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堕天【 FREEDOM’S CROWN 】 ~生きる為、怪物と契約した男~  作者: イチジク浣腸
聖桜教団編

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静寂なる破壊者

 玉藻前が、こちらを向いた。


 その金色の双眸が、神崎班を静かに射抜く。


 だが——彼女は何も語らない。 瑞々しい艶を帯びて輝く眼差しを、じっとこちらへ向けているだけだ。


「玉藻前」


 リリスがその名を静かに、確かめるように呼んだ。 それでも、玉藻前からの反応はない。


「私たちは——」


 リリスが言葉を重ねようとした、その刹那だった。


 玉藻前が、動いた。


 わずか、一歩。 ただの一歩、踏み出したに過ぎない。


 しかし、その瞬間——


 ゴゴゴゴゴッ!


 地面が、爆発した。


 いや、爆発などという生温い現象ではない。 玉藻前の足元を起点として、半径数十メートルに及ぶ地面が、まるで噴水のように天へと跳ね上がったのだ。


 次の瞬間には、彼女を中心とした灰色の大地がすり鉢状に陥没し、無残なクレーターへと変貌していた。


「くっ——!」


 咄嗟に声を上げたのは碇だった。彼は全力で後方へと飛び退く。 江藤も、そして氷室も——。 全神経を尖らせ、死に物狂いで玉藻前との距離を確保しようとする。


 しかし、遅すぎた。


 凄まじい風圧が、暴力的な質量を伴って彼らを襲う。


「氷室ッ!」


 碇の叫びが響く。 その視線の先では、氷室の華奢な体が木の葉のように翻り、暴風に攫われそうになっていた。


 その瞬間——江藤が動いた。


 巨体に似合わぬ、信じられないほどの瞬発力。 彼は地を滑るような速さで氷室の正面へと割り込んだ。


 そして—— 手にした大振りの大剣を、渾身の力で地面へ突き立てた。


 ガキィィィン!


 火花を散らし、刀身が風圧の防波堤となる。


「……掴まってろ」


 地を這うような江藤の低い声。 氷室は弾かれたように、彼の逞しい腕にしがみついた。


 江藤の分厚い胸板が、襲い来る風の牙をすべて叩き落とし、彼女をその背後に隠し去る。


「ありがとう……江藤さん……」


 震える声で氷室が呟く。 だが、男は視線を正面に据えたまま、短く吐き捨てた。


「……礼などいらん」


 だが——。


 崩壊した本殿跡地を間近に臨むその場所で、玉藻前は、さらにもう一歩——踏み出した。


 ゴゴゴゴゴッ!


 三度、大地が爆ぜる。 本殿周辺に積み上がった瓦礫の山が、衝撃波に叩かれてさらなる塵へと変わる。その凄まじい振動は、地底深くの岩盤すらも容易く貫いていった。


 響き渡るのは、地下の空洞が次々と圧壊していく断末魔の音。 逃げ場を失った衝撃の奔流が地表へ逆流し、ひっくり返ったマンホールの蓋が、まるで放たれた弾丸のごとく煤けた空へと吹き飛ばされる。


