表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

第6話:小さな来客

週末の昼下がり。

僕は庭の手入れをしていた。伸びすぎた雑草を抜き、生垣を整える。


「ふぅ……」


この家に引っ越してきて、もうすぐ半年。ようやく、ここでの生活にも慣れてきた。

扉のことも——まあ、なんとか。

最近は家の事も少しずつわかってきた。思った通り場所へつながる扉が出てきたり、温泉の湯加減がちょうどよくなったり。ただ、未だにわからない事が沢山ある。


(最初の大工はどうやってこんな家建てたんだか…)


あるいは、後からこうなったのか…

そんなことを考えながら、もくもくとはさみを動かす。


「っ……腰が……」


中腰の作業は、やっぱりキツい。

その時——


「あのー、すみませーん」


玄関前の方で声がした。


「ん?」


顔を上げる。

家の前に、子供が二人立っていた。

女の子と、男の子。小学生くらいだろうか。

女の子は少し困ったような顔をして、男の子の手を握っている。


「あ、はい」


僕は鋏を置いて、近づいた。


「どうしたの?」


「うちら近くに住んでるんですけど…」


女の子は上目遣いに僕を見た。


「去年までずっとこの家で遊ばせてもろてたんです」


「遊ばせてもらってた?」


「そう!前に住んどったおじいちゃんが、『好きに遊んでええで』って言うてくれてて……」


女の子は目を伏せた。


「でも、おじいちゃん亡くなってもうて……ほんで、ウチら遊べるところなくなってもうて……」


弟の男の子も、小さく頷いた。目が潤んでいる。


「そう、だったんだ……」


前の持ち主のことは、不動産屋から聞いていた。高齢の男性で、一人暮らし。


「あの、もう無理やと思うんですけど……今日だけ、遊ばせてもらえませんか……?」


女の子は、じっと僕を見つめた。


「お願いします……」


「……」


僕は少し考えた。

子供たちにとって、思い出の場所なんだろう。最後に一回くらいなら——


「今日だけなら、いいよ」


「ほんまですか!?」


女の子の顔が、パッと明るくなった。


「やったで!ケンちゃん、遊んでええって!」


弟の男の子——ケンちゃんも、ニコッと笑った。


「ありがとうございます!」


二人は頭を下げると——


「ほな、お言葉に甘えて!」


女の子は弟の手を引いて、玄関に駆け出した。


「あ、ちょっと待って——」


その表情の変わりよう。

さっきまでの涙目は、どこへ?


「……しめしめ、って顔してなかったか、今?」


僕は首を傾げたが、まあいいか。子供だし。


玄関に入ると、二人はもう靴を脱いでいた。


「えー!中めっちゃかわってるやん!」


女の子——ユイちゃんというらしい——は、きょろきょろと周りを見回している。


「あ、ごめん、勝手に入ってもうて——って、そんなん気にせんでええな、今日は許可もろたし!」


「いや、まあ……今日だけだからね」


「にいちゃん、優しいなあ!ケンちゃん、あそぶで!」


ケンちゃんはニコニコしながら頷いている。


「あの、危ないから庭だけで——」


「にいちゃん、この家のこと、どれくらい知ってる?」


ユイちゃんが、ニヤリと笑った。


「知ってるって……住んでるから、ある程度は」


「ある程度?」


「ああ。扉が出てきたり、温泉があったり——」


「それだけ?」


ユイちゃんは目を丸くした。


「しばらく住んどって、それだけ?」


「え……他に何かあるのか?」


「いっぱいあるで!」


ユイちゃんは玄関の真ん中に立った。


「見とってな!ケンちゃん、やるで!」


ケンちゃんも隣に立つ。

二人同時に——

パン、パン、パン。

三回、手を叩いた。


「……?」


その瞬間、窓の外の景色が変わった。


「え!?」


庭を見る。

さっきまで何もなかった庭に——滑り台とブランコ、遊具一式が出現している。


「嘘だろ……」


「すごいやろ!」


ユイちゃんは得意げに胸を張った。


「玄関で三回拍手したら、庭に遊具が出てくんねん!」


「マジか……」


「にいちゃん住んでるのにそんなんも知らんかったん?もったいないわー」


ユイちゃんはクスクス笑った。


「いや、でも俺はそんな——」


「ほな、これは?」


ユイちゃんは両手をぐるぐると回し始めた。頭の上まで持っていき——

パン!

