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堕天/FREEDOM’S CROWN  作者: イチジク
もう目覚めたから

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36/41

ヒーローは遅れてやってくる。

「イタイ‼︎ イタイ‼︎ オレサマ、ウェンカムイ。オレ、オマエ、マルカジリ‼︎ クウ‼︎」

声が空気を殴った。

鼓膜が破れそうになる。伊織の膝が反射的に折れる。

「全員、散開!」

碇の声が聞こえたが、体が言うことを聞かない。圧倒的な恐怖心。

熊の神の前足が、ゆっくりと持ち上がる。

ヒルメは見てしまった。その爪の下に、人間の骨が刺さっているのを。

まさに——地獄。

音より先に、衝撃波が来た。

地面が消失する。雪が、土が、岩が、最初から存在しなかったかのように吹き飛んだ。

直径10メートル近いクレーターが形成された。

底が全く見えない。

江頭がヒルメの腕を掴み、引きずる。ヒルメの膝が地面を擦る。痛みはない。恐怖が痛覚を殺した。

「……撃て」

碇の声が震えている。

北海道警の隊員が引き金を引いた。

パン、パン、パン。

弾丸が熊の神の胸に命中する。白い毛が赤く染まる。

熊の神は動かない。

そして——笑った。

「イタイ。デモ、ウレシイナァ」

胸の穴が塞がる。肉が盛り上がり、皮膚が覆う。刹那の時間。

「焼夷弾!」

炎が熊の神を包み込む。山全体が赤く染まる。

熱波が押し寄せる。ヒルメの頬が焼ける。

「ガァァァァ……アツイ。アツイ。デモ、タノシイ‼︎」

炎の中から、焼けた肉の塊が歩いて出てくる。

皮膚が剥がれている。骨が見える。目玉が溶けて垂れている。

だが、笑っている。

そして、目玉が再生する。肉が盛り上がり、再び皮膚が覆う。

碇の手が少し震えていた。無線を握るその手が。

「……どうやって殺す?」

「でりゃァァ」

ヒカリが飛び出した。

恐怖はない。あるのは、本能だけ。

爪に意識を集中させる。肉が裂ける感覚。骨が軋む音。

爪が膨張する。

刃物状になった爪で、ヒカリが熊の神の腕を叩き斬る。

ズシャッ。

腕が、肩口から切断された。

血が噴き上がった。

まるで、あの日みんなで眺めた噴水のように。

だがそれは、

確かな熱を持っていた。

頬を打つ滴が、

鉄の匂いを連れて肺の奥へ沈んでいく。

雪に映える赤。

——噴水より、ずっと美しい。

ヒカリは、自分の胸が静かに高鳴っているのを感じた。

「ガァァァァ!」

熊の神が咆哮する。

そして——

切断された腕が、地面に落ちる前に繋がり始めた。

肉が伸び、骨が伸び、神経が纏わりつき、皮膚が覆う。

先程より素早く、遅滞なく再生された。

「……は?」

ヒカリの動きが止まった。

その瞬間——

熊の神の手が、ヒカリの胴を掴んだ。

「オマエ、ツヨイ。ダカラ、オマエカラクイタイ」

「離せ……クソ……!」

ヒカリがもがく。爪で腕を切り裂く。血が溢れる。

だが、傷は即座に塞がる。

握力が増した。

ミシミシ。

肋骨が軋む音。

肺が圧迫され、息ができない。

視界がグラグラと揺れる。

「ヒカリ!」

碇の声が遠い。

「チッ。伊織、今だ!」

「で、でも……!」

ヒルメの声が震えている。手が震えている。天叢雲剣が震えている。

「今しかない!」

「……っ」

ヒルメが剣を引き抜く。

刀身が青白く光った。河川特有の匂い。

「ヒカリ...」

その瞬間、熊の神がヒカリを

——投げた。


上空。

音が消えた。

視界が回転する。

空が見える。山が見える。街の明かりが見える。

凍てつく風が顔を殴りつけてくる。息ができない。

肋骨が折れている、内臓はミキサーでかき混ぜられたかのようにグチャグチャだ。

出血が止まらず口から溢れた。

飛ばされた速度はゆうにマッハを超えていた。

音が追いついてくる、ソニックブーム。

「あっ……みんな……」

血を垂らしながら呟いた。


───


「伊織!」

「はいッ!」

伊織が剣を振り下ろす。

「全てを薙ぎ払え───天叢雲剣‼︎」

刀身から、水流が生まれた。

圧倒的な質量。重力を無視した奔流。

木々を根こそぎ薙ぎ倒す。地面が削れ、岩が砕けた。

そして、熊の神を飲み込む。

「ガァァァァァ!」

熊の神が、水流に押し流される。

巨大な体が宙を舞い——

ドゴォォンッ!

