5 旦那様の秘密
「背中お流ししますね」
「ああ、頼む。」汚れた旦那様の背中をゆっくり流し、石鹸で洗う。こわばった肩甲骨や筋肉質な背筋を触りつつやっぱり旦那様は男なのだな、と思う。自分がこんな体格であればー。いや、ないものねだりは良くない。そう思い直した。
「髪を洗いますね。」旦那様がピクリと体を揺らしたような気がした。洗髪剤を泡立て、髪に塗ったときー。
一瞬にして白かった泡が黒くなった。
「……!」戸惑いつつも洗髪剤を水で落とすと、真っ白な髪が露わになる。
旦那様はすべてを悟ったかのように、私に話しかけた。
「…お前は、この身体を不気味に思うか?」
白髪に紫の目というのは、『呪われた人間』ー皇帝とは真逆の存在。怨念を持った亡者の生まれ変わりであるとされ、初代の手記には忌避するべき存在として記されているのだ。
「綺麗…」
「え…?」
「綺麗ではありませんか!まるで白い月を映したような髪に、宝石を思わせる紫の目。
どこが不気味なのですか?」とっさに口をついて出た。
「本当か…?」涙声になりながら旦那様がこちらを見る。そして真剣なまなざしで、ぽつりぽつりと語りだした。
「俺の一族は時々この髪と目を持って生まれてくる。俺は生まれて間もないころからこの髪を染め粉で染めさせられつづけた。
…神父見習いで教会に入った時、うっかり染め粉が落ちてしまってな。…そのせいで教会は好きじゃない。家族はあまりその話に触れることはなかったが、いまだに親友にさえ打ち明けていない。」咄嗟に、水をかけたメイドが脳裏によぎった。あの胸元に光っていたのは、間違いなく狂信的な保守派団体ーPPPの紋章。
「まさか、さっきのメイドはー?」
「ああ、おそらく知っているだろうな。やはり信心深い奴らは警戒しているのだろうー『神父見習いに来た呪われた子』を。」頭の中が、真っ白になった。
「そんな奴ら、全部ぶっ飛ばしてやりますわ」旦那様は一瞬目を丸くして、ハハっと笑った。
「頼もしいな…だが、この話には続きがある。
…この目と髪を持つものは、何かしらの食べ物が食べれんのだ。曾祖父だとミルク…おれはナッツは食べれないし、ミルクも量を飲むことができない。どちらも口に含むだけで赤い発疹が出て、息が苦しくなる。先代はそのせいで死んだと聞いた。最も、手記が見つからなかったら俺は死んでいたかもな。」そして半ば自嘲するようにこう言った。
「俺がいろいろ食べれない代わりに、お前には俺が食べれないものを食べてその笑顔を俺に見せてほしいんだ。…そうすれば、俺は気が楽になる。」
「ええ、そんなことで良いのなら」
「ありがとう、ありがとう…!」泣きながらそう言う旦那様の背中を、やさしくさする。この苦しみがもう二度と旦那様を苦しめないようにと願いながら。
スケールが壮大になりすぎて書くのが難しくなってきたぞこれ…