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堕天/FREEDOM’S CROWN  作者: イチジク
もう目覚めたから

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22/40

キミの笑顔を守りたかった

同日。ヒカリの病室へ向かう少し前。

別の病室。

牛島は、碇の病室にいた。

碇は前回の任務で重傷を負い、まだ入院中だ。

「牛島さん」

ベッドの上から碇が声をかける。

「碇。調子はどうだ」

「だいぶよくなりました。明日には退院できそうです」

「そうか」

牛島は壁際の椅子を引き、静かに腰を下ろした。

無言の間。

窓の外の光が、白いシーツを淡く照らしていた。

「聞いたのか。班員のこと」

「……はい」

碇の顔が曇る。

瞬きの間に、血の気が引いた。

自分だけ病室に縫いとめられ、何もできなかった。

仲間たちは戦い死んだ...それなのに、自分はただ、天井を見上げることしかできなかった。

「俺が……もし、あの時、あの場にいれば……」

「お前のせいじゃない」

牛島の声は低く、淡々としていた。

けれど、その静けさがいちばん痛かった。

碇の拳は、シーツの上で震えていた。

握りしめたまま、血がぽたぽたと落ちる。

悔しさと無力感が、指先から零れ出しているかのようだった。

「誰のせいでもない。悪いのは、聖桜教団だ」

「……はい」

碇が俯く。

「……悔しいです」

「俺もだ」

牛島が短く続けた。

「だが、今は前を向くしかない」

「はい」

「お前が復帰したら、また試合相手を頼む。お前が一番マシだ」

「……分かりました」

碇が小さく頷く。

「……ヒカリは?」

「回復してる。大丈夫だ」

「そうですか」

「あいつは、立派に戦ったよ。仲間のために」

「……そうですか」

碇が微笑む。

「……ヒカリ、変わりましたね」

「そうか……」

「最初は、何も感じない子だった気がします。でも、今は人らしくなって」

「そうだな」

「少し、心配なんです。……前に牛島さんが言ってましたよね。『現場ではまともな奴から死んでいく』って」

「……ああ」

牛島は立ち上がる。

「とりあえず、お前も気合を出せ」

「はい」

牛島が部屋を出る。

扉が静かに閉まる音だけが残った。

碇は一人、天井を見上げる。

斎藤。田中。……望月。

三人の顔が浮かんでくる。

「……俺が悪いんだよ。……俺のせいだ‼︎」

かすれた声が病室に響いた。

「俺が……オレが、守れなかった」

涙が頬を伝い、枕を濡らす。

碇は、静かに泣いていた。


───碇は涙を拭わず、天井を見つめる。

思い出すのは、望月との初めての任務だった。

都内の闇夜に二人の足音だけが響いていた。公安特別課の捜査官、碇と望月。神と契約した男を確保するため、薄暗い路地を並んで歩いていた。ネオンの光が揺らめき、疲れた街灯が青白い灯りを落とす。

緊張が肌に突き刺さるような夜だ。 碇は眉間にしわを寄せると、拳をきつく握り締め、背筋を伸ばして低く言い放った。「強行突入すべきだ。」その声は遠ざかる車の音にさえ食い込むように響いた。

望月は一瞬だけ顔を翳すが、細い刃のような視線で碇を見据え、苛立ちと共に返す。「馬鹿言わないで」月明かりすら見透かしそうな澄んだ瞳に、小さな怒りの火花がちらついた。 「情報が不足してる。慎重に行くべきよ」

望月の声は冷静だが、その言葉には重みがあった。街路に散らばった夜の音が二人の緊迫感を際立たせる。

「時間をかければ、相手に逃げられる」

碇は息を吐きながら右の拳を振り上げた。手首を返すと、手のひらがわずかに赤く熱を帯びている。「だからって無茶するの?」

望月が肩越しに振り返り、怒りを含んだ問いかけをぶつける。呼吸を整えた彼女の表情は硬いが、その声は震えていなかった。

「無茶じゃない。計算だ」

「あなたの計算は、いつも危険すぎるのよ」

二人の距離がほんのわずかに縮み、お互いの息遣いが飛び散るしぶきを描き出す。路上には背の低い街灯がぽつぽつと並んでおり、彼らの長い影がタイルに伸びている。背中ごしに、車のヘッドライトがちらついた。

