何でもないような事(日常)
とある日の休日――その響きだけで、空気が少し緩む。時計の針はゆっくりと、でも確実に進んでいる。窓の外では柔らかな陽光が街路を撫で、店の前を通り過ぎる人々の足音は、まるで小さな音楽のように溶け込む。
「トマトなんて、人の食べるものじゃない」
ヒルメがカウンター席でぽつりと呟いた。
「えー、そんなこと言う?」イヴが店の奥からひょっこり顔を出す。「トマト美味しいのに。じゃあさ、トマトって誰が食べるの? 妖精? 宇宙人?」
「知らない。とにかく、私は絶対食べない」
昼下がりの店内は静かだった。客はヒルメ一人。イヴは暇そうにカウンターに肘をついて、ヒルメの横に座る。
「店長に見つかったら怒られるよ」
「大丈夫大丈夫。今、店長いないし」イヴはにやりと笑った。「それにさ、お客さん一人しかいないんだもん。接客してるって言えば問題なし」
「これは、接客じゃないでしょ」
「ちっちゃい事は気にするな〜」
イヴは自由奔放だ。店員なのに、こうして平気で客の隣に座る。でも不思議と、ヒルメは嫌な気がしなかった。
付き合いはまだ短い。でも、気が合う。
「ねえねえ、ヒルメ」
「何?」
「太りそうなもの苦手なんでしょ? なのに大食いって、どういうこと?」
「…矛盾してないかなぁ?」
ヒルメは少し恥ずかしそうに答えた。「...たくさん食べるからこそ、気をつけないといけないの」
「なるほどね。じゃあさ」イヴが立ち上がって、冷凍庫の方へ向かう。「これならいいよね?店長のお気に入り!」
手に持っていたのは、氷菓だった。
**「…店長には内緒?」**
ヒルメの目が少しだけ輝く。
「もちろん!」イヴはウインクした。「あんこ入りだよ。最近好きなんでしょ?」
「…誰から聞いたの」
「ヒカリ。この前来た時に教えてくれた」
ヒルメは少し頬を赤らめた。「あのバカ…」
「偉い、偉いじゃん!嫌いだったのに、あんこ。」イヴは二本の氷菓を持ってきて、一本をヒルメに差し出す。「人って変わるんだねぇ」
「イヴは変わらなさそう」
「そう? まあ、私は相も変わらず、刹那主義だからね」
イヴはケラケラ笑いながら氷菓の包みを破る。
「今が楽しければそれでいいの。今を精一杯いきたいな。」
二人は並んでカウンターに座り、氷菓を食べた。
店の窓から日差しが差し込んで、ヒルメの短い黒髪を照らす。ヒルメは気持ちよさそうに目を細めた。
「日光浴、好きだよね」
「うん…こういう時間が好き」
「ヒルメって狼っぽいよね。鋭い目つきとか、日向ぼっことか。」
「そう?」
「あ、じゃあさ」イヴがニヤリと笑う。「狼はトマト食べないよね。だからヒルメもトマト嫌いなんだ。つまり、ヒルメは狼! QED 証明完了‼︎」
「…何それ」
「つまんない?」
「...すごくつまらない」
「あははは!」イヴは楽しそうに笑った。
ヒルメも少しだけ笑った。イヴの言動は本当につまらないけど、なぜか嫌いじゃない。なんだかぽかぽかした気持ちになる。
イヴは活発で明るくて、自分とは正反対だ。おちゃらけているようで、時々妙に達観したことを言う。飄々としていて、本心がどこにあるのか分からない。
でも、一緒にいて心地が良い。
「あーあ、お客さん来ちゃった。」イヴが窓の外を見て立ち上がる。「じゃ、ちゃんと仕事するね」
「うん」
「アイスは…まあ、内緒ってことで」イヴはウインクして、カウンターの向こうに戻った。
ヒルメは残りの氷菓を食べながら、窓の外を眺めた。
日差しが暖かい。
穏やかな午後だった。




