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輝く月の照らす夜

作者: 渡里あずま

 かつて、この世界には高度な文明が栄えていたと言う。

 過去形なのは、今はもう失われているからだ。『大乱たいらん』と呼ばれる戦争により文明は一度、消え去った。僅かな名残こそあるが、魔法や神の奇跡の如き技術より、人々は生き残ることを選択して現在に至る。

 しかし、一方で完全には戦いは無くならず、それ故に傭兵という職業もまたなくなりはしなかった──。



 結い上げられた髪は、月光を思わせる銀。お仕着せのメイド服。目の色や年齢は、かけている眼鏡のせいでよく判らない。


「初めまして、アドリーズと申します」


 いっそそっけないくらいの挨拶だったが、ここで「前任者の代わり」などと言われなくて良かったとラーレは思った。


(ミリィの代わりは、いないもの)


 長年、彼女に仕えてくれていた女官は、十日ほど前に命を落としていた。

 ……そのことを思い出し、涙ぐみそうになったラーレは再び、目の前の新しい女官候補へと目を向けた。ふくよかで朗らかだったミリィとは正反対だが、かえってその方が良いのかもしれない。


「よろしくね、アドリーズ」


 だからラーレは、目の前の相手に頷いて見せた。肩で切り揃えた黒髪が、その動きに合わせて揺れる。

 そんな彼女の前でドレスの裾を持ち、アドリーズは優雅な礼で応えた。



 ……それが、二日前のことだ。今、アドリーズは会った時と同じ簡素なドレスを着て、隣に座っている。共に馬車に揺られながら、ラーレは窓の外へと目を向けた。

 流れていく空と、景色。生まれた城のある王都から離れた今、見えるのは草原や畑と言うのどかな風景だ。けれど、生まれてから一度も城外に出たことのなかったラーレにとっては、初めて目にするものだった。


(もっと、近くで見ちゃ駄目かしら?)


 視線だけではなく、窓に近づいて。手を、顔をもっと寄せて──その考えは、どうやら態度に出てしまったらしい。


「……姫様」


 かけられた声に、ラーレはビクンと肩を跳ねさせた。それからおずおずと顔を上げて、口を開く。


「な、何?」

「万が一、外に転げ落ちでもしたらどうなさいます。淑女たる者、危ない真似はおやめ下さい」


 淡々と続けられて、思わずドレスの裾を握り締めた。まだ会ったばかりだが、自由に伸び伸びと育てられたラーレはこの女官に叱られてばかりいる。加えて成人するまで数年ある為、淑女という言葉がどうもしっくり来ない。

 だが、子供でも彼女はこれから嫁ぐ身で──それ故、ラーレは小さく「はい」と答えた。


「まあまあ。そのように、固いことを言わずとも」


 そんな二人の会話に、向かいの男が割り込んできた。

 歳の頃は、二十代後半くらいだろうか? 少し年長ではあるが、眩い金髪や空の青の瞳は物語に出てくる王子そのままで。見た目だけではなくカースターの公族であり、ラーレの許婚の伯父である彼は正真正銘の『貴公子』だったりする。

……けれど、ラーレはこの男が苦手だった。上手く説明は出来ないが、とにかく苦手だった。


「とは言え、最近は物騒ですからね……窓に近づいて、撃たれるのはラーレ姫もお嫌でしょう?」


 そう、こうやって──彼女を怖がらせるような、いや、脅すようなことを笑いながら言うところが苦手なのだ。



 ラーレに縁談が持ち上がったのは、今から数ヵ月ほど前のことである。申し出てきたのは隣国であるカースターだ。かつては、彼女の国・タータリアンの臣下だったが今は独立し、戦で領土を広げた国である。

 そんな国に、今や歴史しかとりえのないタータリアンは逆らえず──それでも、本気で嫌がればまた違ったのだろうが彼女はこの話を受け入れたのだ。

 こうしてラーレの婚礼が決まったが、婚姻に反対するかのように家来や女官が相次いで襲われて殺された。異国に嫁ぐ時は身一つで、侍従を伴うことも許されないのが常だが道中で彼女を守ったり、身の回りの世話をする者が必要となったのだ。それ故、護衛の者たちやアドリーズが雇われたと言う訳である。彼女は外見同様、堅苦しいくらいキッチリと仕事をこなしていたが、話はほとんどしていない。


(叱られるのと、話をするのとは違うわよね)


 こっそりとため息をついたラーレだったが、だからと言ってアドリーズが嫌いな訳ではなかった。口数自体が少なく、たまに口を開いたと思えば叱責なのだが──少なくとも、彼女は嘘をつかないからだ。

 ずっと、自分の傍にいると言ったミリィはもういない。案内人としてやって来たゲイナックスは信用出来ないし、許婚は政略結婚ならこれで十分とばかりに、絵姿一枚しかくれなかった。

 仕方のないことなのだろう。けれど、だからこそラーレには女官の沈黙が、美しく思えたのである。そう、まるで夜空に浮かぶ月のように──。

 ラーレが嫁ぐカースター公国までは、馬車で五日ほどかかる。そんな訳で夕暮れと共に馬車は止まり、護衛の者たちが野宿の準備を始めた。ゲイラックスやアドリーズは、それぞれの用事で席を外している。だから彼女は一人、馬車の中で天幕が用意されるのを眺めていたのだが──。


「あ、ラーレ」


そんな中、不意に自分の名前を(しかも呼び捨てで)呼ばれたのに驚いた。目を見張り、声のした方を見ると護衛らしい若者が慌てたように手を振っている。


「ち、違っ……今のは、これのこと!」


そう言って指差した先には、赤い花が──彼女と同じ名前の花が咲いていた。ああ、とラーレは納得し、申し訳なさそうにする相手に笑って見せた。


「そうね、ラーレね……あなたのターバンにも、似ているわね?」


重なる花びらを、黒髪に巻いている赤い布に見立てて言うと、若者がにっこりと笑う。そうすると赤い瞳が細められ、まるで三日月のようになった。


「……姫様」


 けれどその時、呼びかけられたのに思わず彼女は固まった。


「あ、あの、アドリーズ、あのねっ」


 やましいことは何もない。ただほんの少しだけ、話をしていただけだ。


(でも嫁ぐのにとか、はしたないとか思われたら……!)


