地獄への片道切符
「ヘリを出せ! 今すぐだ!」
ヒカリはヘリのハッチを力任せにスライドさせ、強引に飛び乗った。
「富士ヶ嶺、上九一色村まで――最短経路でぶち抜いてくれ! 喉からエンジンが出るまで加速させてさ!」
ヒカリはヘリの座席を殴りつけた。
「ッ、了解よ!」
パイロットが操縦桿を叩き込み、機体は悲鳴を上げながら高度を上げる。 だが、計器を睨んだパイロットが絶望の声を上げた。
「……ダメだ、出力が追いつかない! 最短でも1時間半はかかる!」
「90分? ふざけんな! そんなに待てるかよ……!」
ヒカリは窓の外、遠く霞む山々を睨みつけた。
(どうすればいい……あそこにはヒルメが……クソッ、これ以上何も浮かばねーよ!)
その時、脳裏に牛島の声が響く。
『キミなら――できるはずだ』
「……ああ、やってやる。やりゃあいいんだろ!」
ヒカリは自分の胸に、心臓を鷲掴みにするような勢いで手を当てた。
「ルシファー……おい、聞こえてんだろ。寝てんじゃねえ、力を貸せ!」
『もちろんさ……しかし、間に合うかな?無茶をすれば間に合うかも知れないが、代償はキミの肉体だ。細胞が焼き切れても知らないよ?』
「上等だ、そんな小難しい理屈は後で聞いてやらぁ。ヒルメを助けられるなら、臓腑の一つ、二つ、くれてやるよ!」
ヒカリの両眼に、ドロリとした漆黒の炎が宿る。 背中から噴出した黒濁の霧が、重厚な**「黒銀の翼」**へと肉を裂いて変貌した。
「……悪りぃな、おっさん」
ヒカリは、唖然とするパイロットにぶっきらぼうに吐き捨てた。
「おい、何を――ッ!?」
「――こっちのが、早いだろ!」
ヒカリはハッチを蹴破り、高度数千メートルから虚空へと身を投げ出した。
ドォォォォォン!!
空中で翼が爆ぜる。
重力に逆らい、ヒカリは人とは思えぬ速度で「弾丸」と化した。
断熱圧縮の熱が皮膚を焼くが、ルシファーの力がそれを強引に再生させる。 ソニックブーム。 遅れてやってきた衝撃波が、雲を円環状にブチ抜いた。
(待ってろ、ヒルメ……今さら地獄に落ちるなんて、俺が許さねえ!)
死を覚悟した加速の最中、耳を劈く風切り音を突き抜け、携帯が狂ったように震えた。 表示された名は「ヴェレス ※ミュート推奨」。
「もしもし!? ヒカリ様!」
「 今、空飛んでて忙しいんだよ! 用件を3秒で言え!」
「どこですか!? GPSがマッハを超えて動いてますよ!」
「ああ、今から富士ヶ嶺まで『散歩』に行くところだ!」
「正気ですか!? 公安の特別機を今すぐ向かわせます、合流してください!」
「……特別機?なんだ、そりゃ?」
「説明は後ですわ! 私も同行します。ヒカリ様、そのままでは目的地に着いた後、身体が消し炭になりますよ! 私を……私を連れて行ってくださいな!」
「お前を連れて何になる……重くなるだけだろ、算数もできねーのか!」
「失礼しちゃいますね! 私の権能があれば、あなたの盾になれますよ。それに――」
ヴェレスが一拍置く。
「ヒカリ様が一人でボロボロになるのを黙って見てるなんて、死ぬほど『退屈』なんですもの」
ヒカリは毒づいた。
「……チッ、勝手にしろ! 2分で作戦を合わせる。降りるぞ!」
2分後。 雲海を突き抜け、漆黒の流星が公安の特殊ヘリへと急降下した。 ハッチに立つのは、金髪のサイドテールをなびかせたヴェレスだ。
「……遅いですよ、ヒカリ様」
ヒカリがヘリの床を蹴り、ヴェレスの腰を荒々しく引き寄せる。 「……! ひ、ヒカリ様……っ」
「おい、しっかり掴まってろ。舌を噛み切りたくなけりゃな!」
「……はい、喜んで!」
「行くぞ、ルシファー!!」
ヒカリが再び大空へ躍り出る。 黒い翼が最大出力で展開され、周囲の空間が歪む。
「きゃあああああ!」
ヴェレスはヒカリの首にしがみつき、その胸板に顔を埋めた。
(……ああ、やっぱり。この人についてきて正解でした。)
───20分後。
上九一色村。
原生林の奥深く、腐食した樹木が指先のように絡み合うその中心に、灰色の巨大な亡霊が鎮座していた。湿った苔をまとい、黒ずんだコンクリートの要塞は、まるで大地から這い出した異形の腫瘍。
辺りを支配するのは、生き物の気配が一切絶たれた静謐。
その巨大な開口部は、迷い込む獲物を噛み砕き、魂まで飲み干そうと待ち構える「悪魔の顎」そのものであった。
「……あそこか。趣味の悪い建物だな。墓石にしちゃあデカすぎんな」 ヒカリが急制動をかける。摩擦熱で翼から黒煙が上がる。
屋上へ叩きつけられるように着地。衝撃でコンクリートが砕け散る。 ヒカリはヴェレスを降ろすと、拳を固く握りしめた。
「……おい、ヴェレス。ここからは『害虫駆除』の時間だ」
「ふふ、望むところですわ。私を退屈させないでくださいね?」
「……ああ。連中には、たっぷり後悔させてやる」
二人は迷うことなく、血の臭いが漂う施設内部へと足を踏み入れた。