手を叩いた。

その瞬間。

ポトポトポト。


「え?」


上を見る。

天井から、飴が降ってくる。


「うわっ!」


床一面に、色とりどりの飴が散らばる。


「何これ……!」


「飴やで!ケンちゃん、拾って拾って!」


二人は床に這いつくばって、飴を集め始めた。


「ちょ、ちょっと待って!突然降ってきた飴って——」


「大丈夫やって!おいしいで!」


ユイちゃんは飴を一つ口に放り込んだ。


「ほら、にいちゃんも!」


「いや、でも……」


「食べてみ!」


僕は一つ拾って、恐る恐る舐めてみた。


「……本当だ、おいしい」


「やろ?ほな、ケンちゃん行くで!」


「え、まだ何かあるのか?」


それから、二人は次々と家の秘密を披露してくれた。

リビングの窓を二回ノックすると、窓の外の景色が森になる。


「すごい……」


書斎のドアを後ろ向きで開けると、中が図書館になる。


「マジで……?」


キッチンの引き出しを三回連続で開け閉めすると、ポップコーンが出てくる。


「もう、ついていけない……」


僕はソファにドサッと座り込んだ。


「はぁ……」


ユイちゃんとケンちゃんは、楽しそうに家中を走り回っている。


「にいちゃん、まだまだこれからやで!」


ユイちゃんは笑いながら言った。


「こんなおもろい家に住んどって、楽しまへんのもったいなさすぎやで!」


「いや、だって譲り受けるとき、誰もこんなこと教えてくれなかったから……」


「そら、自分で見つけへんと!ウチらも、おじいちゃんと一緒に色々試したんやで!」


「試した……?」


「そう!この家な、機嫌がいいと願い通りにしてくれんねん」


「機嫌がいいと……?」


「せやで!いっつもじゃないねん。機嫌ええ時だけ!機嫌が悪いと、たらいとか降ってくんで!」


記憶に新しい説明に、思わず納得してしまう。

ユイちゃんはケンちゃんの頭を撫でた。


「やから、にいちゃんも色々試してみたらええねん。おもろいで!」


「そう、なのか……」


改めて言われると、確かにそうだ。

扉が減ったのも、温泉が残ったのも、たまたま家が応えてくれただけかもしれない。


「色々試す、か……」


「でもな」


ユイちゃんの表情が、少し真面目になった。


「にいちゃん、一つだけ気ぃつけなあかんことがあんねん」


「気をつけること?」


「そう。この家、めっちゃおもろいねんけど——あれだけには近づいたらあかん」


「あれ……?」


「おじいちゃんも言うてた。『あれには近づくな』って」


僕は身を乗り出した。


「あれって、何だ?」


ユイちゃんは窓の外を指差した。


「あ、ちょうど来てるやん」


「え?」


窓の外を見る。

庭——滑り台とブランコの奥。生垣の向こうに、何かいる。

黒い、もやのようなもの。

人の形をしているけど、輪郭がぼやけている。


「……何だ、あれ」


「知らん」


ユイちゃんは首を横に振った。


「ウチも見たことあるだけで、近づいたことないねん。おじいちゃんが『絶対あかん』って」


黒いもやは、じっとこちらを見ているような気がした。

でも、何もしてこない。

ただ、そこに立っている。


「……怖いな」


「せやろ?やから、にいちゃんも気ぃつけてな」


それからしばらく、二人は家中で遊びまわり、庭の遊具でひとしきり遊んだ。

日が傾いてきたころ、ユイちゃんがおもむろに立ち上がった。


「ほな、ウチらそろそろ帰るわ!」


「え、もう?」


「うん!めっちゃ楽しかったし、満足や!ケンちゃんも楽しかったな?」


ケンちゃんは満面の笑みで頷いた。


「ほな、にいちゃん、ありがとな!またくるわー!」


「あ、ああ……」


二人は玄関に向かった。


「ちょっと待て、またくるって……」


「気ぃつけてな、にいちゃん!あれには近づいたらあかんで!」


「分かった……」


玄関のドアが閉まる。

二人の足音が遠ざかっていく。


「……行っちゃった」


僕は一人、リビングに残された。

窓の外を見る。

黒いもやは、まだそこにいた。


「あれには、近づくな……か」


僕は窓に近づいた。

もやを、じっと見つめる。

もやも——こちらを見ている気がする。


「……何者だ、お前」


その時、風が吹いた。

生垣が揺れる。

もやは——

少し、揺れた。

まるで、会釈するように。


「え……?」


もやは、ゆっくりと後ろに下がっていく。

そして、生垣の陰に消えた。


「消えた……いや、隠れた?」


僕は窓に額を押し付けた。


「何なんだ、あれ……」


遊具も、いつの間にか消えている。

家は、また静けさを取り戻していた。

でも——

会釈、したような気がした。


「あれ、怖がらなくていいのか……?」


窓の外を、もう一度見る。

黒いもやは、いない。


「お前も、この家の一部なのか……?」


その時、足元でガタンと音がした。


「ん?」


見下ろすと、モアイ像が窓際に移動していた。


「お前……」


モアイ像は、窓の外を見ている。

黒いもやがいた方向を、じっと見つめている。


「お前、あれのこと知ってるのか?」


モアイ像は答えない。


「まあ、いいか」


その時——モアイ像が、くるくると回り始めた。


「うわっ!」


ゴトゴト音を立てて、高速回転。


「何だよ、急に!」


5秒ほど回って——ピタッと止まった。


「……?」


気が付くと、モアイ像ともやは見つめ合っていた。


「……お前ら、知り合いなのか?」


二人(?)は、じっと見つめ合っている。


「何だよ、この空気……」


数秒後——もやは、ゆっくりと会釈して消えた。


「やっぱり、挨拶してたのか……」


モアイ像は、無表情のまま。

でも——少し、安心したように見えた。


「お前ら、仲良いのか?」


答えはない。


「……まあいいか」


僕は笑って、ソファに座った。


「この家、本当に謎だらけだな」


モアイ像を見る。

満足したのか、横に倒れて、どこかへ転がって行った。


(…なんだあいつ…)


「ま、まあ明日から、色々試してみるか」


小さくつぶやいて、電気を消した。

(第六話終わり)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