屏風びょうぶのようにそそり立つ大きな岩壁に叩きつけられる。

壁に亀裂が入り、ゆっくりと崩落した。土煙が舞い上がる。

「……やり、ました……?」

ヒルメが震える声で言う。

碇は答えなかった。

江頭が生存者を抱えて走る。

そして——

土煙の中から、赤い目が二つ、光った。

「……嘘だろ」

「ガァァァァァァァ‼︎ タノシイ‼︎ モット‼︎ モット‼︎」

熊の神が立ち上がる。

全身が傷だらけ。肉が削れている。骨が見えている。

だが、笑っている。

そして、再生が始まる。肉が盛り上がり、それを皮膚が覆う。

「オマエラ、ミンナ、クウ‼︎」

熊の神が、突進した。

地響き。

木が倒れる。

雪崩が起きる。

山そのものが動いている。

「退避!退避だ‼︎」

碇が叫ぶ。

だが——

熊の神の前足が、地面を叩く。

地面が波打つ。

ヒルメの体が宙に浮く。背中から地面に叩きつけられる。肺から空気が全て抜け尽くした。呼吸ができない。

江頭がぐったりと倒れる。抱えていた生存者が転がった。

碇が膝をつき、無線が手から転がり落ちた。

「……くそっ」

拳を強く、地面に叩きつける。

勝てない。

このクラウンは、理の外にいる。

規格外。

殺せない。削れない。止められない。

「どうやって……」

その時——

地平線の向こうから、音がした。

ソニックブーム。

「……あいつ」

碇が顔を上げる。

「それまで、オレがやるしかないな。」

────


ヒカリが地面に叩きつけられた。

ドゴォンッ。

アスファルトが砕ける。落ちた箇所にクレーター形成された。

衝撃で体が思うように動かない。

相変わらず、肋骨が折れている。内臓も破裂している。

血が口から溢れて止まらない。

「……っ、痛ってェ。馬鹿力だな。」

ヒカリが重苦しそうに立ち上がった。

折れた肋骨が肺に刺さる。ズクッという鈍い痛み。

だが、再生が始まる。肉が繋がる。骨が繋がる。

およそ、5秒で元通りだ。

「あー、死ななくてよかった。オレ、最強!」

ヒカリがケタケタと誇らしげに笑う。

周囲に人がいた。

「うおッ。な、何だ……!?」

「化け物か!?」

「いや違う、人だ!」

ヒカリは彼らを無視して、山の方角を見る。

地響き。

木が倒れていく。雪崩が起きている。

「やり……やがったな。相当離れてるな。」

ヒカリがニヤリと笑う。

「面白ェじゃねえか」

そして——

走り出す。

地面を蹴る。アスファルトが砕ける。

ビルの壁を蹴り、屋上に飛び上がる。

そして、山に向かって跳躍する。

「畜生が‼︎待ってろよクソ熊ァ!」


─────


熊の神が、ヒルメに迫る。

ヒルメの天叢雲剣が震えていた。もう、振れない。腕に力が入らない。

「そんなッ……碇さん」

伊織が呟く。

碇は立ち上がれない。膝が折れている。

江頭は動かない。意識がないようだ。

「……終わり、なの……?」

その瞬間——

空から、黒い影が落ちてきた。

その正体、気づいた時にはもう遅い。

熊の神が顔を上げた次の一拍。

ヒカリが、ヤツの頭蓋へ踵を叩き込んだ。

ドンッ——!

轟然たる音。

山が、息を呑んだ。

大地は悲鳴を上げ、土石が波のように舞い上がる。

深々と口を開けた巨大な穴の底で、

熊の神の頭がえぐれた岩盤にめり込んでいた。

粉塵が晴れる。

その上に、片足で立つ影。

「よォ、オレはまだ生きてんゼ。」

血を滴らせた踵で、

ヒカリはゆっくりと熊のウェンカムイの頭頂部を踏みしめた。

「さっきはえらく楽しそうだったな!もっと楽しもうゼ‼︎」

──第二ラウンド。

ラウンド2、ファイト‼︎

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