16 覚悟
……
遠征を控えた朝、私は弓を引いていた。
あんな夢をみてから、笑顔で旦那様を送り出せる気がしなかった。
矢をつがえ、思い切り引き絞る。極東の弓の教えでは的は自らの心を映しているもので、弓を引くことは己の心と闘うことだという。
モヤモヤした気分で矢を射るが、的には中らない。
気を取り直して矢をつがえる。
集中し、雑念ー自らの弱い心を断ち切る。
旦那様はきっと帰ってくる。あれは夢なのだから気にする必要なんてない。
そしてまた、弓を引き絞る。心を落ち着かせて、矢を射る。矢は吸い込まれるように的に中たり、パンという気持ちのいい音が響いた。
「よし、」
「奥様、朝食の時間にございます。」
「ええ、行きましょう。」
弓矢を片付けて朝食に向かう。今日の朝食は旦那様が作ったという。
「美味しいか」
「ええ、」ニッコリと笑う。旦那様はちょっと赤面してうれしそうにしている。
そうして朝はお互いに他愛もない話に花を咲かせた。
◆◇◆◇◆◇
ついに出立の時間になった。
婚姻の前は待ちわびていたはずなのに今となってはあまり行きたくない。
「さ、ちゃきちゃき用意しますよ~」
「うるさい」それでも手は中々動かず、いつもより時間がかかる。
突然、ロレーヌに襟を引っ張られる。
「ちょ、おま「とりあえずこっちに付いてきやがれください」ロレーヌキレてるこれ。
連れてこられたのは訓練室で、ひょいと剣を渡された。
ロレーヌはブツブツと何か唱えたあと、俺に手を向ける。すると俺の中から黒い塊のようなものが出てきて俺とそっくりになった。
「…ほんとはやりたくなかったんですけどね。
俺にはあんたの気持ちを引き出すしかできないから斬るのはあんたがやってくださいね」
これは確か一部の人間にしかできない心の中の悪念を断ち切る儀式で、術者のみならず被術者にも何らかの影響を与えるものだったはずだ。
俺はもう一人の俺をきっと見つめる。
もう一人の俺は喋り始める。
「レイチェルを置いていくのが怖いのだろう?いっそのこと誰もいないところで二人で暮らせばいいではないか。他人のことなど知ったことではない。」
俺は咄嗟に反論する。
「もうこれ以上、戦で大切な人を失って泣いている人々を見たくない。それはレイチェルを守ることでもある!」
…これが、俺の本心。
俺には元々兄が二人いた。しかし上の兄は徴兵に駆り出され、そこで死んだ。…思えば、レイチェルとは似たもの同士なのかもしれん。
「話す余地などなさそうだな。」あいつはにやりと笑い剣を抜く。こちらも構え、息を整える。
奴の斬撃はまるで俺そっくりで耐えるだけでも面倒だ。
「さあ、俺に攻撃してこい!」あいつは俺を嘲笑う。
俺はその脇腹を思い切り蹴り、よろめいた隙にその首を断ち切った。
「俺は、己の道を進む!」
飛んだ首は彼方へ飛び、やがて口を開いた。
「それでこそ、スチュアートよ」そして、はらはらと崩れるように消えた。
俺らは戻り、ロジャー様の屋敷に行く準備を整える。
「よかったですね、けじめつけられて。
ところで、奥様がお呼びですよ。」ロレーヌがレイチェルを通した。
「どうした、レイチェ…」レイチェルは俺に抱きつき俺の口を塞ぐ。
「いざという時は、これを使ってくださいませ」
そう言って首にかけられたのは液体の入った小瓶のチャームだ。
「…ご武運を。」レイチェルは優しく微笑んだ。
「ああ、息災でな。」俺は返事としてレイチェルの額に口づけをする。
「…行ってくる。」そう言って俺は馬に跨り、屋敷へと向かった。
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