三者三様
橋を渡り、日本庭園を抜ける。 玉石を敷き詰めた道。 松の木。 石灯籠。 和の風景が続く。
「イギリス風景式庭園に行きましょう」
リリスが言う。
「イギリス?」 ヒカリが首を傾げる。
「ええ。この園には、三つの庭園があるの」
リリスが説明する。
「日本庭園と、イギリス風景式庭園と、フランス式整形庭園」
「へぇ」
ヒカリが感心する。
歩いていくと、景色が変わる。 小径を抜けると、視界がぱっと開けた。 広大な芝生。どこまでも続く緑。点在する巨木。プラタナス、ユリノキ。空が、広い。 草の匂いが鼻をくすぐる。風が頬を撫でる。都会の喧騒は一枚の壁の向こうに消え、ここだけ時間がゆっくり動いているようだった。
「すげぇ…」
ヒカリが呟く。
「開放的でしょう?」
リリスが微笑む。
「ええ」
ヒカリが頷く。
芝生の上を歩く。 足音は柔らかく、影が長く伸びる。 時折、遠くで鳥が鳴いた。木漏れ日が斑に落ちる。四人は言葉少なに、ただ景色を分け合った。
「ここ、好きなの」
リリスの声は静かだった。でも確かな温もりを含んでいた。
「よく来るんですか?」
ヒカリが聞く。
「ええ。時々ね。」
リリスが頷く。
「一人で、ぼんやりと過ごすの...」
しばらく、四人で芝生を歩く。 夕陽が芝を黄金色に染め、空はオレンジへと傾く。影がさらに伸び、世界の輪郭がゆっくりと柔らかくなる。 「温室に行きましょう」
リリスが提案する。
「温室?」
「ええ。大温室があるの」
リリスが歩き出す。
温室に到着する。大きなガラスの建物。外からでも濃い緑が透けて見える。中に入ると、湿気がムッとする。熱帯の空気が頬を包み、土と葉の匂いが混ざる。 熱帯の植物が、生い茂っている。大きな葉。鮮やかな花。バナナの幹、ヤシの列、睡蓮の浮く浅い池。観察用の渡り廊下を歩けば、葉の陰から小さな花が顔を覗かせる。温室は別世界の雰囲気を静かに作っていた。
「すげぇ…」
ヒカリが呟いた。
「熱帯の植物が、たくさんあるの」
リリスが説明する。
温室の中を歩く。見たこともない植物が並ぶ。葉の形が奇妙で、艶があって厚い。光はガラスを通して柔らかく拡散し、空気はしっとりと重い。
「これ、何ですか?」
ヒカリが、大きな葉を指差す。
「モンステラよ」 リリスが答える。
「葉に穴が開いてるでしょう?」
「ああ、ホントだ」 ヒカリが感心する。
「不思議っすね。」
「ええ、そうね。」
リリスが微笑む。
四人は、温室をゆっくりと歩く。色とりどりの花。見たこともない植物。互いに小さな声で名前を確かめ、葉に触れ、匂いを嗅ぐ。穏やかな時間。ヒカリは、この時間が好きだった。リリスさんと一緒にいる時間。何も考えなくていい。ただ、そこにいるだけでいい。そんな時間。 温室を出る。外は、もう夕暮れだった。空が、オレンジから茜色へと変わっている。青い光が陽光と混ざり合い、紫へと姿を変える。空の縁が群青に染まり、薄い紫雲が夕焼けに浮かぶ。
「綺麗…」
ヒルメが思わず呟く。
「ええ」
リリスが頷く。
「夕焼け空に輝く紫雲は、いつ見ても美しいね...」
空は刻一刻と色を変え、光と影の比率が少しずつ入れ替わる。
「そろそろ、帰りましょうか」
リリスが言う。
「はい」
三人が頷く。 四人は温室を出て、芝生の淵を回り込むように道を進んだ。道は緩やかに曲がり、やがて人工の秩序が現れる。
刈り込まれたボックスウッド。
幾何学に切り取られた花壇に咲き誇る色溢れた薔薇。
直線のプラタナス並木。
フランス式整形庭園が静かに佇んでいた。
中央には噴水があり、数学的に制御された水が細く立ち上がる。
大理石の彫刻がいくつか点在し、夕闇に溶け込まない顔だけを浮かび上がらせている。光は選ばれた場所にだけ落ち、庭全体が陰影のパッチワークになる。
「まとまってるのに、ちょっと怖いですね。」
ヒカリが小さく呟く。
リリスは微笑む。
「...整っている姿が不自由さを感じさせて不気味に見えるのかな?」 その言葉は庭の空気と同じ温度で響いた。噴水の規則正しい音が時計の針のように刻まれ、林立する彫像は沈黙の監視者に見える。
遠くに見える螺座路のビル群の光が、水面に細く伸びて映る。都市のネオンが水に溶けて、庭は都会の残像をその身に縛りつけた。 四人は静かに花壇の間を歩いた。風が通り抜け、葉が擦れる音だけが聞こえる。整えられた縁取りは暗がりで幾何学の断片となり、影が模様を刻んだ。夜の帳がすぐそこまで下りていた。
「帰りましょうか」
リリスが言う。 四人は、再び石畳を辿った。夕焼けと街灯が混ざり合う空を背にして、足音が規則的に続く。出口の門を抜けると、そこはもう別の世界だった。人の波。車の音。ビルの光。庭で消えていた雑事が、一度に押し寄せる。
「じゃあ、またね」
リリスが、三人に手を振る。
「はい、ありがとうございました」 ヒルメが答える。
「今日はありがとうございました。」 碇が頭を下げる。
「また行きません?」 ヒカリが言う。
その言葉が、自然と出た。 また、会いたい。そう思った。
リリスが、微笑む。
「ええ。またね」
リリスはゆっくりと歩き去る。黒いスカートが夜風に揺れる。街灯がその輪郭を一瞬だけ切り取り、影が伸びる。ヒカリは立ち尽くし、リリスが消えた方向を見つめる。
また、会いたい。
早く、会いたい。
胸が、温かい。
この感覚。
ずっと、忘れたくない。




