは。
黒い装甲。
高周波ブレード。
そして――
光学迷彩。
「……は?」
相手が喋った。
「ターゲット確認。“死神”。排除開始」
レンの心拍が一瞬だけ上がる。
「はは……マジ?」
配信画面では、エルが笑っている。
『なんかボスキャラ出てきたよ~!』
《演出すご》
《ガチっぽい》
だがレンは理解した。
これはゲームじゃない。
これは。
「公開処刑かよ」
企業は配信を利用している。
“死神が生きているかどうか”を確かめるために。
勝てば証明。
負ければ――事故死扱い。
レンの口角が上がる。
「いい度胸じゃん」
ブレードが振り下ろされる。
躱す。
回し蹴り。
仮想空間でも、彼女の動きは異常だった。
加速。
跳躍。
視界が白く弾ける。
――首を、落とした。
ボスの身体が崩壊する。
【VICTORY】
コメント欄は爆発している。
《強すぎ》
《神ゲー確定》
《案件成功すぎる》
レンは甘い声に戻す。
『えへへ~! なんか勝っちゃった!』
だが。
視界の奥。
誰かが見ている。
【外部アクセス検知】
レンの瞳が鋭く光る。
(向こうも確信したな)
“死神は生きている”と。
そして。
彼女も確信した。
(来るな、これ。もっと大きいのが)
配信は笑顔で締める。
『今日はここまで! みんなありがと~!』
ログアウト。
ヘッドギアを外す。
部屋は静かだ。
だが、窓の外。
ドローンが一機、静止していた。
レンズがこちらを向いている。
レンは笑う。
「戦争、再開ってか?」
スマホに通知。
【非通知着信】
着信を取る。
低い男の声。
『久しぶりだな、死神』
レンの目が細まる。
「……誰だよ」
『お前を作った男だ』
通信が切れる。
静寂。
レンはゆっくり立ち上がる。
清楚VTuberの顔ではない。
戦場の顔。
「……推しのライブ前に、面倒起こすなよ」
こうして。
死神の第二章が、静かに幕を開けた。