「これは……」


 碇が、絞り出すように呻いた。


「化け物か……」


 玉藻前は——ただ、歩いているだけだ。 神聖な中心地を蹂躙し、その付近の残骸をも無慈悲に踏み締めていく。


 だが、彼女が刻むその一歩一歩が、その場のすべてを終焉へと導く、徹底的な「破壊」となっていた。


「碇くん、江藤くん、氷室ちゃん」


 リリスが、静かに告げる。


「下がって」


「でも……!」


「下がって」


 リリスの声が、一段と低くなる。 その響きには、もはや異論を挟む余地を与えない絶対的な力が宿っていた。


「……了解」


 碇が渋々頷き、江藤と氷室を促して後退する。 静寂と破壊が入り混じる戦場に、リリスだけが——玉藻前の前に、孤高に立つ。


「玉藻前」


 リリスが、静かに問いかける。


「あなたは——何故、こんなことを」


 だが、玉藻前は依然として何も語らない。 ただ、リリスという存在など眼中にないかのように、真っ直ぐに歩き続ける。


「……そう」


 リリスが、小さく、覚悟を決めたように頷いた。


「手遅れ、か」


 彼女がその手に、聖槍ザ・トリニティを構える。


「なら——力ずくで、止めるしかないね」


 刹那、リリスの瞳が、底知れぬ黒に染まった。 それはさながら、豪華客船タイタニックが沈没した夜の、冷酷で底知れぬ氷海を彷彿とさせる、絶望的な暗黒。


 リリスの槍から、膨大な氷の奔流が溢れ出す。


 いや——それはもはや、単なる氷ではない。 形を成したエネルギー。 青白く、猛々しく輝く膨大なエネルギーが、荒れ狂う嵐となって彼女の周囲を包み込んだ。


「誠太」


 リリスが、背後の玉藻前から視線を外さぬまま、静かに口を開く。


「柳生班に連絡を。直ちに、封印の儀を執り行わせて。」


「.....了解」


 碇が即座に無線機を手に取った。


「こちら神崎班——柳生班、応答せよ!」


『……こちら柳生班、感度良好だ』


「封印の即時発動を要請する。リリス班長が、これより玉藻前を抑え込む」


『了解……だが、封印の儀を完成させるまでには——あと十分だけ、時間が必要だ』


「十分だと……」


 無線を切り、碇はリリスの背中に視線を投げる。あの化け物を相手に、この地獄のような更地で立ち止まれというのか。


「リリスさん、十分……持ちこたえられますか?」


「……」


 リリスからの返答はない。 彼女はただ、目前に迫る玉藻前を凝視し続けている。


 やがて——リリスの口元が、わずかに弧を描いた。


「うん、大丈夫」


 その声は、驚くほど静かに、そして澄んだ響きを持って周囲に広がった。


「私は——この程度では、死なないから」


 その確信に満ちた、けれどどこか空虚な言葉。 碇の胸中に、正体不明の違和感が兆した。


 だが——それが何に由来するものなのか、彼にはまだ、判然としなかった。


 リリスが——


 玉藻前に向かって、走り出した。


 リリスの持つ槍から——


 巨大な氷の龍が、放たれた。


 青白く輝く、美しい龍が——


 リリスの放った氷龍が、凍てつく咆哮を上げながら猛然と玉藻前へ向かって突進する。


 だが——。


 玉藻前は、ただその尾を、無造作に一振りした。 それだけだ。 何の予備動作も、力を溜める気配すらもなく、ただ、邪魔な羽虫を払うかのように尾を動かしたに過ぎない。


 しかし——その瞬間。


 氷龍が、砕け散った。


 いや、粉砕などという言葉では生温い。 そこに起きたのは、明白な「消滅反応」であった。


 玉藻前の尾が巻き起こした、暴力的なまでの風圧。 その絶大なエネルギーの奔流が、リリスの全精力を結晶させた氷龍を、塵ひとつすら残さず、この世界から跡形もなく掻き消したのだ。


「……っ」


 リリスは奥歯を噛み締め、退かずに攻め立てる。 聖槍から放たれた無数の氷刃が、透明な死の雨となって玉藻前へ降り注いだ。


 だが——玉藻前はただ、静かに一歩を踏み出す。


 ゴゴゴゴゴッ!


 大地が爆ぜ、猛烈な衝撃波が氷刃をことごとく粉砕し、虚空へと追い散らした。


「くっ……!」


 リリスはたまらず後退する。 それでも玉藻前は止まらない。ただ、真っ直ぐにリリスへ向かって歩き続ける。 その一歩一歩が、文字通りの地獄だった。


 地面は次々に爆発し、もはや周囲にビルの形を留めたものなど一つもない。 すべてが粉砕され、視界の及ぶ限り、ただ灰色の瓦礫が広がる平原と化していた。


「リリスさん!」


 堪らず碇が叫ぶ。


「もう無理だ、逃げてください!」


 しかし、リリスは動かない。 ただ玉藻前を見据えるその瞳には、深淵のごとき、何か言い知れぬ決意が宿っていた。


「……江藤」


 碇が隣の江藤を振り返る。


「何か、手はないか。俺たちにできることは……」


「……ある」


 江藤が大振りの刀を構え直した。


「俺が囮になる」


「何だって!? だが、そんなことをすれば——」


「大丈夫だ」


 江藤は低く、地を這うような声で断じた。


「俺は——死なない」


 次の瞬間、江藤は爆発的な踏み込みで走り出した。 一直線に、玉藻前を目指して。


「ッ……このバカ! 江藤っ!!」


 氷室の悲鳴のような制止も届かない。 江藤は肉薄し、その巨躯を翻して玉藻前の足元へ刀を振り下ろそうとした——その刹那。


 玉藻前の尾が、不可視の速度で江藤を捉えた。


「……っ!」


 江藤の体が紙切れのように宙に舞い、次の瞬間、無慈悲に地面へと叩きつけられる。


 ドガァッ!


 大地が陥没し、激しい土煙が舞う。


「江藤さん!!」


 氷室が叫び、医療キットを抱えたまま、なりふり構わず走り出した。


「氷室! 危ない、戻れ!」


 碇の制止を振り切り、彼女は江藤のもとへ辿り着く。 抱き起こした江藤の体は、見るも無惨なほど鮮血に染まっていた。


「……大丈夫か……氷室……」


「大丈夫なわけないでしょ! 江藤さんこそ!」


 涙を浮かべながら、氷室は震える手で医療キットをこじ開ける。 あまりの重傷に、彼女の指先は止まらない。


「すぐに……治療を……でも、これじゃ……」


「……落ち着け、氷室」


 江藤の大きな手が、氷室の震える手を力強く掴んだ。


「お前なら……できる」


「で、でも……私……」


「できる」


 江藤の瞳が、真っ直ぐに氷室を射抜く。 そこには、己の命を預ける者に向けた、絶対的な信頼があった。


「……はい」


 氷室は大きく深呼吸をし、恐怖をねじ伏せた。 ピタリと手の震えが止まる。 彼女の掌が江藤の傷口に触れると、柔らかな治癒の光がその体へと流れ込んでいった。


「……すごいな、お前」


 江藤が、苦悶の中に小さな笑みを浮かべた。


「痛みが……消えた」


「まだです……もっと集中させないと……」


 背後で地獄の歩みが続く中、氷室は必死に、その命を繋ぎ止めるために力を注ぎ続けた。


 その時——。


 玉藻前が、ゆっくりとこちらへ顔を向けた。


「……っ!」


 心臓を直に掴まれたような圧迫感に、碇が反射的に銃を構える。指先がトリガーにかかり、銃口がその美しくも恐ろしい存在を捉えた。


 だが——。


 玉藻前は、ぴたりと足を止めたまま動かない。 追い打ちをかけることも、嘲笑うこともない。


 ただ——見ている。


 若々しく艶を帯びて輝く瞳で、傷ついた江藤と、彼を必死に抱える氷室、そして銃を向ける碇の姿を、静かに、深く、観察するように射抜いていた。

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