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堕天【 FREEDOM’S CROWN 】 ~生きる為、怪物と契約した男~  作者: イチジク浣腸
聖桜教団編

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絶望と、裂帛の火花

部屋の隅に設置された旧式のモニターが、砂嵐を吐き出した後に起動した。 電子回路が焼けたような異臭と共に映し出されたのは——戦場には似つかわしくない、清潔な白衣を着た男であった。


「テメェ……誰だ?」


ヒカリが、血濡れた顔でモニターを睨む。切れた唇からは鉄の風味が広がり、激しい動悸と息切れが肋骨を内側からドンドンと叩いていた。


「やあ、ヒカリ君。初めまして。私は——大神璽王おおがみ じおうと申します」


男の声は、驚くほど澄んでいた。その穏やかな微笑みは、かえってこの場にいる者たちの「生命の価値」を路傍に転ばっている砂利程度にしか思っていないかの様な冷酷さを際立たせる。


「山本先生、頑張ってください。あなたのその『闘い様』の結果を、私はここからじっくりと観賞させていただきますよ」


「……わ、わかっている、大神……ッ」


山本の声は、目に見えて震えていた。 彼は手にした日本刀を強く握りしめるが、その手は微かに痙攣している。山本はこの部屋で最も危険な暴力の体現者であるはずなのに、画面の向こう側の男に対しては、蛇に睨まれた蛙のような、原初的な恐怖を露呈させていた。


「俺が——このガキを、骨ごと叩き切ってやる!」


自分を鼓舞するかのように叫ぶ山本。その額からは、脂汗が滝のように流れ落ちていた。


「あ、言い忘れましたが」


大神が、手元の指輪を愛おしそうに撫でる。


「ヒカリ君の肉体は貴重な検体です。急所を外して、じっくりと壊してください。死なない程度に、ね。まぁ、死んでも生き返りますけども....」


「……分かっている、そんなことは……ッ!」


山本の歪な笑い声が部屋に響く。 ヒカリはその様子を見て、確信する。 (あいつ……怯えてやがるな。山本は、あの大神って男に、魂の底から恐怖してるんだ)


「ヒカリ様……」


ヴェレスが、震える手でヒカリの袖を掴む。


「あのモニターの男……ただ者じゃありません。気配が……あの方の周りだけ、空気が死んでいるみたいな……」


「……んな事、わかってる」


ヒカリは歯を食いしばり、肺に溜まった熱い息を吐き出した。

(こいつが——すべての黒幕だ)


「さあ、来い! 人である事を辞めたの『堕天使』がッ!」


山本の怒号を合図に、左右の壁際に控えていた部下たちが一斉に地面を蹴った。


───泥沼の乱戦が始まった。


「くっ……おおおおおッ!」


ヒカリの全身から、凄まじい蒸気が立ち上る。 それは空想的なモノなどではない。心臓が限界を超えて脈打ち、血流が毛細血管を焼き切らんばかりに加速した結果の、物理的な熱だ。視界が真っ赤に染まり、筋肉がミシミシと軋み立つ。


「ヴェレス! 下がってろ!」


襲いかかる最初の男。

ヒカリは男の刺突を、わずかな体捌きで回避する。

空振った刃の横をすり抜け、男の喉仏に掌打を叩き込んだ。


「ガハッ……!?」


軟骨が砕ける感触。続けざまに二人目の腕を掴み、その関節を逆方向にへし折る。


だが、身体はとうに限界を迎えていた。

先ほどまで戦っていた怪物『マガツ』と合一した男の死闘により、ヒカリの肋骨は数本折れ、全身の打撲は紫色の斑点となって未だに皮膚を覆っている。肉体は疲労からか、未だに再生していない。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


三、四と、押し寄せる兵士の波。

ヒカリは一人のタックルを食らい、壁に激突した。


「死ねッ!」


上段から振り下ろされたククリ刀のような重い刃。

ヒカリはそれを左腕に纏われた外殻で受け止める。

ガキィィィン! と火花が散り、衝撃が骨を伝って脳を揺らす。


「死ぬのは……お前らだッ!」


ヒカリは至近距離から男の腹部に膝蹴りを叩き込み、さらにその顔面を床に叩きつけた。 だが、倒しても倒しても、山本の部下たちは止まらない。彼らは、山本という偉大なる存在への信仰から、彼に尽くす為、死物狂いで襲いかかってくるのだ。


「ヒカリ様、危ないッ!」


ヴェレスの悲鳴が上がる。 疲労で反応が遅れたヒカリの背中に、兵士のナイフが突き立てられようとした瞬間——


「邪魔だあああッ!」


割り込んできたのは、山本だった。 彼は邪魔な自分の部下ごと、日本刀を横一文字に薙ぎ払った。


「ぎゃああっ!?」


部下の背中が裂け、鮮血が噴水のように舞い上がる。山本はその返り血を浴びながら、狂った目でヒカリを見据えた。


「はっはっは! どうしたんだよ『堕天使』さん! いや、あえて呼ばせてもらうよ。日の国を壊し、国民を路頭に迷わせてきた『逆賊(公安)』さんよぉ!

