表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
堕天/FREEDOM’S CROWN  作者: イチジク
もう目覚めたから

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/41

死ぬ刻

路地裏。

ヒカリと斎藤は息を切らし、走った。

後ろから、足音。確実に追ってくる。

「おい、こっち来んなって!」ヒカリが叫ぶ。

「こっちだ」斎藤が角を曲がる。

ヒカリもすぐ後を追う。

蒸し暑い壁にぶつかる影が、二人の視界をかすめる。

男が立っていた。

黒い戦闘服。自動小銃を握るその影は、昼の路地の光に少し溶け込んでいた。

「見つけたぞ」

男が銃を構える。

「銃しかねーのかよ、情けねぇな」──ヒカリが舌打ちした。

そのまま突進。拳が男の顔面を打ち抜く。

ゴリッ!

男が背中から壁に吹っ飛ぶ。蒸し暑い空気の中、衝撃音が路地に跳ね返った。

「どうだよ、俺すげェだろ!」

「ああ…ただ、少し静かに」

斎藤は息を切らし、腕の傷が痛むのか顔をしかめる。

その時、ヒカリの携帯が震えた。

画面には「リリス」の名前──真夏の路地裏の熱気の中で、冷たく整った文字だけが浮かぶ。

「もしもし」

『ヒカリくん、報告します。望月くんは…』リリスの声は抑えられている。けれど、その抑え方が逆に真剣さを増していた。

「望月さんがどうしたんですか」

『増援が到着した時点で、現場で死亡が確認されました。既に…息を引き取っていました』

「あ…」

『申し訳ない。私が援軍を間に合わせられなかった。あと、今敵が――』

ヒカリは言葉を追うことができず、右から左へ話が抜けていった。

携帯を握りしめ、ただ立ち尽くす。

望月さんが...

強かった望月さんが。

死んだ。

「ヒカリ…」

斎藤が肩に手を置く。手の重みが、無言の励ましとして伝わる。

「望月は、お前を守ったんだ」

「…」

「だから、生きろ」

「…わかってる」

ヒカリは頷く。肩の力をわずかに抜き、胸の奥にチクりと痛みが残る。

また奪われるのか? 取り立てるのか? 幸せを、自由を。

その時。

路地の奥から、ゆっくりとした規則的な足音が響く。影が一歩、また一歩と近づいてくる。

夏の熱気の中で、その歩みだけが異様に冷たいリズムを刻んでいた。

現れた男は他の連中とは違った。フードを深く被り、顔は見えない。背は高く、180センチ前後だろうか。細身だが筋肉は硬く、無駄のない線を描いている。体から漏れるものは、黒く禍々しい気配——言葉にし難い刃のような冷たさだ。

「敵だな。」

斎藤が拳銃を構える。

男はそれに構わず、片手をポケットに滑らせる。取り出したのは小さな銀の円盤。指先で軽く弾く仕草があり、その金属音が路地の暑気に小さく刺さった。

男は言葉を発さない。動作は淡々としていて、そこに凶暴さよりも運命を切り取るような確信だけがある。ヒカリの喉が締め付けられる。男の前では、距離と時間が白く透けるように感じられた。

「テメェ…」

ヒカリは声を振り絞り、警戒を固めた。

「よう」

男の声は低く、冷たかった。

「俺は聖桜教団の傭兵だ。任務は『人でないもの』の排除。――人間を殺すこともあるけど別に気にしてないぜ。」

フードの奥で、男が笑う。

「お前がヒカリだな」

「そうだけどよォ」

「俺と同じだな」

「同じ? なんだそりゃ」

男は右手を上げた。腕時計が視界に入る。だがそれは普通の時計ではない。時間が止まっている。針は午後3時11分で固まっていた。

「お前も、神と…合一してるんだろ?」

「…!」

その言葉を囁くように放った瞬間、男の体が震えた。やがて動きが止まる。腕時計を見つめたまま、男の表情が遠のいていく。時計がトリガーとなったかのように、彼の脳内で何かが再生されている——過去の断片か、記憶か、あるいは別の声か...

「変身のトリガーは、“死ぬイメージ”だ。」

「知ってるだろう? 合一者は、自分が死ぬ瞬間を正確にイメージした時に変身できる。」

東日本大震災が起きた午後二時四十六分。

あれが、俺にとっての“死のイメージ”だ。

男は手首の時計を見つめる。

針をゆっくりと二時四十六分へ動かす。

カチッ、と小さな音。

震災でクラッシュ症候群に陥り、心臓が止まったあの瞬間。

二時四十六分を見るたび、体がそれを思い出す。

息が詰まり、鼓動が遠のく。脳が「死ぬ」と錯覚する。


黒い霧が体を包む。禍々しい、災厄の色。絶望の色。破滅の色。

霧の中から、男が姿を現す。

だが、もう人間ではない。

全身が漆黒の鱗に覆われ、服の下からでもその凄絶さが透けて見える。

顔の半分は髑髏、もう半分は──人間のものではない、何か別の生き物の痕跡を残していた。

額から生える螺旋状の角は、禍々しい光を帯び、赤く燃える目が暗闇を切り裂く。

右手の甲からは、まるで意思を持つかのように禍々しい刃が浮かび上がり、空気を震わせる。

存在そのものが、戦慄を呼ぶ――触れれば絶望を招きそうな、異形の化身。

「これが、マガツの力だ」

男の声が低く、重く、歪む。

「マガツ…?」

「神の名だ。絶望の神」

男が一歩前に出る。地面が微かに軋む。

「俺は、この神と合一した」

「あっそ」

「そうだ。お前と同じだ、ヒカリ」

男の赤い目が、ヒカリを射抜く。

「お前はルシファーと合一している。俺はマガツと合一している」

「で? だから何だってんだよ」

男が冷たい笑みを浮かべる――笑みの奥に、確かな狂気が潜んでいた。

「...教団の目的は、お前や俺みたいな神に頼らぬ国を作ることだ。」

「意味わかんねェよ」

「そうか...分からなくていい」

男が構える。

「コインに命を賭けたことがあるか?」

ヒカリは呆れ顔で返す。

「はぁ?」

男はコインを弾き、手で覆った。

「当てろよ」

ヒカリの頭が追いつかない。

「意味がわかんねぇよ」

フード男が怒鳴る。

「いいから」

ヒカリは聞く。

「勝ったら何がもらえんだ?」

フード男は答える。

「勝ったら自由だ」

ヒカリは迷いながら、かすかに答えた。

「…表だ」

男の口元がわずかに歪む。

「…残念。ただ、死ね」

その瞬間、空気が変わった。

開戦の合図だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
#異能バトル #グロ描写 #ダークファンタジー #現代ファンタジー #サスペンス #群像劇 #裏社会 #犠牲 #ヒーロー #アクション #グロ描写 #男主人公#サイコスリラー #宗教描写 #ローファンタジー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