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堕天/FREEDOM’S CROWN  作者: イチジク
もう目覚めたから

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26/40

螺座路御苑、正門前。

ヒカリ、碇、ヒルメ、リリスの四人が集まった。

「みんな、揃ったわね」

リリスが微笑む。

今日のリリスは私服だった。

白いブラウスはほどよく体に沿い、肩のラインがきれいに見える。

黒いロングスカートは落ち着いた素材で、歩くたびに静かに揺れる。

藍色の髪は肩にかかり、背中のほうへ自然に流れている。

風が吹くと、髪がわずかに揺れ、光を受けて柔らかく輝いた。

控えめなイヤリングと、シンプルな革のバッグが彼女の落ち着きと知性を引き立てる。

普段のリリスとは少し違って、柔らかく、やさしい印象だ。

そばにいると、なぜか安心する。

「じゃあ、入りましょう」

リリスが歩き出す。

その歩き方が、ゆっくりとしている。

だが、優雅だ。

まるで、この世界のすべてを受け入れているかのような。

一歩一歩が、計算されているようでいて、自然。

スカートの裾が、風に揺れる。

その揺れ方が、妖艶だ。

四人は、御苑に入る。

午後3時15分。

新宿御苑の中。

緑が広がっている。

広大な芝生が、どこまでも続いている。

木々が、太陽の光を浴びて輝いている。

欅、楓、桜の木。

それぞれが、異なる影を落としている。

花が咲いている。

赤、黄色、ピンク。

色とりどりの花。

バラ、菊、コスモス。

秋の花々が、御苑を彩っている。

「綺麗ですね」

ヒルメが呟く。

「ええ」

リリスが頷く。

その頷き方が、ゆっくりとしている。

まるで、時間が流れるのを楽しんでいるかのよう。

首の動きが、しなやか。

白い首筋が、光を反射する。

「植物は、正直で好きよ」

リリスが花壇に近づく。

膝を折り、しゃがむ。

スカートが広がる。

黒い布が、地面に触れる。

その姿が、絵画のよう。

「正直?」

ヒルメが首を傾げる。

「ええ。嘘をつかない。水をあげれば育つ。日光を当てれば咲く。シンプルで、美しいね」

リリスが花に触れる。

その手が、優しい。

細い指が、花びらを撫でる。

まるで、子供に触れるように。

爪の先まで、丁寧に手入れされている。

その手の動きが、滑らか。

「...人間は、もっと複雑ね」

リリスが立ち上がる。

ゆっくりと。

その動作が、流れるよう。

腰から、胸へ、肩へ。

身体のラインが、曲線を描く。

美しい曲線。

「隠して、演じて、騙し合う」

リリスが微笑む。

その微笑みが、悲しげだ。

だが、それでいて温かい。

唇が、柔らかく弧を描く。

「リリスさん…」

ヒルメが、リリスを見る。

「でも、それが人間よ」

リリスが続ける。

「不完全で、傷ついて、それでも生きようとする」

リリスが空を見上げる。

その横顔が、美しい。

鼻筋が通っている。

睫毛が長い。

肌が白い。

まるで、陶器のよう。

「だから、愛おしいのかな」

その言葉が、心に染み込む。

リリスの声が、低く、優しい。

まるで、子守唄のよう。

ヒカリは、少し離れた場所から、リリスを見ていた。

リリスの横顔。

その表情。

優しさに満ちている。

まるで、すべてを受け入れているかのような。

リリスが動くたびに、髪が揺れる。

スカートが揺れる。

その動きが、ヒカリの目を捉える。

「…」

ヒカリの胸が、熱くなる。

何だ、これ。

何でだろう。

リリスさんを見てると、胸が苦しくなる。

それでいて、温かくなる。

心臓が、早く打つ。

手の平に、汗が滲む。

「オレはあの人が…」

ヒカリが呟く。

碇が、ヒカリを見る。

「ん?...好きなのか?」

「え?いや、ちが、ちげぇ、いや、そんなんじゃ…」

ヒカリが慌てる。

「でも…なんか、見てると落ち着くんだよな」

「落ち着く?」

「ああ。なんだろな…包まれてる感じ?」

ヒカリが頭を掻く。

「まるで、母親みてぇな」

その言葉が、自然と出た。

母親。

ヒカリには、母親がいない。

物心ついた時から、いなかった。

父親も、ほとんど家にいなかった。

居た時も、殴るだけ。

だから、ヒカリは、いつも一人....だった。

孤独だった。

誰にも愛されて...いない。

そんな感覚が、いつもあった。

だが、リリスを見ていると。

その孤独が、少し和らぐ。

まるで、受け入れられているような。

愛されているような。

「…変だな、オレ。馬鹿だな。」

ヒカリが苦笑する。

その時。

ルシファーが囁く。

『ヒカリ』

「ん?」

『キミは、どう思う?』

「どうって?」

『あの女について』

「リリスさん?」

ヒカリが、リリスを見る。

リリスは、花を見ていた。

優しい顔をしている。

『お前が、どう感じるかだ。私は何も言わない』

「…オレは」

ヒカリが、考える。

リリスさんは、優しい。

温かい。

オレを受け入れてくれる。

まるで、母親のように。

「…わかんねー。まだ。ただ、良い人だろ?」

ヒカリが、小さく言う。

「そうね」

静かに答えた。

「なら、それでいい」

「本当に、いいのか?」

「ああ」

ヒカリの目をじっと見つめる。力は、相手が自ら選ぶ瞬間にも宿る。自由とは、単に鎖を断ち切ることではない。他者の自由を尊重し、助け、共に生きることで初めて成立するものだ。

