第1話 初見さん歓迎! 清楚系VTuberの(血塗られた)日常
「――目標確認。タワーマンション四十二階、南側角部屋。これより『死神』の排除を開始する」
ネオ・トーキョーの夜空を、三つの影が滑空していた。
光学迷彩に包まれたその姿は、肉眼ではほぼ認識不能。
多国籍企業が送り込んだ、最新鋭の暗殺部隊だ。
全身は戦闘用サイバネティクス義体。
感情を排した機械の目が、標的の部屋を捉える。
「相手は“死神”。三年前に姿を消した伝説の傭兵だ。油断するな」
「現在、標的は室内中央。PCに向かっている。無防備だ」
「好機。突入後、即時排除」
三つの影は音もなくベランダへ着地した。
強化ガラスを分子カッターで静かに切断。
そして、室内へ滑り込む。
そこにいたのは――
黒い軍事用タクティカル・トラッキングスーツ姿の銀髪の女。
だが。
彼女は侵入者に気づく様子もなく、モニターへ向かい、甘ったるい声を出した。
『――こんスノ~! 舞い散る雪はみんなの癒やし! 白雪エルだよ~!』
暗殺者たちは一瞬、フリーズする。
なんだ、この声は。
事前データでは、“死神”は低く冷徹な声の持ち主だったはず。
しかし女――灰谷レンは、背後の三人の存在をとっくに把握していた。
環境センサー。
空気の振動。
床の荷重変化。
全部、丸見え。
(でも今は配信中なんだよなぁ……)
レンの視線は、右モニターのコメント欄に釘付けだ。
《こんスノ!》
《待機してた!》
《今日も声かわいい》
《清楚すぎる》
(よし。同接五万スタート。スパチャの流れも良い)
そう。
かつて裏社会を震え上がらせた“死神”は、今――
登録者三百万人の個人勢VTuber『白雪エル』なのである。
推し活資金を稼ぐために。
すべては推しの等身大アクスタのために。
「死ね、死神」
背後から高周波ブレードが振り下ろされる。
刹那。
『今日はね~新作FPSをやっていきま――すっ!』
レンは甘い声を一切乱さず、ゲーミングチェアを蹴って高速回転。
刃をミリ単位で回避。
遠心力を乗せた回し蹴りが暗殺者の顎を粉砕する。
ゴギャァッ!!
金属義体が砕ける音が響いた。
『あっ、ごめんね? いまマイクにノイズ入っちゃったかも~』
《!?》
《今の何!?》
《爆音したぞw》
《またマイク蹴った?ドジっ子》
レンの首元には軍用AI搭載超指向性ノイズキャンセリング・チョーカー。
彼女の声以外は極限までカットされる。
(あぶなっ! マイクスタンド五千円したんだぞ!?)
内心ブチ切れながらも、画面のアバターは困り顔であわあわ。
完璧な清楚演技。
「銃器使用許可!」
残る二人がサブマシンガンを構える。
レンは右手でマウスを握ったまま、左手で机下の大型ハンドガンを抜いた。
『それじゃあマッチング開始するね~! えいっ♪』
パンッ、パンッ。
背後の暗殺者の膝関節を正確に撃ち抜く。
同時に、右クリックでゲーム開始。
「グアァッ!?」
『わっ! さっそく敵と遭遇~! 怖いよ~!』
《開始三秒で敵!?》
《エルちゃん逃げてー!》
倒れた暗殺者の頭部を踏み砕きながら、最後の一人の銃弾を首の傾きだけで回避。
弾丸はチタン合金壁に弾かれる。
『もう、しょうがないなぁ……そぉいっ!』
レンはハンドガンを投擲。
顔面直撃。
跳躍。
脚を絡め――捻る。
バキボキィッ!!
沈黙。
『……ふぅ。なんとか倒せたよぉ。危なかったぁ』
画面内では、同時にヘッドショット。
右手は一瞬もマウスから離れていない。
《え?》
《今どうやった?》
《エイム世界ランカーで草》
《ギャップ萌え》
《赤スパ¥10,000「今日もキレキレですね!」》
「んふふ~ありがと~! 推しのグッズ代にするね!」
床に転がるスクラップを足で端へ寄せる。
血痕は軍用改造ルンバに任せればいい。
(よし……今日のスパチャで推しの等身大アクスタ確定)
かつて“死神”と呼ばれた女は、
今日も清楚VTuberとして微笑む。
血と硝煙の匂いの中で。
すべては――
愛する推しと、平穏な配信生活を守るために。




