歓迎会
「今夜、歓迎会があるぞ」
碇さんが俺に告げる。
「歓迎会?」
「神性事案対策課一課の新人歓迎会だ。お前とヒルメの」
(えー、めんどくせぇ)
ポケットに手を突っ込みながら、俺は顔をしかめた。
「俺、行きたくないんすけど。つーか人と喋るの、だるいんで。家で漫画読んでたいし」
「行け。今日の主役だぞ」
碇さんは笑いもせず、ただ俺を見た。
――その目が、光った。
あの圧力だ。
食堂での無言の威圧。
トラウマって、こういうの言うんだろうな。
「…絶対、マジで行きたくねぇ。金もねーし、飯も大して美味かねーでしょ。」
「ヒカリ...」
ヒルメが呆れた声を出す。
「安心しろ、もちろん奢りだ」
碇さんが付け加える。
「マジっすか!?じゃあ行きます!行きます!めっちゃ行きます!何時っすか!?18時っすね!了解っす!」
態度を変えたのである。態度を変えたのである。
その急変は、まるで突然の風のように...
「分かりやす過ぎるでしょ…」
ヒルメは、少し長いため息をついた。
「あ、でも酒は飲めないんで。俺、未成年なんで。コーラでいいっすか?コーラも奢りっすよね?」
「…落ち着け」
碇さんが苦笑する。
────
18時、渋谷の居酒屋『鳥幸』。
「うわ、マジで居酒屋じゃん。俺、居酒屋とか初めて来たかも」
個室に案内されると、既に何人か集まってる。
「お、来たな」
碇さんが手を上げる。
「お疲れ様でーす。あー、なんかもう、めっちゃ腹減った〜」
俺は元気よく挨拶する。
「あれ、あのゴツい人は?あの...」
「牛島さんのことか?あの人は急な任務で来られない」
碇さんが答える。
(おぉ、忙しいんだな。まぁ、居るだけで圧がヤベェし、居なくていいけどな。)
「ヒカリ、とりあえず班のメンバーを紹介するぞ。こちらは斎藤健。一課の情報分析担当だ」
「ふーん、よろしく」
三十代前半の男。眼鏡で堅そうに会釈する。
(ヒカリ心の声:へー、固そう…別に興味ねえっすわ)
「望月美咲。 まぁ、武力担当だな。俺の次に強い。」
「よろしくお願いします。」
二十代後半。クールな美人で笑みはほとんど浮かばない。
(おお、キレイ系かぁ…怖そうだけど悪くないな。)
「田中美咲。サポート担当だ」
「よろしくお願いします‼︎」
二十代後半。普通だけど少し可愛く、柔らかい笑みで会釈する。
(こっちは優しい感じかぁ。ちょっといいかもな。)
「あれ、二人とも美咲さんなんすか?」
「ややこしいだろ。俺たちは望月、田中って呼んでる」
碇さんが笑う。
「...リリスさんは?」
「あの人は後から来る。別件があってな」
(え〜...そっかぁ。)
「うちの班は全員揃ったな」
碇さんが立ち上がる。
「では、乾杯しよう。ヒカリ、ヒルメ、ようこそ神性事案対策課一課へ」
「乾杯!」
グラスが重なる。
俺はコーラを飲んだ。
「うっま!コーラうめぇ!タダで飲めるジュースは格別っすね!」
「ヒカリ、うるさい」
ヒルメが呆れていた。
────
歓迎会が進む。
メニューが運ばれてくる。
「おー!ヤキトリじゃん!これうまそう!奢りって最高っ、だなぁ〜」
俺は即座に手を伸ばす。
「ヒカリ、少しは落ち着きなさい。食べ物は逃げはしないのだから。」
ヒルメの声は、いつになく苛立ちを帯びていたが、それでもなお、抑制された口調であった。
「残飯を漁ったこともないくせに言うなよ。食料は貴重なんだぜ。それに全部奢りだろ?食わなきゃ損ってもんじゃん。」
「...」
ヒルメが少し表情を曇らせる。
「ははは、いいじゃないか。若いんだから〜」
碇さんが笑う。
「碇さん、甘やかしすぎですよ」
ヒルメが抗議する。
「そうか?」
碇さんは結構飲んでる。
「碇さん、酒強いだな。」
「まあな。俺は酒に強い‼︎」
碇さんが笑う。
そして、俺の頭を撫でてくる。
「ヒカリ、お前は俺の弟に似てるな」
「弟?」
「ああ、昔いたんだ。もう会えないけど」
碇さんが少し寂しそうに笑う。
(...あぁ、そういうことか。)
「おっと、悪い。ついな。」
碇さんが手を引っ込める。
「いや、大丈夫だぜ。俺、そういうの慣れてないんで、気持ち悪りぃけどよ。」
「そうか‼︎気持ち悪いならダメだな‼︎」
碇さんが笑う。
「碇さん、酔ってるわよ」
ヒルメが呆れ顔で言う。
「そうか?」
碇さんはヒルメをじっと見つめた。その目には、わずかに冷たさが混じっている。
「…固いんだよ。ヒルメ、俺のことは呼び捨てでいいからな」
誠太は顔を少し赤らめ、よろよろと体を揺らしながら言った。
「おいヒカリ、ヒルメに見本見せてやれよ、俺に…ほら、ちょっと言ってみろ〜」
ヒカリは眉を軽くひそめ、口元にくすっと笑みを浮かべて返す。
「うっせーな、誠太。絡むなっての、マジで」
ヒルメは黙ったまま、静かに二人を見つめる。
空気が、ほんの少し変わった気がした。
「あ、これもうまそう!唐揚げじゃん!唐揚げ大好きなんすよ!」
俺は空気を読まずに次の料理に手を伸ばす。
「ヒカリ君、元気ね」
田中さんが笑う。
「そうかなぁ?普通だろ、ただ奢りが嬉しいだけです。」
