第6話:小さな来客
週末の昼下がり。
僕は庭の手入れをしていた。伸びすぎた雑草を抜き、生垣を整える。
「ふぅ……」
この家に引っ越してきて、もうすぐ半年。ようやく、ここでの生活にも慣れてきた。
扉のことも——まあ、なんとか。
最近は家の事も少しずつわかってきた。思った通り場所へつながる扉が出てきたり、温泉の湯加減がちょうどよくなったり。ただ、未だにわからない事が沢山ある。
(最初の大工はどうやってこんな家建てたんだか…)
あるいは、後からこうなったのか…
そんなことを考えながら、もくもくと鋏を動かす。
「っ……腰が……」
中腰の作業は、やっぱりキツい。
その時——
「あのー、すみませーん」
玄関前の方で声がした。
「ん?」
顔を上げる。
家の前に、子供が二人立っていた。
女の子と、男の子。小学生くらいだろうか。
女の子は少し困ったような顔をして、男の子の手を握っている。
「あ、はい」
僕は鋏を置いて、近づいた。
「どうしたの?」
「うちら近くに住んでるんですけど…」
女の子は上目遣いに僕を見た。
「去年までずっとこの家で遊ばせてもろてたんです」
「遊ばせてもらってた?」
「そう!前に住んどったおじいちゃんが、『好きに遊んでええで』って言うてくれてて……」
女の子は目を伏せた。
「でも、おじいちゃん亡くなってもうて……ほんで、ウチら遊べるところなくなってもうて……」
弟の男の子も、小さく頷いた。目が潤んでいる。
「そう、だったんだ……」
前の持ち主のことは、不動産屋から聞いていた。高齢の男性で、一人暮らし。
「あの、もう無理やと思うんですけど……今日だけ、遊ばせてもらえませんか……?」
女の子は、じっと僕を見つめた。
「お願いします……」
「……」
僕は少し考えた。
子供たちにとって、思い出の場所なんだろう。最後に一回くらいなら——
「今日だけなら、いいよ」
「ほんまですか!?」
女の子の顔が、パッと明るくなった。
「やったで!ケンちゃん、遊んでええって!」
弟の男の子——ケンちゃんも、ニコッと笑った。
「ありがとうございます!」
二人は頭を下げると——
「ほな、お言葉に甘えて!」
女の子は弟の手を引いて、玄関に駆け出した。
「あ、ちょっと待って——」
その表情の変わりよう。
さっきまでの涙目は、どこへ?
「……しめしめ、って顔してなかったか、今?」
僕は首を傾げたが、まあいいか。子供だし。
玄関に入ると、二人はもう靴を脱いでいた。
「えー!中めっちゃかわってるやん!」
女の子——ユイちゃんというらしい——は、きょろきょろと周りを見回している。
「あ、ごめん、勝手に入ってもうて——って、そんなん気にせんでええな、今日は許可もろたし!」
「いや、まあ……今日だけだからね」
「にいちゃん、優しいなあ!ケンちゃん、あそぶで!」
ケンちゃんはニコニコしながら頷いている。
「あの、危ないから庭だけで——」
「にいちゃん、この家のこと、どれくらい知ってる?」
ユイちゃんが、ニヤリと笑った。
「知ってるって……住んでるから、ある程度は」
「ある程度?」
「ああ。扉が出てきたり、温泉があったり——」
「それだけ?」
ユイちゃんは目を丸くした。
「しばらく住んどって、それだけ?」
「え……他に何かあるのか?」
「いっぱいあるで!」
ユイちゃんは玄関の真ん中に立った。
「見とってな!ケンちゃん、やるで!」
ケンちゃんも隣に立つ。
二人同時に——
パン、パン、パン。
三回、手を叩いた。
「……?」
その瞬間、窓の外の景色が変わった。
「え!?」
庭を見る。
さっきまで何もなかった庭に——滑り台とブランコ、遊具一式が出現している。
「嘘だろ……」
「すごいやろ!」
ユイちゃんは得意げに胸を張った。
「玄関で三回拍手したら、庭に遊具が出てくんねん!」
「マジか……」
「にいちゃん住んでるのにそんなんも知らんかったん?もったいないわー」
ユイちゃんはクスクス笑った。
「いや、でも俺はそんな——」
「ほな、これは?」
ユイちゃんは両手をぐるぐると回し始めた。頭の上まで持っていき——
パン!
