衣剥がして(日常)
カツ屋の木製テーブルに、揚げたてのトンカツが鎮座している。
ヒルメは箸を手に取り、端から丁寧に衣を剥がしていく。その所作は、まるで美術品を扱うかのように慎重だ。
「……なんで衣だけ剥ぐんだ?」ヒカリは目を丸くして声をあげた。
ヒルメは眉一つ動かさず答える。
「太りたくないから。要らないから食べて良いよ。」
ヒカリの眉がぴくりと跳ねる。皿の前で思わず身を乗り出し、ヒルメが剥がした衣をそっとつまみ上げた。
「……じゃ、いただくな!」
ぺりり、と衣を口に運ぶ音。
ヒカリの頬がわずかに緩む。「うまっ……衣だけでも充分ウメェ……」
その瞬間、ヒルメの箸が止まった。目を大きく見開き、僅かに口を開ける。
「……今の、本当に食べたの?」
ヒカリは得意げに頷き、再び衣を口に運ぶ。
「当然!衣もトンカツの一部だろ!そもそも、衣が嫌ならトンカツを頼むな‼︎」
ヒルメは視線を逸らし、深く息をつく。「嫌なら頼むなって...あんたが…………あんたが誘ったんでしょ‼︎」
ヒカリの頬に笑みが浮かぶ一方、ヒルメのドン引きした瞳が、静かにテーブルを支配していた。
自分の中でふつふつと湧き上がった感情を整理しておこうと思います。
正直に言うと、僕はトンカツの衣を剥がす人間や、寿司のネタだけを食べる人間がどうしても好きになれない。
そして、食べ物を残す癖があるのに、他人には「全部食べろ」と強要する人も苦手だ。
自分は平気でトンカツの衣を残しながら、他人がステーキを残したら怒る――そんな矛盾も許せない。
この話で描いたヒルメとヒカリのやり取りは、単なるギャグに見えるかもしれないけれど、僕にとっては日常の些細な「食の正義感」の投影でもある。
衣を剥がす行為一つにも、性格や価値観の違いが表れる――そんなところを読んで楽しんでもらえたら嬉しい。
食べ物は大事だ。美味しく、正直に、そしてちょっとだけ遊び心を持って向き合いたい――そう思いながら、このあとがきを閉じようかな。




