急襲
午後3時25分。
都内某所のファミリーレストラン。
ヒカリは窓際の席でコーラを飲んでいた。向かいには望月が座り、コーヒーカップを手に取っている。隣のテーブルには斎藤と田中が座り、何やら書類を確認していた。
内偵任務が終わり、休憩中だ。
今日の任務は、神と契約した疑いのある宗教団体の監視。だが、結局何も起きず、空振りに終わった。
「お疲れ様、ヒカリくん」
望月は微かに笑った。二十代前半の若い女性捜査官だ。普段は冷静でクールな印象だが、最近は柔らかな笑みを見せることも増えている。
「お疲れだよ、疲れたぁ〜」
「今日は何もなくてよかったね」
「なんかあったら色々かったりぃからな」
ヒカリはテーブルに肘をつき、ぼんやりと窓の外を見た。
「仕事終わりは炭酸のきっついヤツだな!」
炭酸が喉を刺激して、少しずつ疲れが溶けていく。窓の外の景色も、いつもより少しだけ優しく見えた。
「でも、こういう日の方が多いのよ」
望月が続ける。
「派手な戦闘ばかりじゃない。地道な内偵と監視。それが公安の仕事」
「あー、正直…めんどくせぇよな」
「正直ね」
望月が笑う。
隣のテーブルで、斎藤が田中に何か説明している。
「だから、この書類はこう記入するんだ」
「あ、なるほど。ありがとうございます、斎藤さん」
斎藤は優しい。
田中にも、ヒカリにも、誰にでも優しい。
望月もそうだ。
人を傷つけるより、手を差し伸べる方を選ぶ。
それが自然で、当たり前のことのように思えるくらいに...
最近、ちょっとだけ分かってきた気がする。
これが、優しさってやつかもしれねぇな。
これが、温もりってやつかもしれない。
まだ全部は理解できねぇけど……なんか、気持ちいいなぁ。
その時。
ヒカリの携帯が鳴った。
着信。リリスからだ。
「はい、もしもし」
『ヒカリくん、今すぐそこから離れて』
リリスの声は切迫していた。
「あぇ?」
『聖桜教団が動いたみたい。私たちが留守の隙を狙ってる』
「聖桜教団?今日の任務のヤツのこと?」
「そうだよ」
「……マジかよ」
『田中美咲ちゃんが情報を流してたみたい。スパイだったのよ』
「田中さんが……?」
ヒカリは隣のテーブルを見る。田中が斎藤と笑顔で話している。
「なンだよ、それ……アリかよぉ。」
『本当よ。家族を人質に取られて、情報を流してたみたい。あなたたちの位置も、今、敵に知られてるの』
「くそっ……」
『すぐに逃げてね。援軍は私が手配するから。』
「わかりました。」
ヒカリは電話を切った。視線は田中に釘付けのまま、心臓が激しく打つ。
「どうしたの?」
望月が聞く。
「ヤバい、敵が来る。」
「え?」
その瞬間――
ガラスが砕け散った。
パリィィン!
窓から何かが飛び込んできた。黒く、鈍い光を帯びた筒状の物体が、ヒカリの目の前で床に転がる。
「ッ手榴弾!」
斎藤が叫ぶ。
「伏せろ!」
ドォォォォン!!
爆発。
店内が揺れる。テーブルが吹き飛び、椅子が転がる。悲鳴が響き、煙が立ち込める。
ヒカリは床に伏せていた。耳が痛い。キーンという音が響く。
「うわっ、痛ぇ!」
ヒカリはそのまま立ち上がった。
望月が近くにいる。頭から血が流れているが、まだ動いている。
「大丈夫…」
斎藤もいた。腕を押さえながら、かろうじて立っている。怪我は深そうだが、表情には動揺がない。
ヒカリは辺りを見回す。煙と破片が舞う店内で、次に何をすべきかなんて考えず、ただ動くしかなかった。
そういえば、田中は――。
「田中ァァ!」
視線を下ろすと、田中が倒れて動いていなかった。
「田中!」
ヒカリが駆け寄る。
だが、その時――
店の入口が開いた。
黒いコートを羽織った男たちが五人、すっと入ってくる。全員、自動小銃を構え、額には旭日旗の鉢巻、腕には不気味なマークの腕章。
「神性事案対策課だな」
男の一人が低く言い放つ。
「殺せ」
タタタタタン!
銃声が鳴り響き、店内の混乱がさらに増す。煙と破片の中、ヒカリは床に伏せながら、直感だけで動こうとした。
「ちっ、仕留めるしかねェな!」
「変身」
ヒカリは首にナイフを当てた。刃先が皮膚に触れ、痛みがぴりりと走る。だが、我慢する。
血が一筋流れ落ちた瞬間、体を炎が包んだ。
筋肉が膨張し、骨格が歪む。背中に黒い翼が生え、額に光の角が立つ。力がみなぎり、心臓の奥から何かが溢れ出す。
自由――ルシファーの力。
炎は静かに消え、変わり果てた自分をヒカリは確かめた。
「行くぞ!」
声は震えず、しかし決意を帯びて店内に響いた。
ヒカリが地を蹴る。床のタイルが割れ、光の軌跡を残して突進する。
男の一人に拳を叩き込む。
ゴッ!
男が吹っ飛び、壁に激突する。動かなくなった。
「次ィ!テメェは俺の下‼︎」
もう一人に蹴りを入れる。
ドガッ!
男が床を転がる。
「クソっ、化け物が!」
残りの三人が一斉に発砲する。
タタタタタン!
弾がヒカリに向かってくる。だが、遅い。
ヒカリは体を捻り、弾をかわす。
「ヒャッハァァァハハハハハハハハハハハハッッ!!!
もう終わりかァ⁈」
突進し、三人をまとめて殴り飛ばす。
ゴッ、ドガッ、バキッ!
三人が吹っ飛び、床に転がる。動かなくなった。
「オイ、大丈夫か⁈」
「ええ、なんとか…」
望月が立ち上がる。だが、足元がふらついている。
「斎藤は?」
「俺は平気だ」
斎藤も立ち上がる。腕の傷は深そうだが、動ける。
「田中は…」
ヒカリが振り返る。
田中が倒れている。動いていない。
「田中!」
斎藤が駆け寄る。田中の首に手を当てる。
「脈がねぇ…」
「嘘だろ…」
田中が死んでいる。
爆発の衝撃で、即死だったのか。
「そっか…」
その時、店の外からエンジン音が響いた。
黒いバンが停まり、十人以上の男たちが降りてくる。全員、黒い戦闘服に自動小銃を構えている。
「なあ!待った!チートだろ‼︎反則‼︎指導‼︎」
「ヒカリ!逃げるよ」
望月の声が届く。
「いや「逃げるの!」
望月が叫ぶ。
「斎藤くん、ヒカリを連れて裏口から!」
「分かった」
斎藤がヒカリの腕を掴む。
「行くぞ、ヒカリ」
「オイ、望月さんは!」
「私が時間を稼ぐから」
望月はグロック17を抜き、前に立つ。
「早く行きなさい!」
「なンだよそりゃ…!」
「良いから早く!」
斎藤がヒカリを引っ張り、二人は裏口へと向かう。
背後から銃声が響く――タンッ、タンッ、タタタタタン!
望月が戦っている。
「…」
「行くんだ、ヒカリ!」
斎藤が裏口を開け、二人は外に飛び出した。