手を叩いた。
その瞬間。
ポトポトポト。
「え?」
上を見る。
天井から、飴が降ってくる。
「うわっ!」
床一面に、色とりどりの飴が散らばる。
「何これ……!」
「飴やで!ケンちゃん、拾って拾って!」
二人は床に這いつくばって、飴を集め始めた。
「ちょ、ちょっと待って!突然降ってきた飴って——」
「大丈夫やって!おいしいで!」
ユイちゃんは飴を一つ口に放り込んだ。
「ほら、にいちゃんも!」
「いや、でも……」
「食べてみ!」
僕は一つ拾って、恐る恐る舐めてみた。
「……本当だ、おいしい」
「やろ?ほな、ケンちゃん行くで!」
「え、まだ何かあるのか?」
それから、二人は次々と家の秘密を披露してくれた。
リビングの窓を二回ノックすると、窓の外の景色が森になる。
「すごい……」
書斎のドアを後ろ向きで開けると、中が図書館になる。
「マジで……?」
キッチンの引き出しを三回連続で開け閉めすると、ポップコーンが出てくる。
「もう、ついていけない……」
僕はソファにドサッと座り込んだ。
「はぁ……」
ユイちゃんとケンちゃんは、楽しそうに家中を走り回っている。
「にいちゃん、まだまだこれからやで!」
ユイちゃんは笑いながら言った。
「こんなおもろい家に住んどって、楽しまへんのもったいなさすぎやで!」
「いや、だって譲り受けるとき、誰もこんなこと教えてくれなかったから……」
「そら、自分で見つけへんと!ウチらも、おじいちゃんと一緒に色々試したんやで!」
「試した……?」
「そう!この家な、機嫌がいいと願い通りにしてくれんねん」
「機嫌がいいと……?」
「せやで!いっつもじゃないねん。機嫌ええ時だけ!機嫌が悪いと、たらいとか降ってくんで!」
記憶に新しい説明に、思わず納得してしまう。
ユイちゃんはケンちゃんの頭を撫でた。
「やから、にいちゃんも色々試してみたらええねん。おもろいで!」
「そう、なのか……」
改めて言われると、確かにそうだ。
扉が減ったのも、温泉が残ったのも、たまたま家が応えてくれただけかもしれない。
「色々試す、か……」
「でもな」
ユイちゃんの表情が、少し真面目になった。
「にいちゃん、一つだけ気ぃつけなあかんことがあんねん」
「気をつけること?」
「そう。この家、めっちゃおもろいねんけど——あれだけには近づいたらあかん」
「あれ……?」
「おじいちゃんも言うてた。『あれには近づくな』って」
僕は身を乗り出した。
「あれって、何だ?」
ユイちゃんは窓の外を指差した。
「あ、ちょうど来てるやん」
「え?」
窓の外を見る。
庭——滑り台とブランコの奥。生垣の向こうに、何かいる。
黒い、もやのようなもの。
人の形をしているけど、輪郭がぼやけている。
「……何だ、あれ」
「知らん」
ユイちゃんは首を横に振った。
「ウチも見たことあるだけで、近づいたことないねん。おじいちゃんが『絶対あかん』って」
黒いもやは、じっとこちらを見ているような気がした。
でも、何もしてこない。
ただ、そこに立っている。
「……怖いな」
「せやろ?やから、にいちゃんも気ぃつけてな」
それからしばらく、二人は家中で遊びまわり、庭の遊具でひとしきり遊んだ。
日が傾いてきたころ、ユイちゃんがおもむろに立ち上がった。
「ほな、ウチらそろそろ帰るわ!」
「え、もう?」
「うん!めっちゃ楽しかったし、満足や!ケンちゃんも楽しかったな?」
ケンちゃんは満面の笑みで頷いた。
「ほな、にいちゃん、ありがとな!またくるわー!」
「あ、ああ……」
二人は玄関に向かった。
「ちょっと待て、またくるって……」
「気ぃつけてな、にいちゃん!あれには近づいたらあかんで!」
「分かった……」
玄関のドアが閉まる。
二人の足音が遠ざかっていく。
「……行っちゃった」
僕は一人、リビングに残された。
窓の外を見る。
黒いもやは、まだそこにいた。
「あれには、近づくな……か」
僕は窓に近づいた。
もやを、じっと見つめる。
もやも——こちらを見ている気がする。
「……何者だ、お前」
その時、風が吹いた。
生垣が揺れる。
もやは——
少し、揺れた。
まるで、会釈するように。
「え……?」
もやは、ゆっくりと後ろに下がっていく。
そして、生垣の陰に消えた。
「消えた……いや、隠れた?」
僕は窓に額を押し付けた。
「何なんだ、あれ……」
遊具も、いつの間にか消えている。
家は、また静けさを取り戻していた。
でも——
会釈、したような気がした。
「あれ、怖がらなくていいのか……?」
窓の外を、もう一度見る。
黒いもやは、いない。
「お前も、この家の一部なのか……?」
その時、足元でガタンと音がした。
「ん?」
見下ろすと、モアイ像が窓際に移動していた。
「お前……」
モアイ像は、窓の外を見ている。
黒いもやがいた方向を、じっと見つめている。
「お前、あれのこと知ってるのか?」
モアイ像は答えない。
「まあ、いいか」
その時——モアイ像が、くるくると回り始めた。
「うわっ!」
ゴトゴト音を立てて、高速回転。
「何だよ、急に!」
5秒ほど回って——ピタッと止まった。
「……?」
気が付くと、モアイ像ともやは見つめ合っていた。
「……お前ら、知り合いなのか?」
二人(?)は、じっと見つめ合っている。
「何だよ、この空気……」
数秒後——もやは、ゆっくりと会釈して消えた。
「やっぱり、挨拶してたのか……」
モアイ像は、無表情のまま。
でも——少し、安心したように見えた。
「お前ら、仲良いのか?」
答えはない。
「……まあいいか」
僕は笑って、ソファに座った。
「この家、本当に謎だらけだな」
モアイ像を見る。
満足したのか、横に倒れて、どこかへ転がって行った。
(…なんだあいつ…)
「ま、まあ明日から、色々試してみるか」
小さくつぶやいて、電気を消した。
(第六話終わり)