「私は、見ているだけにする。キミが決めるんだよ。」

その言葉には、他者の自由を否定する者には、自分も自由でいられないという重みがあった。逆に、他者の自由を選び、守るなら――その瞬間、力は揺るぎないものになる。

「これが正しい…」

ルシファーは小さく頷く。その瞳には、迷いと同時に確かな意思の光が宿っていた。


リリスが、こちらを向く。

その瞬間、空気がひときわ澄んだ。

彼女の瞳が、ヒカリを捉える。

ヘーゼルの光――金と緑が揺らめき、まるで朝露の中に太陽を閉じ込めたようだった。

見つめるほどに、世界が静まっていく。

風の音も、遠くの鳥の声も、すべてがその瞳に吸い込まれていく。

ヒカリはただ、立ち尽くした。

それは人の目ではなかった。

光そのものが、意志をもってこちらを見ているようだった。

「ヒカリくん」

リリスが微笑んだ。

その笑みは、陽だまりのように柔らかく、どこか無防備だった。

唇がゆっくりと開き、白い歯がこぼれる。

飾り気のない仕草なのに、美しさがあった。

「……はい」

ヒカリの声が、かすかに裏返る。

「一緒に歩きましょう」

リリスが手を差し出した。

白く細い指。淡いピンクに塗られた爪が、午後の光を受けて微かに透ける。

ヒカリはその隣に並んだ。

ふたりは、御苑の細い小径を歩く。

踏みしめるたびに、音がさらりと鳴る。

リリスの香りが、ふと風に乗って届く。

花のようで、少し甘い。

けれど強すぎず、静かな香りだ。

バニラのようでもあり、ジャスミンのようでもある。

ヒカリは深く息を吸った。

その香りが胸の奥に沁みて、なぜか懐かしい気がした。

隣を歩くリリスの横顔が、光を受けて柔らかく揺れている。

それだけで、残酷な世界が少し美しく見えた。

「ヒカリくんは、お母さんがいないのよね」

リリスが、静かに言う。

その声が、耳元で響く。

「…はい」

ヒカリが頷く。

「寂しかったでしょう」

リリスの声が、優しい。

まるで、心の奥まで見透かしているような。

「…別に、そんな事ありませんよ。」

ヒカリが、そっけなく答える。

だが、その声は、少し震えている。

リリスが、立ち止まる。

ヒカリを見る。

その目が、深い。

まるで、すべてを見透かしているような。

瞳がヒカリを映していた。

「慣れる必要なんて、ないのよ」

リリスはそう言い、彼の頭に手を置いた。

その掌は、驚くほど温かかった。

春の陽だまりのような、いや、それ以上に人の心をほどく温度。

指先が髪を梳くたびに、ヒカリの思考は白く溶けていった。

「寂しい時は、寂しいと言っていいの」

「辛い時は、辛いと言っていいの」

その声は、まるで祈りのようだった。

彼女の胸が彼の頬に触れた。

柔らかく、甘く、そしてどこか死に似た静けさを孕んでいた。

リリスは彼を抱きしめた。

上から下へ、背を撫でる手の動き。

その緩やかさが、世界の時を止める。

「あなたは、一人じゃないの」

ヒカリの胸が熱くなる。涙が滲む。

だが彼は泣かなかった。

涙を流すことが、いま、この奇跡を汚すように思えた。

「リリスさん……」

震える声が、彼の中の子供を呼び戻す。

「大丈夫よ」

その一言が、すべてを赦した。

――愛されている。

その感覚が、彼の全身を包んだ。

今まで誰からも与えられなかったもの。

それが、いま、確かにあった。

「……ありがとうございます」

ヒカリが小さく呟く。

リリスは微笑んだ。

その微笑みは聖母を思わせたが、どこかで、より深く、美しいものに近かった。

まるで、朝日のような光。

優しく、残酷なまでに清らかな、愛の光だった。

ヒカリには似つかわしくない光。


───


オレは思った。

リリスさんは、すげぇ。

聖母みてぇだ。

あの人は...オレみたいな、カスみたいな人間でも──

受け入れてくれる。

血に汚れた手でも、握ってくれる。

愛してくれる。

そんな人、見たことねぇ。

胸が熱くなる。息が少し荒い。

涙が滲む。出そうになる。

だが、堪える。泣くのは何か違うと思う。オレは泣かねぇ。

それでも、この温かさは消えない。

忘れられる気がしない。

とっても、きれいな気がした。


────


碇とヒルメは、少し離れた場所で、二人を見つめていた。

「……強がってはいるが、ヒカリは孤独を恐れている」

碇が呟く。

「...はい」

ヒルメが頷く。

「リリスさんって、不思議な人ですね」

「ああ」

碇が同意する。

「まるで、愛そのものを信仰しているみたいだ」

「そうですね、皆さんを、愛してらっしゃいます。」

ヒルメが続ける。

「無償の愛」

その言葉が、二人の胸に響く。

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