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第1話 朝の違和感

朝のコーヒーを淹れようとして、僕は固まった。


リビングの壁に、みたことがない扉がある。


「……え?」


昨日の夜まで、そんなものはなかった。


真っ白な壁しかなかった場所に、今、古びた木製の扉が——まるで最初からそこにあったかのように佇んでいる。


寝癖のついた髪を掻きながら、もう一度見る。


やっぱりある。


「いやいやいや、……え?」


カップを持つ手が震えて、コーヒー豆を床にこぼした。


「あ……」


いや、それどころじゃない。

僕、柊一真ひいらぎ かずまは、この家を3ヶ月かけてリフォームした。

壁の一枚一枚、床の一本一本、全て自分の手で確認した。

建築士として、自分の家の構造は完璧に把握しているつもりだ。


(なのに——知らない扉が、現れている…???)


「……夢だよな?」


コーヒー豆を諦めて、扉に近づく。まだパジャマ姿だ。

裸足の足裏が、フローリングの冷たさを感じる。

ノブに触れる。冷たい。本物の金属の感触。


「マジかよ……」


表面を撫でる。ざらついた木材。経年劣化で浮き出た木目。ところどころに深い傷。


「本物じゃん……」


頬をつねる。


「痛っ」


夢じゃない。


「誰だよ、こんなところに扉おいたの……」


いや、待て。ここは丘の上の一軒家だ。夜中に誰かが侵入して、壁に扉を取り付ける?


「ありえないな……」


さすがに夜中にドタバタしていたら気づくだろうと思いつつ

ノブに手をかける。ゆっくりと回すと——ギィ、と軋んだ音がして、扉が開いた。

中を覗くと…


「……玄関?」


下駄箱。傘立て。玄関マット。見慣れた玄関の光景が、扉の向こうに広がっていた。


「ちょっと待て……」


扉を閉めて、慌てて玄関に回る。


玄関の壁を見ると——そこには何もない。扉があるはずだが、白い壁には何もなかった。


(片道だけなのか…?)


指で叩いてみる。コンコンと乾いた音。中空の石膏ボード。


「意味わかんねえ……」


リビングに戻って、扉を開ける。やはり玄関だ。


「どういうことだ……?」


扉を閉める。開ける。玄関。閉める。開ける。玄関。


「玄関、玄関、玄関……」


何度やっても玄関。


「ショートカット……?いや、でも……」


その時——視界のはしに、何かが映った。


「うそ……」


廊下にも、別の扉があった。


「ここにも?」


駆け寄って確かめてみる。真っ白な扉。さっきのとは違うデザインだった。

恐る恐る開けてみると。


「書斎だ……」


見慣れた本棚。デスク。窓から差し込む朝日。そこはまぎれもなく別室の書斎だった。

心臓がバクバクしてきた。


「待て待て……もしかして他にも…?」


寝室に走る。


「……あった」


クローゼットの奥に、小さな扉があった。

他にもないかと走り回ると。

浴室の鏡の表面に、小さなノブが付いていた。


「鏡が扉になってる……」


書斎に戻る——本棚と壁の隙間に、また扉。


「何だよ、これ……!」


頭を抱える。家中が、扉だらけ。


「誰だよ……いつの間に……」


(いや、そもそも昨日の夜まで、何もなかったんだ)


パニックになりながらも、僕は家中の扉を開けて回った。

廊下の扉——開けると、書斎につながっている。


「はぁ?」


寝室のクローゼット——奥の小さな扉を開けた瞬間。


「うわっ!」


視界が反転した。下から見上げる、キッチンの床下収納。換気扇のゴォーという音。床下特有の湿った匂い。


「上下さかさま……?あぶないな……」


浴室の鏡——ノブを回すと、鏡が扉のように開いた。向こう側は、寝室のベッドの下。


「ベッドの下って…誰が入るんだよ……」


這いつくばらなければ入れない高さにうんざりしながらも、別の扉をあげてみる。

本棚の扉を——開けると、今度はトイレにつながっていた。


「ここはトイレか……」


キッチンの床下収納の扉——覗き込むと、上の階へ続く階段がそこにあった。


「二階?いや……」


階段を上がってみる。天井が低くて、頭ぶつけそうになる。


「うわっ、狭っ……」


狭い空間。低い天井。埃っぽい空気。


「屋根裏……?でも、屋根裏なんて作った覚えはないぞ……」


設計図にもないはずだ。


「わけわかんねえ……!」


リビングに戻って、ソファにドサッと座り込んだ。

コーヒーは完全に忘れていた。


「はぁ……」


深呼吸する。


(落ち着け。一旦整理しよう。)


一つ、扉がいくつも出現した。

二つ、それぞれが家の中の別の場所につながっている。

三つ、昨日までは確実になかった。


「……夢じゃないよな」


もう一回頬をつねる。


「痛って!」


ふと気になり、もう一度リビングの扉を、開けてみる。


「……あれ?」


玄関じゃない。暗い。階段?


