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堕天/FREEDOM’S CROWN  作者: イチジク
もう目覚めたから

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20/40

人類最強は伊達じゃない

「今際? ……見栄だけは一流だ。実力は二流、皮肉なもんだ。」

男の声が低く部屋に溶ける。笑いは唇の端だけに表れ。目は笑っていない。


牛島は右自然体で立つ。右足をやや前に、膝に角度を取る。上体は脱力しているが、反応の用意だけは完璧だ。視線は相手の腰を追う。有利な組手を取らせない為の位置取りが、そこにはあった。


男は動かない。歩幅ひとつ分も詰めない。まるで別の秩序で呼吸しているように、距離を測り続ける。指先で古いタバコ箱を弄る仕草がある。無意味な習慣に見えるが、その所作がどれほど正確かを

今や誰も知らない。


「柔道か。理には適っているな。」

男の声は説明書をなぞるようだ。誉め言葉ではない。評価だ。


牛島が一歩踏み込む。差し手、呼吸の切替、崩しに向かう始動。戦いの流れが小さく音を立てて動き出す。組み手争い――有利な組手を取られるかどうかが勝負の別れ目だ。


男は外へと体を流す。足さばきは静かで的確だ。牛島の手首が空を切る。引き手と釣り手を持たせない角度。わずかな重心移動で、牛島のリズムを先にずらす。打撃も踏み込みもない。あるのは寸分の差、確率を削るための散歩のような動き。


彼は冷静だ。狂気を標榜する叫びは無い。あるのは選択の積み重ねだ。

相手を組ませず、避ける。

その土俵で勝てる可能性が低ければ、賭けはしない。賭けないために手を打つ。それだけだ。


牛島の呼吸が一拍早くなるのを、男は見逃さない。視線で軽く返しを誘い、また外す。牛島の動線に小さな亀裂が入る。奪われたのは一瞬だが、それは柔の連鎖を断つには充分だった。


床がきしむ。二人の間に静寂が戻る。男の顔に僅かな皺が寄る。作戦の用意が整ったような、しかし感情は薄い。


「うん、勝てる気がしないな……一流だ。

やるなら、俺のやり方だ。一流だろ? なら合わせてくれるよな? その方が面白いし」

つまらないジョークでも挑発でもない。事実。真の言葉。

再び静寂が落ちる。


男が滑るように前へ出た。拳が振られる。音を置き去りに、空気だけが裂けた。


牛島は動かない。右自然体のまま、ギリギリまで相手の拳を引きつける。

諦めたわけじゃない。仕掛けるつもりだ。柔道を信じ、柔道を愛している。

だから今、この瞬間も、相手の土俵には絶対に乗らない。


────そして


男の拳が牛島に届く寸前。


牛島が動く。

体捌き。

体をひねり、男の攻撃線からすり抜ける。


左手で男の腕を掴む。

振り抜かれた衝撃を利用して腕を引き、隙間を作る。

その腕を肩越しに背負い――


「残念だな、読めてる」


牛島が技をかけた。

一本背負い。


男の体は背中に預けられる。

牛島は足のバネを使い、前に投げる。

普通の一本背負いじゃない。全身の体重を乗せ、男の体を地面に叩きつける。

衝撃が周囲を引き裂く。

アスファルトは吹き飛び、粉塵が舞う。

壁は崩れ、建物の窓ガラスが粉々に砕ける。破片が空を裂く。

だが、男はただ落ちるだけじゃなかった。

宙で体を反転させ、わずかに笑みを浮かべた顔。

異質。

不気味だ。冷たい計算の中に狂気の片鱗が見える。

床に叩きつけられた衝撃が、まるで男の意思を伴って伝播するかのようだ。

「ハヒュ……想像以上だ」

男が喜びに歪んだ呻きを漏らす。

その声には、戦慄と昂ぶりが入り混じっていた。

「立てよ」

牛島が冷たく言う。

「これからだろ。まだ、終わってない」

男が牛島に引っ張り上げられる。体が少し震えている。

「武者震い…いつぶりだ?」

「もう一回…」

男は地面を蹴り、距離を取る。そして、すぐさま、今度は蹴りを放つ──後ろ回し蹴り。

だが、牛島は体を沈め、蹴りをかわす。

そして男の蹴り足を掴む。

「読めてる」

牛島が次の技を繰り出す──足払い。

支持足を刈られ、男のバランスが崩れ、膝をつく。

足から手を離すと、牛島は男の体を掴む。大外刈り。

木を薙ぎ倒して鍛え抜かれた強靭な脚が、男の体ごと蹴散らす。

本来、大外刈りは自分の脚の外側で相手の脚を刈る技だが、牛島は足で体ごと刈り取った。

ゴチャッ──建物に響く衝撃音とともに、粉塵が再び舞った。

「ぐっ…」

「弱いな!」

牛島が言う。

「神と合一してるくせに、その程度か。がっかりだ。」

牛島が近づく。男が立ち上がろうとする。

だが、牛島はさらに技を繰り出す。

腕絡み──腕を捻りながら男の体を押さえ込む。動きは完全に封じられた。

「がっ…」

ボギッ

「立て」

牛島が男を解放する。

だが、男は立ち上がれない。

男は気力を振り絞り、牛島から精一杯距離をとるよう這いずった。

「ちょっと待て。動くな!今際の際だ…一言いいだろ?」

男は通信機を取り出す。

「総員、撤退するぞ」

「…逃すと思うか?」

牛島が追いかける。

だが、男は手早く手榴弾をヒカリの方へ投げ、同時に付近に煙幕を放った。

牛島はすぐさま手榴弾を掴み、男の方へ投げ返した。

その瞬間──

シュッ!

煙が一気に広がる。

「ちっ」

牛島が短く舌打ちをする。

煙が晴れると、男の姿は消えていた。

「遺体はねぇ。逃げやがったか」

牛島はヒカリに歩み寄る。動きは無駄がない。

「無事か、ヒカリ」

「平気じゃねェけど、死んでねぇ。」

牛島は頷き、ヒカリを無造作に抱え上げる。

「そうは見えんな。救急車を呼ぶ。」

ヒカリの視線が斎藤へ向く。

「斎藤……」

牛島の声が、短く震えた。

「すまない、間に合わなかった。」

少し間を置いて、牛島は淡々と言う。

「...多くの命を失った」

ヒカリは言葉を失う。

望月さん。田中。斎藤。三人――消えた。

望月さん、斉藤。

胸がチクっと刺されるように痛んだ。

そして、あの男の気配が、まだこの場に漂っていることをヒカリは感じた。

ヤツとの戦いは、まだ幕を閉じてはいない。

誰も知らぬまま、これは因縁の序章となる――。

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