「碇くん、何がしたいの?理解できない。」

「お前こそ、慎重すぎるんだ!」

感情が臨界点に達すると同時に、言葉が鋭く空気を切り裂く。次の瞬間、望月の拳が反射の如く碇の肩を打った。

ドスッ。

路上のタイルに響いた鈍い音。

「痛っ…」

碇が膝を一瞬だけ緩める。だが、言い訳する間もなく、望月は怒声をあげた。

「あんたが聞かないから!」

「お前が頭固いからだろ!」

碇もすぐに跳びついて応戦する。前屈みになりながら、視界の端で彼女の顔を見ると、頬に汗がにじんでいる。迷いのないその拳が直線で腹部を襲った。

「ぐっ…」 二人は路地の端で殴り合いを始めた。拳が交錯し、床に散ったガムの欠片が乱舞する。通行人は思わず足を止め、驚愕の声をあげながら歩道の縁に避難する。

だが、二人はその声にも気づかず、闘志だけをエンジンに拳を飛ばし蹴りを繰り出す。風が髪を吹き上げ、路地の壁に反響する重い音が張り詰めた空気を裂く。

面白いことに、激しい乱打の間でさえ互いの呼吸は読めていた。望月の拳が来るリズム、碇の蹴りが届くまでの距離――全て身体が知っている。血に飢えた怒りの中でも、信頼が根底にあった。

「はぁ…はぁ…」

「ふぅ…ふぅ…」

短い息が夜空に白い息帯を描く。二人とも崩れるように立ち止まり、右手の拳を視界の端で見つめた。汗で手袋の紐が緩む。互いの目が再び合わさり、呼吸が整うと同時に再び鋭い視線を交わす。

その瞬間、世界はひどく歪んだ。ふと漂ってきた禍々しい気配が夜風を震わせた。前方に、新たなる異形が忽然と姿を現す。人型だが、肌は影のように黒く、顔はくり抜かれたように無い。全身から闇の霧が滲み出し、街灯の光を喰らい尽くしていた。 「会いに来てやったぜ⁈ポリ公、オレを捕まえられるかな‼︎」

鋭く切り裂くような男の声が路地に響いた。睨みつける黒い瞳だけがわずかに輝いていた。

「…ヤツだな」

碇が吐息交じりに呟く。口元で嗤うような笑みを浮かべたその対象に、銃と刀を構える背筋が自然と伸びた。

「ええ」

望月が静かに頷く。二人はさっきまでの争いを振り切るように、互いの罵声さえも霧散させてターゲットを見据えた。

「どうやら契約の代償が高くついたらしいな...行くぞ」

「ええ」

碇が言い放つと、同時に二人は敵に向かって飛び出した。碇は前に出て刀を柄から抜き放ち、一閃するようにクラウンの胴体へ斬りかかった。だが、彼の放った刃はまるで水面を切るように相手の肉体を素早くかすめる。

禍々しい怪物は一瞬しなやかに身を捻ると、黒い触手を碇の胸に向かって飛ばしてきた。月光を切り裂いて伸びた幽かな腕先は、暗闇に溶け込む毒を吐くようだ。

「碇くん!」

望月の叫びが空気を引き裂く。

引鉄が引かれる音とともに、黒い触手に向かって銀色の弾丸が飛んだ。衝撃と共に触手は切り裂かれ、ばらばらと弾けて粉砕した。

「サンキュ」

碇は軽く礼を言い、そのまま振り向かずに斬撃を再開する。 「バカ...油断しないで」

望月がしっかりと警告した声は、手早く引き金を引いている手元にまだ震えが残っていた。

碇は再び前へ飛び込み、大振りの一閃でクラウンに向かって斬りかかった。しかし怪物は不意を突かれることなく、滑るように身を躱し続けた。 「くそ…」

碇が舌打ちを響かせた。歯噛みするような重い喉の奥から呻き声がこぼれる。

その刹那、望月の視線が宙を泳いだ。彼女の頭の中で、刹那の演算が廻り始めた。

「碇くん、時間稼いで」

望月は一呼吸おいてから短く告げる。

「分かった」

碇は言葉を返しながら再び怪物めがけて飛び出した。刀を振るう手に込められた野性が敵の視線を引きつける。ザッ、ザッ、と鋭い斬撃が暗闇をなぎ払った。 しかしクラウンはただ背後に跳躍して妖しく笑い、全てをかわし続ける。間合いを切り裂くような金属音が路地に連打した。

