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第8話:物置小屋の宝物

火曜日の朝。


古い木造の物置小屋の前で、僕は腕組みをしていた。


引っ越してきてから一度も触れていない、「開かずの間」ならぬ「開かずの小屋」だ。


「本当に、何か入ってたんですよね……?」


「はい! 絶対に!」

横でゆきのさんが、期待に満ちた目で何度も頷く。


「すっごく大事なもの……だったと思うんです。私の記憶の欠片というか!」


「なるほど、記憶の欠片」 それは聞き捨てならない。


彼女の成仏に関わる重要な手がかりかもしれない。

僕は覚悟を決めて、錆びついた南京錠に手をかけた。


「ふんっ……!」


鍵穴は渋く、指に赤錆がつく。


「ぬおおお……っ!」


ガキンッ、と鈍い音がして、ようやく錠が外れた。

「開いた……」


ギギギギギ、と蝶番ちょうつがいが悲鳴を上げ、重い扉が開く。


途端に、カビと土埃が混じった、むっとする空気が流れ出した。


「ごほっ、ごほっ!」


「うわあ、すごい埃……大丈夫ですか柊さん?」


「平気……。とりあえず、ライト点けるよ」


スマホのライトで闇を切り裂く。


浮かび上がったのは、まさに「時間が止まったような空間」だった。


埃を被ったアンティークな家具。釣り道具。工具箱。そして――


「これは……」


奥の棚に、無造作に突っ込まれた数本の筒。


広げてみると、黄ばんだ設計図だった。古い青焼きの図面だ。


(まさか、この家の……?)


詳細を見て、僕は眉をひそめた。


リフォーム時に貰ったはずのこの家の図面とは別に、『二階の知らない空間』が存在している。しかも、そこには客室や書斎など、複数の部屋が描かれていた。 リフォーム時には完全に塞がれていた天井裏。そこに、これだけの空間が眠っているというのか?


「なんで二階を隠したんだ……それに、これ」

地下の図面には、温泉のさらに奥に『空白の空間』がある。


「この家、ダンジョンか何かなのか?」


「ロマンですねぇ!」


「いや、ロマンというか恐怖だよ。ゆきのさん覚えてないの?!」


「なーにひとつ覚えてないです(笑)」


思わずツッコミたくなる衝動を抑えながら、さらに探索を進めると、奇妙なものは次々と出てきた。


表紙の革がボロボロになった日記帳。

中身を読もうとしたが――


「あれ?」


特定の期間、およそ十ページ分だけが、定規を使ったように綺麗に切り取られている。


「ここだけ、ない……」


「あら? その字、なんだか私の字に似てますね」


ゆきのさんが背後から覗き込む。


「私の日記でしょうか? でも、破った覚えは……」


「覚えがないのが一番怖いんですよ」


その横には、木箱に入った真鍮製しんちゅうせいの装置。 無数の歯車が複雑に噛み合っているが、動力源が見当たらない。


回すとカチカチと音がするだけで、何が起きるわけでもない。


「どういう構造なんだ…?…」


情報量が多すぎて、頭が痛くなってきた。


そんな中、ゆきのさんが一冊の古いアルバムを見つけた。

「あ、写真です!」

パラパラとめくる。モノクロの写真の中で、見知らぬ家族が笑っている。 そして、あるページで彼女の手が止まった。 庭のテーブルを囲み、優雅にお茶を楽しんでいる風景だ。


「あ……」


ゆきのさんが息を呑む。


「これ……」


彼女の目が釘付けになっている。

来たか、と思った。

ついに、彼女の死因や、この土地に縛られる理由に繋がる記憶が――。

僕は緊張して唾を飲み込んだ。


「ゆきのさん、何か思い出したんですか?」


ゆきのさんはゆっくりと顔を上げ、輝くような笑顔で言った。


「はい! 毎週日曜日は、ここでお茶会をしてたんです!」


「……はい?」

「見てください、このシフォンケーキ! 私が焼いたんです! すっごく美味しかったんですよ~!」


「……え、それだけ?」


「それだけって何ですか! 美味しいケーキと紅茶、これ以上大事なことなんてありません!」


僕はガクリと肩を落とした。


「……まあ、楽しそうで何よりです」


呪いとか怨念とかじゃなくてよかった、と思うことにしよう。


          ◇


「はぁ……疲れた」


一通りの探索を終え、頭を使ったせいか猛烈に腹が減った。

戦利品の中に、手入れすれば使えそうな黒い七輪しちりんがあったのを思い出す。


「今日はもう、これでいいか」


庭に七輪を据え、炭をおこす。 パチパチと炭が爆ぜる音。

網の上には、スーパーで買ってきた半額のサンマ。 ジュウウウウ――。


脂が炭に落ち、香ばしい白煙が立ち上る。


「ああ、いい音……」


「いい匂いですねぇ……」


ゆきのさんが隣にちょこんと座る。

「食べられないのが悔しいですけど、煙だけでご飯三杯いけそうです」


「安上がりな幽霊ですね」


「ふふっ、匂いは記憶を呼び覚ますんですよ」


都会の喧騒を離れ、縁側でサンマを焼く。

これぞスローライフ。様々な謎は見なかったことにして、今はただ――。


「柊さぁぁぁぁんッ!!」


癒やしの時間を切り裂く、悲鳴のような声。 裏の畑から、緒方美咲が鬼の形相で走ってきた。


「ゲホッ、ゴホッ! 何してるんですか!?」


「あ、美咲さん。サンマ焼いてて。食べる?」


「食べません! 風向き! 風向きを考えてください!」


美咲は血相を変えて、自分の畑のトマトの前に立ちはだかった。


「煙が! 私の愛しい『とまとちゃん』たちにかかってるじゃないですか!」


「え、そこ?」


「当たり前です! 植物だって呼吸してるんですよ!? 気孔が詰まったらどうするんですか! 光合成の効率が0.5%下がったら責任取れるんですか!?」


「ええ!それは悪かった」


美咲はジョウロを構え、必死にトマトの葉を洗い流し始めた。


「ごめんねとまとちゃん、いま綺麗にしてあげるからね……苦しかったね、汚い煙吸わされちゃって……」


まるで毒ガス攻撃を受けたかのような騒ぎようだ。

ゆきのさんが、お腹を抱えて笑っている。


「あはは! 美咲ちゃん、今日も絶好調ですね!」


「……元気で何よりだよ」


「ああっ、柊さん! サンマ! 裏返さないと!」


「うわっ、忘れてた!」 慌ててひっくり返すが、皮が網にくっついて無惨に剥がれた。少し焦げている。


「もう……ドタバタですね」


僕が苦笑すると、ゆきのさんも目を細めた。


「でも、賑やかで楽しいです」


焦げたサンマと、怒れる隣人と、笑う幽霊。

謎だらけの古民家だけど、こういう休日の過ごし方も、まあ悪くはないか。


僕は焦げた身をほじくりながら、空を見上げた。


(第八話 終わり)

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