もう限界か? ええっ!? 散々、この国のリソースを食いつぶして、クラウン共に肩入れして、自分たちだけは安全圏にいるつもりだったんだろうけど、 見てくれよこれ、みんな! 膝が笑ってるじゃあないか!

おい、しっかりしろよ! この国をメチャクチャに乱しておいて、いざ天罰を受けたらガクガク震えてる。 おかしいだろ! 恥ずかしくないのか!

君が雲の上から優雅に眺めていた間に、この足元の地べたでどれだけの人が苦しんできたか、 その震える膝で、一生かけて味わってもらうからな。 まだ逃がさないぞ、徹底的に引きずり下ろしてやる!」


山本が、重厚な日本刀を肩に担ぎ直す。 彼の剣筋は、技術以上に「重さ」と「速さ」が異常だった。鍛え上げられた筋肉と、大神から与えられた何らかの肉体強化の成果だろうか。


「お前の力など——この程度か! もっと早くに、丁寧に潰しておくべきだったな!」


山本が踏み込む。 その一歩で、部屋の床板が爆ぜた。 一瞬で距離を詰めた山本が、刀を斜めに振り下ろす。


「くっ……!」


ヒカリは咄嗟に床に転がっていた鉄パイプを拾い上げ炎を纏い、防御の構えを取る。

だが—— カキィィンッ!

凄まじい衝撃と共に、鉄パイプが飴細工のように真っ二つに折れた。


「あ……っ」


刀の勢いは止まらない。ヒカリの肩口から胸にかけて、鋭い切っ先が皮一枚を切り裂く。


「終わりだぁッ!」


ヒカリが膝をつく。

意識が遠のいて行く。酸欠の脳が、強制的にシャットダウンしようとしていた。


「ヒカリ様!」


瞬時にヴェレスが飛び出した。

彼女は特段優れた戦う術を持たない。タフでしかない彼女が、無防備な背中を晒し、ヒカリの前に立ちふさがった。


「やめてください! もう、十分でしょう!?」


「どけ、化け物が! まとめ細切れにしてやるよ!」


山本は躊躇ためらわなかった。 彼にとって、ヴェレスを斬ることは、不快な羽虫を叩き落とすことと同義だった。

日本刀が、命を刈り取る鎌となってヴェレスの細い首筋へと迫る。


ヴェレスは恐怖に身を竦ませ、強く、強く、力強く瞳を閉じた。


(ごめんなさい……ヒカリ様……)


その時。 静寂を切り裂くような、重く鋭い「金属の激突音」が部屋に轟いた。


——ガキィィィィィンッッッ!!!


鼓膜を突き刺すような高音が、空気の振動となって部屋中を駆け巡る。 数秒経っても、痛みは来なかった。 ヴェレスがおそるおそる目を開ける。


そこには—— 山本の渾身の一撃を、漆黒に染まった刀一本で受け止めている男の背中があった。


「……随分と、品のない太刀筋だな。おっさん」


男が、氷のように冷たい声で呟く。 その男は、山本の剛力を片手で受け流し、火花を散らしながら刀を押し返した。


「……碇……さん……!?」


ヒカリが、途切れそうな意識の中でその名を呼んだ。 碇誠太。 警察内でも「死神」と恐れられる、期待の新星。


「悪いな、ヒカリ。少し手間取った」


碇は背後を振り返ることなく、視線は真っ直ぐに山本を——そして、モニターの中の大神を射抜いている。

彼の全身からは、ヒカリの「滾る殺気」とは対照的な、周囲の温度を数度引き下げるような「冷徹な殺気」が立ち上っていた。


「よく頑張った。後は——俺に任せて、少し寝てな」


碇が刀を構え直すと、その切っ先がわずかに振動し、超高周波の唸りを上げた。超常的な代物ではない、純然たる最新技術の「結晶」であるその武装が、山本の古色蒼然とした日本刀と対峙する。


「貴様……何者だ!?」


山本が、狼狽しながら叫ぶ。 その背景で、モニターの中の大神が、初めて楽しそうに口角を上げた。


「……面白い。予定にはありませんがね。牛島の後輩……最高の不確定要素ですね。」


碇の参戦により、絶望的な処刑場は、専門家同士の血で血を洗う「闘技場」へと変貌した。

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