やがて望月の頭上に仄明かりが反射し、あらかじめ導き出した一撃の狙いが定まる。

「ここね。」

ほんの一瞬の静寂が訪れた。望月の人差し指がゆっくりと引金を引く。灯った銃口は、しかし蛍火のように揺らめいた。次の刹那、銃声が乾いた夜に轟いた。細く飛んだ弾丸が相手の体幹を深々と貫くと、ゆっくりと黒い霧が乱れた。

「ギャァァァァァイギゃぁぁぁぉ⁈」

苦痛に引き裂かれるような悲鳴が路地に響き渡る。周囲の空気がひび割れたように震え、瞬間、場が暗転した。

「今だ!」

傍らで腕を振るっていた碇の叫びで、行動が再開される。

真紅の残像を引くように刀身が閃き、クラウンの身体を貫いた。ズシャッ!

次の瞬間、黒い塊が震えるように崩れ、やがて濃霧へと還って消え去った。その中で、ただ一人、男だけが路地に残った。体は傷だらけ、呼吸は荒い。

「く、くそう。」

彼の呟きが、湿った夜気に吸い込まれる。


「やった…か」

二人は口々に呟き、互いの姿を見やった。汗とほころびた緊張の中で、碇の心臓だけがまだ荒く脈打っている。

「はぁ、はぁ...」

深呼吸の中、僅かに揺れる胸を鎮めながら。ランタンが照らす静寂に、わずかな余韻が残る。大粒の達成感に似たものを背に、ようやく淡い安堵の笑みを交わす。

「任務完了」

二人の言葉にかすかな笑い声が交錯した。唐突な静寂が訪れる。 「あなた、本当に面倒な男ね」

手を大きく振った望月は、疲れ切った笑みを零した。呼吸音の合間から、小さな吐息が洩れる。

「…長生きできないよ」

碇は少しだけ肩を竦め、かすれた声で返した。

「お互い様だろ」

彼の言葉に、望月は優しく目を細めて笑った。そのまま二人は無言で路地の路肩に腰を下ろす。アスファルトに押し付けられた膝が冷たく、背中には薄暗い星明かりが照り返していた。 碇はポケットからタバコを取り出すと、静かに火をつけた。街灯の黄ばんだ明かりが僅かに炎を色取る。吐き出した煙が宙に渦を描いてゆっくりと消えていく。

「ねぇ、火を貸して」

望月がぽつりと呟く。

「もう、ガスねぇよ」

碇は手元を見ながら苦笑いした。

「…咥えてるじゃん」

望月は指摘するように煙草を突き出す。

「ああ、そうか」

彼はようやく気づいて苦笑いし、口元を近づけ火のついた自分のタバコを差し出す。眩しい炎は、わずかに震えていた。

望月はじっとその炎に自分のタバコを近づけ、一筋の小さな光が青白く延焼する。煙草に息を吹き込んで炎を安定させると、彼女は再び碇を見下ろした。

「今日は大変な一日だったね」

小さく微笑む彼女の顔は、朝焼けの空よりもどこか柔らかく明るい。

その笑顔は、闇夜に射し込む一筋の光のようで、何よりも心強く、何よりも温かかった。

胸に刻まれたその優しい表情は、言葉にする必要のない形で記憶に残った。 碇は病室の天井めがけて視線を浮かせたまま、動けなくなった。部屋には静寂だけが支配している...涙がいつの間にか頬を伝った。

「望月…」

か細い声で彼が呟いた。呼吸は震え、表情は崩れていく。

「悪かった。」

声は涙で掠れた。

「俺が、守れなかった」

痛切な言葉が暗闇に消えていく。思い出が一気に押し寄せた。

「すまない…すまない…」

碇は、声を殺すように何度も繰り返す。 「くそ…」

碇は拳で壁を叩いた。痛みが走る。だが、心の痛みには及ばない。

「許しちゃダメだ」

涙を拭うその指先も、僅かに震えていた。

「絶対に、許せない」

瞳に宿る決意と共に、胸の奥底で燻る炎が燃え広がる。

「望月の仇は、俺が取る」

決意が、碇の表情に刻まれる。

「待ってろ」

その場に、彼の声だけが響いていた。

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