おいおい、冗談だろ
青白い燐光が、死に体となった特区を不気味に照らし出す。 廃ビルを紙細工のように押し潰し、災厄の化身——プルートがその巨躯を現した。 全身を包む黒漆の甲殻は溶岩のごとく脈動し、背中の隙間からは、致死量の核エネルギーが青光となって溢れ出している。
高層ビルを上回る体躯のそれは、人類の知恵が及ばぬ終焉の象徴そのものだった。
「……マジかよ」
ヒカリの乾いた呟きが虚空に消える。 一方、牛島は微塵の動揺も見せず、その本質を冷徹に見抜いていた。
「おそらく、体内で核反応を制御しているな……。クラウンの中でも、原子力を司る個体か?面白い、コレを待っていた。」
プルートが、眼下の羽虫を見下ろす。 その瞳に知性はなく、あるのはただ、純粋で根源的な破壊衝動のみ。
「ヒカリ」
牛島が、静かに名を呼んだ。 彼は腰の短刀を無造作に引き抜く。
「湧き出る周囲の雑魚を掃除してこい。この巨獣は——俺が相手をする」
「はぁ!? 牛島さんよぉ、正気かよ! こんな化け物相手に……しかも、そんな短刀一本でどうしろってんだ!」
「黙って見ていろ」
牛島は、薄く冷たい笑みを浮かべた。
「これ以上ない、最高の教材だ」
短刀を逆手に構え、牛島は悠然と歩みを進める。 高層ビルを上回る災厄を前にして、その足取りには恐怖の欠片も、焦燥の塵すらも存在しなかった。
プルートが天を仰ぎ、大気を震わせる咆哮を上げる。 次の瞬間、その顎から青白い熱線が放たれた。 直径十メートルに及ぶ破壊の奔流が、空間そのものを焼き、抉る。
「牛島!」
ヒカリの絶叫も虚しく、光の柱は牛島がいた場所を無慈悲に飲み込んだ。 凄まじい轟音。 街の一画が瞬時に消滅し、地面は溶岩へと変じ、周囲のビル群は蒸発して霧散した。 特区全体を、濃厚な爆煙が覆い尽くす。
「……牛島さん……マジかよ、あんた」
ヒカリが、吐き捨てるように呆然と呟く。
大言壮語とはまさにこの事か。
あんな馬鹿げた熱線をまともに食らって。
プルートもまた、己の力に陶酔するように勝利の咆哮を上げた。
だが——。
風が吹き、爆煙がゆっくりと、だが確実に晴れていく。 その中心に現れた光景に、その場にいた全ての息が止まった。
そこには、巨大な氷の王座に腰掛けた牛島の姿があった。
「……は?」
ヒカリが、我が目を疑う。
牛島は、無傷だった。 それどころか、彼は優雅に氷の椅子に深く座り、片手で頬杖をついている。 もう片方の手には、変わらず短刀が握られたまま。 それはまさに、玉座に君臨し、跪く臣下を見下ろす王の姿そのものだった。
周囲には、水晶のごとく透明な氷の壁が、幾重にも張り巡らされている。 あれほどの熱線の痕跡すら、そこには残っていない。
「ほら」
牛島が、不遜にプルートを見上げる。
「次は、どんな芸を見せてくれるんだ?早く見せろ...授業にならんだろ?」
その声には、底知れぬ余裕があった。 いや、余裕などという言葉では足りない。 彼は楽しんでいた。 手に入れたばかりの玩具を慈しむ、子供のように。
「牛島さん……あんた、本気かよ……」
ヒカリは言葉を失い、冷や汗を流しながらその背中を凝視した。
(こいつ……遊んでやがる。あんな、悪夢に出てくるようなバケモノを相手に……。完全に、ただの玩具みたいに弄んでやがるんだ)




