千本鳥居の残照
──72時間後。京都、伏見稲荷大社跡地。
時刻は夜。 だが、それを夜と呼ぶ者はいないだろう。
天を焦がすのは、漆黒を塗りつぶすほどの不吉な「赤」。
それは燃え盛る炎の色であり、すべてをなぎ払った破壊の色だった。
かつて五穀豊穣を祈った聖域に、もはや「周辺」という概念は存在しない。 視界を遮るものは何ひとつなく、ただ果てしない更地が広がっている。 朱色の千本鳥居も、歴史を刻んだ本殿も、今は跡形もない。 そこにあるのは、命の気配を失った灰色の平原のみだった。
そして──その絶望の中心に、怪物はいた。
体長15メートルを超える、圧倒的な質量。 月光を弾き返すような、神々しくも禍々しい白金の毛並み。 九つの尾をゆらめかせ、地に君臨する妖狐の長。
「玉藻前」 狐のクラウン達の頂点、キングクラウン。 自ら千年の時を歩む妖怪と名乗る、人知を超えた災厄の化身。
「──各班、配置完了」
静寂を切り裂き、無線から井上の声が響く。
『井上班、避難誘導を完了。市民の退避、すべて完了しました。』
「了解。柳生班、封印の準備はどうだ?」
『柳生班、装置の準備完了。いつでもいける』
「神崎班、状況は?」
呼びかけに応じたのは、リリスの声だった。 周囲の惨状とは裏腹に、その響きはどこまでも穏やかで、静謐ですらある。
『こちら神崎班。これより──玉藻前の足止めを開始します』
────
本殿跡地──。
朱塗りの鳥居がどこまでも続いていた神域に、もはや「五穀豊穣の神」の面影はない。主の去った地に君臨したのは、天を衝くほどに巨大な「災厄」だった。かつての彩りは無惨に剥げ落ち、世界はただ、底知れぬ「灰色の荒野」へと塗りつぶされている。
その絶望の最前線に立つのは、神崎班の四名。 班長・神崎リリス、副班長・碇誠太、そして江藤、氷室和。 主力の一角であるヴェレスは別任務で不在。東京にはヒカリ、ヒルメ、そして監視の牛島が残っている。 吹き抜ける風は冷たく、残された四人の孤独を際立たせていた。
「……人数、少ないな」
江藤が、地を這うような低い声で呟く。 逆三角形の逞しいシルエット。右目に刻まれた爪痕の瘢痕が、月光の下で白く浮き上がる。赤黒い短髪を揺らし、血の匂いが染み付いた刀を構えるその姿は、言葉を捨てて戦いに没入する武人の威圧感を放っていた。
「……仕方ありません」
その隣で、氷室が小さく、けれどどこか熱を帯びた声で応える。 白に青を混ぜたようなセミロングの髪が風に舞い、大きな瞳には隠しきれない不安が宿っている。だが、彼女が医療キットを抱きしめるその手には、異常なまでの力がこもっていた。
(……いい。これでいい。誰もいない、私たちだけ。ここで私が皆の傷を癒やし、身を挺して守れば……みんな、私だけを見てくれる。私だけを、愛してくれる──)
「みんなの期待に応えたい」という健気な姿勢の裏側。氷室の胸中には、完璧な自分を演じることでしか己を保てない、寂しがり屋な少女の独占欲が渦巻いている。 危機的な状況で自ら傷つくことを厭わない彼女の慈愛は、単なる責任感ではない。自分が傷を負うことで、仲間の瞳の中に「自分」という存在を刻みつけようとする、切実で歪な愛の形だった。
「集中して」
リリスが静かに、二人を諭すように言う。 その声には、班長としての凛とした響きがあった。
「江藤くん、索敵は?」
リリスの問いに、江藤は言葉を返さない。 ただ、鋭い切れ長の瞳で前方の「嵐の目」を射抜き、短く事実だけを告げた。
「……前方。500メートル。……来るぞ」
「わかりました」
リリスが『ザ・トリニティ』を構える。 月光を反射し、妖しく冷徹に輝く三叉の槍。
「では──参りましょうか」
リリスを先頭に、三人の影が動き出す。 一歩、また一歩。 九つの尾を持つ巨大な災厄へと近づくたび、氷室の瞳には、恐怖を塗りつぶすほどの情愛の熱が宿っていった。
同じ概念から生まれた神性生物「クラウン」たちの間には、抗いようのない絶対的な上下関係が存在する。
頂点:キングクラウン
一つの概念等(例:『炎』『恐怖』『剣』)において、最も多くの畏怖を喰らい尽くし、あるいは人々の恐怖を一身に集めた唯一無二の「正統」。
絶対的実力: 他の同種を「カス」と断じる圧倒的パワー。
王の象徴: 彼らの存在そのものがその概念の「定義」であり、その一挙手一投足が理を書き換える。
敗北した有象無象:残り滓
キングになれなかった、あるいは王の誕生によってその座を追われた者たち。彼らに残された道は、屈辱的な**「4つの生存戦略」**のみ。
生存戦略通称キングとの関係性
眷属
王の足元に跪き、軍門に下った者。力を分け与えられる代わりに、絶対遵守の兵隊となる。
小判鮫
王の影に隠れ、王が暴れた後に残る残滓を啜って生き延びるハイエナ。
糧
王に喰われ、その肉体の一部となった者。自我は消滅し、王をより強くするための素材に成り下がる。
野良
吸収を恐れて逃げ回る敗残兵。だがその瞳は死んでおらず、**「王の失脚(下克上)」**を虎視眈々と狙っている。
【例外】
「恐怖」や「死」のように解釈が広くない、あまりに限定的で純粋な概念から生まれたケース。
特徴: 分散する余地がないほど密度が高い。その概念を思い浮かべたとき、全人類が「同一のイメージ」しか抱けない場合、クラウンは分裂せずただ一体のモノに収束する。
例: 『太陽』『月』など。
【絶滅型】
他を許さぬ暴君
その概念が生まれた瞬間、発生した他の全個体をその場で食い尽くし、自身の肉体(糧)としたケース。
特徴: 生まれた瞬間から完成されている。
例:ルシファー




