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堕天/FREEDOM’S CROWN  作者: イチジク
もう目覚めたから

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31/41

躁鬱

神性事案対策第一課。

室内は均質なLEDの光に満ち、画面の青と紙の白が互いに顔を刺す。外の蝉の声は窓越しに僅かに響き、日差しの熱だけが遠くで固まっている。机の上には事案番号が書かれたファイルがきちんと並び、赤い「要注意」のスタンプが押されている。

名簿は無造作に置かれていて、碇は指先で紙を確かめながらめくる。

冷たい紙の感触を頼りに、手は自然と動いた。

彼の身体は今、ここにあって、時間は書類の頁のめくれる音だけで進む。画面のダッシュボード上で、データの点がわずかに動いている。

隊員のログが線として表示され、淡く画面をなぞるように流れる。 彼はページをめくる。めくる。指先に伝う紙の摩擦だけが確かな接触で、胸の奥の熱はその裏側で膨れていく。

望月がいない。

斎藤がいない。

田中もいない。

あの日、襲撃があった日。碇は入院していた。現場にいなかった。

だから、三人を守れなかった。

――時間が止まったように、何も感じなかった。視界の端で、書類の白とモニターの青が交互に点滅する。内線の最後の着信履歴が画面に残り、未読メッセージは消せるはずなのに手が伸びない。無感情の後、記憶の断片が押し寄せる。机に手をつき、顔を覆う瞬間、体内で積もった感情が噴出した。

「うーん...…もう、いないんだよな…」

死んだんだ。

いくら呼んでも帰っては来ないんだ。

もうあの素晴らしい時は終わって、俺も現実と向き合う時なんだ。

碇の心は振り子みたいに暴れ、落ち着いたかと思えば底まで沈む。

冷静も激情も、交互に襲っては過ぎていく。

紙面に目を戻せば、そこに並ぶ文字はただの報告書だ。

事案番号の横に赤い丸を打ち、上申のチェック欄に印を付ける。

指先は震えるのに、作業だけは止まらない。

冷房の風が首筋の汗をさらっていく。

外のむっとする熱気がガラス越しに揺れ、世界だけが別の温度で動いているみたいだ。

感情は内側で燃え続け、書類は外側で淡々と進む。

碇は束ねたファイルを鞄にしまい、ゆっくり立ち上がる。

室内の光は安定したまま。

碇の背には、紙より重いものが載り続けていた。

「はぁ…」

碇が呟く。

その時、電話が鳴った。

受話器を取り、立ったまま答える。

「はい、碇です。」

「碇くん。少し時間をもらえる?」

電話はリリスからであった。

「何でしょうか?」

「新しい班員の紹介よ」

リリスが微笑む声に、空気がわずかに温かくなる。

「今日、三人が配属される。だからヒカリくんやヒルメちゃんにも声をかけておいてくれる?みんなに会ってもらいたいの」

「三人?」

「ええ。私の部屋に来て。」

碇は受話器を置き、立ったまま深く息をつく。

冷静な表情の裏で、感情は再び大きく燃え上がっていた。

短い言葉のやり取りだけで、必要なすべてを含んでいるように感じられた。

室内の光は変わらない。碇の身体はそこにあり、内面の熱と外側の静けさが、不思議な対比を作っていた。

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