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堕天/FREEDOM’S CROWN  作者: イチジク
もう目覚めたから

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21/41

灰色の先は

ヒカリは――意識を失った。

三日後、午後二時十五分。

白い天井は低く、光が刃のように降り注いでいた。

ヒカリはゆっくり目を開ける。胸が鉛のように重く、全身が痛む。シーツが肌に触れるたび、体のどこかが叫ぶ。

「ここは…どこだ?」

「...目が覚めたか」

横から声。振り返ると、牛島が椅子に腰掛けていた。スーツの皺はきれいに整い、背筋は冷たく張りつめている。枕元の書類には「公安調査庁 本庁」とあり、その下には細く「東京都千代田区霞が関一丁目一番一号」と印刷されていた。

牛島は短く頷き、淡々と続ける。

「よく寝ていたな…三日間も」

「三日間? 冗談だろ…」

声が砂利のようにかすれ、喉の渇きで言葉が割れる。

「キミが三日間眠っていた間、再び徹底的に検査された。本部の指示によるものだ。驚異的な回復力だな。肉体疲労はあるが、外傷も内傷もない。」

ヒカリは拳を見る。皮膚はきれいだ。しかし手のひらは熱く、親指の先には小さなかさぶた。握ると、腕の奥で勝手に何かが動く。──ここに俺がいる。確かな感覚だけが残る。

思い出せない。どこで何が起きたのか、頭の中は断片で埋め尽くされている。言葉はつながらない。だが一つだけ──体の奥で何かが蠢く感覚が、冷たい確信となって喉を詰まらせた

「あー、もう…」

ヒカリは力を込めて体を起こした。全身が軋むように痛んだ。筋が張り、骨の奥まで疼く。

「無理するな」

「平気だっての。」

牛島が椅子に沈む。影が壁に伸びる。光が硬く鋭く差し込む。

「で、他んとこは?」

「壊滅だ」

牛島の声は重く、事実を淡々と告げる。

「聖桜教団は、主力が留守のときを狙った。田中美咲が情報を流したからな。」

「田中か…」

「ああ。家族を人質に取られて、強制されてのことだ。...だが、爆発で死んだ」

「そっか。せっかく美人だったのにな。残念だな」

「神性事案対策部が狙われた。望月、斎藤、他、多くの人命が失われた。」

しばらく沈黙が続く。

「...話を続けるぞ。碇は入院中であった為、無事だ。ヒルメも碇の見舞いに行っていたからな。」

「...で、敵はアレだろ。」

「...敵は聖桜教団だ」

ヒカリは、足りない頭を必死に働かせた。

眠りの間に思考は整理され、次に何をすべきかはおのずと見えていた。

だが体はまだ鉛のように重く、痛みは消えなかった。

――ヒカリは、考えるのをやめた。

死者を悼む暇など、もはや彼には残されていなかった。

牛島は資料を開く。紙の擦れる音だけが、静寂を裂く。

「あんたも紙か?」

「紙は情報流出の危険がないからな」

牛島は視線を資料に戻す。

「表向きは宗教法人だ。黎明党とも深い関係にある」

「なんだそりゃ」

「二重構造だ。表では聖桜教団が宗教法人として活動し、黎明党が政治的に動く。裏では武装集団を雇い、非合法な作戦を実行している。」

「スローガンは、『日本人の手に国を取り戻せ』『神に頼らぬ国』

──言葉はきれいだ。だが要するに、神と契約した者を蔑み、国が神を利用する体制そのものを敵視してる。

自分たちを唯一の正しさと見なす──ある者はそれを『純人教』と呼ぶ。人間崇拝、人間讃歌。聞こえはいい、現実は汚い。」

「めんどくせェな」

「ああ。だが、それゆえに危険だ」 牛島が続ける。

「彼らの資金源は、クラウドファンディング、暗号通貨、フロント企業。募集はSNS、クローズドDiscord、匿名掲示板。表向きは『伝統保存』『地域復興』『ジャパンファースト』を掲げて、若者を勧誘してる。」