「行き先が、変わった……?」


何も特別なことはした覚えがないが、行き先が変わっていた。

スマホを取り出して、ライトを点ける。石造りの階段が、下へ、下へと続いている。


「地下……?作った覚えはないんだが……」


家を買い取った時の設計図にも記されていなかったことを思い出し、呆れながらも、階段を降りてみることにした。


「まさか…誰か住んでたりしないよな…」


一歩ずつ、慎重に降りる。ひんやりとした空気。湿った匂い。


いや、待て——


「これは……硫黄か?」


下に降りるにつれ、嗅いだことのある刺激臭が徐々に漂ってきた。

十段、十五段、二十段。

階段を降りきると——空間が広がっていた。

スマホのライトで照らす。石造りの壁。岩肌の天井。


そして中央には——


「……温泉?」


湯気だ。白い湯気が、石造りの浴槽から立ち上っている。


「マジで温泉……?」


近づいて、恐る恐る湯に手を入れてみる。


「あっつ……!」


慌てて手を引っ込める。本物だ。ちゃんと熱い。


「本物じゃん……」


浴槽の縁を見る。空間には不釣り合いな趣味の悪いタイルがばらばらに配置されていた。


「これはちょっとダサすぎるな…」


思わず声に出てしまった。


ただ、温泉自体は—-湯気に包まれた空間。硫黄の香り。岩肌の天井から滴る水滴の音。


「まあ……悪くないか」


周囲を見回す。

ここには温泉があるだけで、どこかへつながる扉はないようだった。

来た道を戻りながら、この後のことを考える。


(ひょっとして、他の扉もさっきと別の場所につながっているんじゃ…)


リビングに戻り、別の扉を開けてみる。


今度はどこかの森の中で、そこにはシカが水を飲んでいる光景が広がっていた。


「もうわけがわからない……」


扉を閉め、ため息をついた。

どうすれば元の家に戻るかを考えながらふと愚痴をこぼす。


「かんべんしてくれ……」


つぶやいた、その瞬間——

パタン。

音がした。


「え?」


上を見上げる。リビングへ続く階段の上、開いたままだった扉が——閉まっている。


「閉まった……?」


慌てて階段を駆け上がる。扉を開ける。リビングに出た。周囲を見回す。


「……消えてる」


廊下の扉が、ない。


「マジか……」


寝室に走る。クローゼットの扉も、消えている。

浴室の鏡——普通の鏡に戻っている。ノブも、ない。

書斎の本棚の後ろ——何もない。


「全部、消えた……?」


リビングに戻る。地下への扉だけが、残っている。

でも、さっきとは少し違う気がする。木材がもっと古く見える。ノブの位置も、微妙にずれている。

僕は扉の前に立った。扉をじっと見つめる。


「……俺の言葉に、反応した?」


「”かんべんしてくれ”」


そう言った瞬間、扉が閉まって消えた。


そうだとしたら——


「この家……生きてるのか?」


だとしたら、


「面白いな……」


都会で働いていた頃は、毎日同じだった。

満員電車に揺られ、通勤しては、帰るの繰り返し。週末は疲れて寝てるだけ。


「息苦しかったな……」


この家を買って、ここに引っ越してきたのは——静かな場所が欲しかったから。自分のペースで、自分の好きなように生きたかった。


不動産屋は「訳あり物件」だと言った。前の住人が急に出て行ったらしい。

でも、静かで、広くて、自分好みにリフォームできる——それだけで十分だった。


「まさか、こんなにへんてこな家だったとは……」


扉に手を置く。


「お前、何がしたいんだ?」


返事はなかった。

――――――――――――――――――――――――――

その日の午後、僕は地下でタイル張り替えていた。


「よし……!完璧……!」


青一色で統一された浴槽。きっちりと並んだタイル。


「これだよ、これ……」


満足げに頷いて、腰をトントンと叩く。


「痛っ……」


腰が、ヤバい。やりすぎた。

一度リビングに戻って、キッチンで水を一気に飲む。


「っぷはぁー!」


服を脱いで、タオルを持って地下に降りる。

温泉に足を入れる。


「っ……あっつ……!」


ゆっくりと体を沈める。


「はぁあああ……」


自分で直したタイル。完璧な仕上がりだ。


「最高だな……」


湯に浸かりながら、僕は扉のことを考えた。

この家は、僕の言葉に反応する。


「お前……何がのぞみなんだ?」


当然、返事はない。


でも——この温泉は残してくれた。


「ありがとな」


扉に向かって、小さくつぶやいた。

―――――――――――――――――――――――――――――

その夜。

書斎でパソコンに向かう。クライアントから依頼されたカフェの設計図。

1時間ほど作業を続けて——


「もう限界だな……」


目が霞む。ファイルを保存して、伸びをする。

部屋を出る前に、軽く片付けをする。本を本棚に戻し、ペンを引き出しにしまう。

引き出しを開けて、ペンを入れる。


「……ん?」


手が止まった。

何か、違和感。引き出しの配置が、ちょっと変な気がする。


「……いや、そんなわけないか」


疲れてるんだな。

引き出しを閉めて、電気を消す。

廊下を歩きながら、ふとリビングの方を見る。

扉が、相変わらずそこにある。


(また何か、変わったりするのかな)


ベッドに倒れ込む。


「変なのはかんべんしてほしいな……」


そんなことを考えながら、僕は眠りについた。


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