「いや、普通じゃないわよ。君が一番ね...」
望月さんも笑ってる。
────
歓迎会が終わった。
「じゃあ、俺は先に帰るぞ〜」
碇さんが立ち上がる。
「ヒカリ、これから先も任務、頼んだぞ!」
「任せろ‼︎」
「ヒルメ、お前もだ!」
「分かってま...分かってる!」
碇さんが店を出ていく。
「私たちも帰りましょうか」
斎藤さんが言う。
「そうですね」
望月さんと田中さんも立ち上がる。
「ヒカリ君、またね」
「はい」
俺たちは店を出る。
夜の渋谷。
人混みが多い。
「ヒカリ君」
後ろから声がした。
振り返ると、リリスさんがいた。
「リリスさん!」
俺は思わず声を上げる。
「遅くなってごめんなさい。別件が長引いちゃって」
リリスさんが微笑む。
主役は遅れてくるってな。
「いえ、全然‼︎大丈夫です‼︎」
「あっ、ヒルメちゃん。先に帰っててくれる?ヒカリ君と少し話があるの」
「...分かりました。」
ヒルメが宿舎に向かう。
俺とリリスさんが二人きりになった。
『ヒカリ』
ルシファーが呼ぶ。
『あいつを警戒しておけ』
(は?何言ってんだよ)
『あいつの目を見ろ。何かを隠している』
(はぁ…またか。気のせいだろ。リリスさんは俺を救ってくれた人だぞ)
『だからこそ危険だ』
(はーい、黙ってろよ)
ルシファーの言ってることは、よくわからない。
「ヒカリくん、少し歩きましょうか。」
リリスさんが歩き出す。
俺もついていく。
────
夜の渋谷を歩く。
リリスさんの隣を歩くなんて、夢みたいだ。
「ヒカリ君、歓迎会はどうだった?」
「楽しかったっす。奢りだったし」
「ふふ、相変わらずね」
リリスさんが笑う。
その笑顔が、心臓に響く。
「あのね、ヒカリ君」
リリスさんが立ち止まる。
「はい」
「君に頼みたいことがあるの」
「頼みたいこと?」
「特級事案があってね。」
特級事案?
「特級事案って?」
「クラウンの中でも特に危険な存在。一課が長年追ってる案件よ」
リリスさんが真剣な顔で言う。
「例えば、動物の神」
「動物の神?」
「そう。生き物たちの恐れや信仰から生まれた動物の神。既に数千万人が被害に遭ってるの。」
数千万?
「マジですか?」
「ええ。世界中で被害が出てる。日本だけでも数十万人の方が被害に遭われたわ。」
すげぇヤツだな。ラスボスじゃん。
「人を獣に変える力を持っていてね。みんな、人間じゃなくなった。獣になって、理性を失ったの。」
リリスさんの目が暗くなる。
「私たちは長年追い続けている。しかし、見つけたとしても、倒せはしないだろう。 あまりにも――強すぎて。」
「...でも、君なら倒せるかもしれない」
「俺が?」
「ええ。君の力が特別だから。」
リリスさんが俺の手を握った。
手、握られてる、柔らかい。とても温かい。
ポカポカしたんだ。
「もし、君がこの特級事案を解決してくれたら…」
リリスさんが微笑む。
「願いを叶えてあげるわ」
願い?
「願いって…何でもいいんすか?」
「ええ、何でも」
何でも?
リリスさんが、何でも叶えてくれる?
俺の頭が真っ白になる。
「えっと…その…」
何を言えばいいんだ?
金が欲しいとか、そういうんじゃねぇ。
リリスさんが、俺の願いを叶えてくれるんだぞ?
「考えておいてくれればいいわ」
リリスさんが優しく笑う。
「じゃあ、頑張ってね」
リリスさんが俺の頭を撫でる。
うおおおお!
「は、はい!頑張ります!」
俺は大きく頷く。
「ふふ、可愛いわね」
リリスさんが笑う。
(可愛いって言われた!)
俺の顔が熱くなる。
「じゃあ、また明日ね」
リリスさんが手を振る。
俺は見送る。
その背中が見えなくなるまで。
(願いか…)
俺は考える。
何を願えばいいんだ?
リリスさんが叶えてくれるなら…
『ヒカリ、聞け』
(なんだよ)
『動物の神とは、戦うな』
(はぁ?お前、何言ってんだよ)
『直感だ。今のお前じゃ、殺される』
(そんなわけねぇだろ)
『それと、リリスはなぜ君を救った?なぜ特別扱いする?』
(それは…俺が特別だからだろ?)
『…そうか』
ルシファーはしばし沈黙し、深く思案していた。
(もういい。リリスさんのために、頑張るんだ)
俺は宿舎へと戻った。
────
私は自宅に戻り、鍵をかけた。
カーテンを閉める。
スマホを取り出す。暗号化されたアプリ。
『対象:ヒカリ(15歳、神と契約・一体化済み)
任務:新宿、明日実施
参加メンバー:碇誠太、伊織ヒルメ、斎藤健、田中美咲、望月美咲
詳細データ:添付済み』
送信。
数秒後、返信。
『了解。 ただし、現時点で彼を捕らえるには時期尚早と分かった。』
なぜ?
『質問は許可しない』
私はスマホをしまう。
洗面所で顔を洗う。
鏡に映る自分の顔を見る。
疲れている。
(これでいい)
自分に言い聞かせる。
(家族のためだ)
でも、ヒカリの顔が浮かぶ。
まだ15歳。特別な力を持ってしまっただけで、まだ子供だ。
私は水道の蛇口を捻る。
水の音で、自分の考えを掻き消す。




