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堕天/FREEDOM’S CROWN  作者: イチジク
もう目覚めたから

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8/41

それは、神か悪魔か――願いの代価

「本日は私が代理で指揮官だ。神崎さんは用があってだな。……では、任務の説明を始める」

ざわめいていた部屋が、わずかに静まる。

紙をめくる音、椅子の軋み。

蛍光灯が低く唸っている。

一呼吸置き、碇は鋭く声を張った。

「――注目。」

スクリーンが点灯し、室内の照明がわずかに落ちる。

空気が固まる音がした。

紙をめくる者も、息を吐く者も今はいない。

肩をすくめる者、ペンを握り直す者、軽く鼻をすする者。全員の視線が自然とスクリーンに吸い寄せられた。ただ、光の中に浮かぶ映像だけが、次の命令を告げようとしていた。

「新宿の佐久名神社で、クラウンが出現した。個体は《願いの神》」

模倣?

「人の願いを聞き入れる――されど、必ず歪めて返すのが、このクラウンの業だ。」

「歪める?」

ヒルメが声を潜めて尋ねる。


碇は資料をめくりながら説明する。

「例えば、『健康になりたい』と願えば、肉体的には完璧に健康になる。だが、その状態を維持するために、極度の潔癖症や健康強迫観念に囚われ、常に病気への恐怖に怯えるようになる。」

「『お金が欲しい』と願えば、大金は手に入る。しかし、その富を狙う犯罪者に命を狙われ続ける。『愛されたい』と願えば、誰からも好かれる。だが、ストーカーや執着者に囲まれることになる。」


「既に三名が被害に遭っている。全員、願いは叶えられたが、結果的に不幸に陥った。

この神は、国家秩序への重大な脅威と判断された。

...質問はあるか?」


警備警察としての公安の役割は、暴力主義的破壊活動や国益を侵害する行為への対処だ。

神性事案も同じだ――ただし、通常の暴力事件以上に予測不能な危険性を伴う。


「はいはーい。碇さんよ、ぶっちゃけどうすりゃそいつ倒せんの?端的に頼むわ。」

声を張って聞いた。


碇は資料を指でなぞり、淡々と告げた。

「倒し方か……非常に難しい。

このクラウンは知性が高く、巧妙に罠を張り、人の心理を読み取る。

単純な力押しは通用しない。」

碇が真剣な顔で言う。

「だから、慎重に行動しろ。特にヒカリ、お前は単純だから狙われやすい。」


「へいへい、分かってますよ」

俺は肩をすくめ、軽く答えた。


『単純だと...』

ルシファーが頭の中で呟く。

『確かにその通りだ! だが、戦闘においては違う。お前の判断は速い』

(そうだよな‼︎……まぁ、いいや)

俺は笑った。

最近気づいちまったけどよぉ、勉強は全然ダメでも、戦ってる時は頭が回るんだよな。

「そうだ。望月、データは?」

「神社の見取り図だよ。本殿の奥に、クラウンがいると思われるかな。」

望月さんがスクリーンに地図を映す。光が壁に反射して、部屋の空気がちょっとピリッとした。

「周辺住民は避難済み。現場は警察により半径100メートル封鎖済み。救急・消防は現場近くで待機中です。神性影響を警戒し、現場進入は神性事案対策課のみ許可されている。こちらからは、神崎班の突入と封鎖継続について司令部に要請中です。特殊装備の使用は上層部の承認済みよ。」

「田中、医療サポートは?」

田中さんが端末越しに短く答える。

「準備できてます。負傷者が出れば即対応します。救急車も待機させてあります」

「斎藤、分析は?」

斎藤がスクリーンを指して言った。

「クラウンのパターンを解析中です。ただ、現段階で予測は難しいですね。」

望月さんが資料を見せる。

「分かった。じゃあ、準備に入ろうか。装備のチェックをしよう。」

碇さんが立ち上がる。


────


公安の車が神社の前に停まる。

周囲は既に警察のテープで封鎖されている。

「ここか」

俺は神社を見上げる。

古びた鳥居が立っている。静かすぎる。

「静かすぎるわね」

ヒルメが警戒する。

「気をつけろ。クラウンは既に俺たちを見ている。」

碇さんが前に進む。

田中さんは外で待機。

「ヒカリ、ヒルメ、俺について来い。望月はここで待機—— 敵が逃げたら即座に追え。今回は敵の分析がほとんど終わっていない。何があるか分からないからな。斎藤は通信と映像解析、後方から情報を上げてくれ。無線は常時開け。交戦は、俺の合図を待て。」

声は低く、無線のクリック音が耳元で小さく鳴った。

鳥居の前には小型の機動車両が目立たぬように停められ、望月は黒いコートを羽織り、腰のサブホルスターに指をかけている。女性でありながら、その立ち姿は無駄がなく、冷徹な眼差しは周囲の路地を貫いていた。軽く顎を上げ、低い声で答える。

「了解、碇くん。私に任せてください。」と短く返す。

斎藤は機動車両の影からタブレットを覗き、ライブカメラと過去ログをチェックしている。彼の役割は“情報分析と後方支援”だ。他の分析班と連携し、追跡時に最短で封鎖ポイントを指示する。

碇は鞘に手を置き、二人を見渡した。ヒカリとヒルメは鳥居へと歩を進める。被害は最小限、討伐を最優先——という合図を心の中で反芻し、碇たちは静かに境内の奥へと入っていった。望月は一歩前に出る。必要とあらば即座に追撃し、逃走の余地を潰せる位置を確保している。彼女の動きは、まるで夜の闇に馴染む獣のように無駄がなく、しかし確かな存在感を放っていた。


────

俺たちは神社の中に入る。

本殿に近づくと、声が聞こえた。

『ようこそ』

女の声。

優しい響き。

『願いを聞かせてください』

本殿の奥から、人影が現れる。

白い着物を着た女性。

美しい顔。

でも、目が空っぽだ。

「出たな」

「願いの神か」

碇さんが剣を抜く。

『あなたの願いは?』

女が俺をじっと見やがる。

「願い?別にねぇよ。つーか、お前誰だよ」

『嘘ですね』

女がふふ、と笑う。

『あなたは願っています』

「……くそ、なんで分かんだよ」

『では、叶えてあげましょう』

女が手を伸ばす。

その瞬間、碇さんが割り込む。

「させるか!」

剣が閃く。

でも、女は消える。

「消えた⁈どこだよ、クソッ!」

「ヒカリ、後ろ!」

ヒルメが叫ぶ。

背後に気配。

振り返ると、女がいた。

『今、叶えてあげますね』

女が俺の額に触れる。

その瞬間、世界が歪んだ。


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