「...やっかいだな」

「あのフードの男は?」

「詳細は不明だ。分かるのは、合一者であることぐらいか。」

牛島が続ける。

「お前と同じように、神と合一した存在だ」

「…」

「しかし、ヤツの合一条件については分からない」

牛島が資料を閉じる。

「神と合一した例は、おそらくない。だから、研究が進んでいない」

「そうなんすか」

「ああ。お前がどうやって合一したのかも、完全には解明されていない。」

牛島が続ける。

「リリスの推測では、死の意識が関係しているらしいが、確証はない」

「…」

ヒカリは黙る。

あのフードの男が言っていた。

変身のトリガーは、自分が描く死ぬ瞬間をイメージすることだと。

ヒカリも同じだ。

死ぬ瞬間を正確にイメージすることで、変身する。

「もしかしたら、死ぬ瞬間を正確にイメージすることで──変身するんじゃねぇか?」

「それは本当か?」

「アイツがそう言ってた」

牛島は眉一つ動かさず、書類の端を押さえた。沈黙が短く流れる。

「……そうか。分かった。貴重な情報だ」

しばしの空白。空調の低い唸りだけが二人の間を漂う。

「ヒカリ、お前は戦うか?」牛島が静かに問うた。

「戦うって?」ヒカリは素で返す。声があまりにも冷たい。

「聖桜教団とだ」牛島は続ける。「彼らはお前を狙ってくる。研究材料として、全ての神を葬るために利用するつもりだ。共存なんて考えていない。」

ヒカリは考える。

戦う?逃げる?

望月の顔が浮かぶ。斎藤の顔が浮かぶ。

...田中の顔が浮かぶ。

人の愛。

それを奪われた。

「...戦う」

ヒカリが答える。

「俺はなァ、ずっと戦ってんだ。テメェらの自由守るためによォ。」

ヒカリは拳を握る。

「望月さんと斎藤....田中は、自由を奪われた。生きる自由を」

「…そうか」

牛島が頷く。

「お前に稽古をつける。俺直々にな。次は、負けるな」

「ああ」

牛島が立ち上がる。

「お前は強くならなければならない。あのフードの男に勝てるくらいに」

「分かった」

牛島が去った後、扉の閉まる音が遠くで消えた。

病室には、静かな呼吸音だけが残る。

ヒカリは天井を見つめたまま、動けずにいた。

白い光が滲み、世界がやけに優しく見える。

──望月さん。

あの人の顔が浮かぶ。

笑っていた。いつもみたいに。

胸がなんか痛い。

こんな感覚、知らなかった。

痛いのに、温かい。息が詰まるのに、少しだけ安心する。

……きっと、これが“悲しみ、優しさ”なんだろうか?

結局、俺には優しさなのか。悲しみなのか。

よく分からない。

だが、一つだけ分かることがある。

「許さねぇ」

ヒカリは拳を握る。

「聖桜教団、ぶっ潰してやるよ」

「あのフードの野郎も」

ヒカリは呟く。

怒りが、少しだけ体を満たす。

復讐ではない。

ただ、意味のわからない奴らが人の自由を奪った理不尽が許せない。

自由。

それを奪った理不尽が。

「クソゴミ野郎が...アイツらみたいなカスを倒すために俺は...いるんだ!」

ヒカリは天井を睨む。

「みんな、一生懸命やってんだよ」

ルシファーが静かに言う。

『ヒカリ』

「なんだ?」

『キミは正しい』

「当たり前だろ」

『自由を求める者。自由を守る者。それがキミだ』

「…ああ」

『その道を歩め、ヒカリ』

「分かってる」

東京の空。

それは灰色。

だが、その向こうに温かい光がきっとある。

「リベンジ...」

ヒカリは呟く。

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