 そう思うと、焦ってますます言葉にならない。そんなラーレの耳に、意外な助けが届いたのはその時だった。


「悪いな。俺がこの花の名前呼んで、姫さまのこと驚かせたんだ」


 赤い花を指差して、そう言ったのはあの護衛の若者だった。それからこちらを見て、ニッと唇の端を上げてみせる。


「そうなのですか?」


アドリーズからの問いかけに、慌ててコクコクと頷いた。そんなラーレの反応にふう、と息をついたかと思うと。


「姫様を驚かせたり、むやみに話しかけたりするのはやめて下さい……名前は?」

「あっ?」

「私ばかり、名を知られているのは不公平です」


 眼鏡の縁を上げ、アドリーズが言う。それにやれやれと言うように笑うと、護衛の若者は口を開いた。


「ニール」


 そして、若者──ニールは赤い外套を翻して、立ち去った。



(物語だと、最悪の出会いからも恋が始まるけれど……)


 その夜、ラーレは寝台で二人のやりとりを思い出していた。そして、アドリーズの顔を思い出し「ないわね」と結論づけると、枕元に置いていた物を手に取った。

 手鏡くらいに小さなそれは、ラーレの婚約者の絵姿だ。二つ年上だと聞いている。黒髪黒目の自分とは正反対の、淡い金髪と緑の瞳。病弱らしいが、その笑みは優しげだった。


「……ホーリー、さま」


 ラーレはそっと、手の中の絵姿へと呼びかけた。この絵姿しか貰っていないので実際、どんな性格をしているかは判らない。加えて、政略結婚の相手である。手紙一枚よこさないところを見ると、彼はこの話に乗り気ではないのだろう。

 けれど、ラーレは違った。絵姿の少年を見た瞬間、彼女は恋に落ちたのだ。


(この人だって、思ったの)


 そう思って絵姿をジッと見つめたが、灯りが消されて真っ暗になった天幕ではぼんやりとしか見えない。それを淋しく思ったラーレは、ふとあることを思いついた。


(外は晴れているから、月明かりで見ればいいわ)


 危険だが、一目だけでもという気持ちは抑えられなかった。入り口のところで、ほんの少しだけ。そう自分に言い聞かせながら、絵姿を手に身を起こす。

 それから夜着のまま、そっと入り口の布をめくって外に出ると──天に浮かぶ満月を仰ぎ、その光に照らされた絵姿へと目を落とした。


「…………?」


 笑みに緩んだ頬が、不意に引き締まった。咄嗟に絵姿を胸へと引き寄せて、振り返る。


(今、何か……)


 後ろの方から音が、いや、声が聞こえたような気がした。それが聞き覚えのある声だったので、ラーレはそっと声のした方向へと足を向けた。そして月明かりに照らされた人物を見て、目を見張る。


(……あれは。あの、二人は)


 声の主である女官とニールだった。本当に物語の通りな のかと思ったが、その割にはアドリーズが無表情なままだ。何を話しているのかと耳をすませた時、ニールの声を聞き 取ってラーレは目を見開いた。


「可愛いお姫さんじゃないか。あんまり、いじめるなよ?」


 内容にではなく、どう聞いても昼間に会ったばかりとは思えない口調に戸惑った。


(知り合い、なの?)


 だとしたら何故、二人は初めて会ったようなフリをしたのだろうか──何故、ラーレに嘘をついたのだろうか?


「……姫様?」

「わたしを、騙したの?」


 呆然と立ち尽くした彼女に、気づいたアドリーズが声をかけてきた。その隣ではニールがしまった、という感じで顔をしかめている。


「嘘は、つきました……それより姫様、危ないですよ。こんな夜中に、一人で外に出るなんて」


 けれど、アドリーズはまるで動じていない。更には、開き直りとしか思えない言葉を口にした。


「……嘘つきっ、嫌い!」


 それ故、ラーレは怒りのままに叫ぶと夜着の裾を翻し、走り出した。



 かけっこには自信があった。もっぱら城内や中庭でだったが、ここは草丈が短いのでそれほど苦にはならなかった。

 そんなラーレの前に、不意に新たな人影が現れる。


「きゃっ……!」

「おっと」


 ぶつかりそうになったのを、優しく受け止めてくれたのはゲイナックスだった。夜着姿だったのを思い出し、焦ったが相手が指摘してきたのは別のことだった。


「あの女官と、喧嘩ですか?」

「……えっ……」


 さっきの彼女の声が聞こえたのだろうか? ますます慌てたラーレに、ゲイナックスが笑顔で続ける。


「いっそここで、暇に出せば良い。分をわきまえない女官など、邪魔でしかないですからね」


 何なら、護衛の誰かに人里まで送らせましょうか?

 笑いながら告げられた内容に、ラーレは咄嗟に頷きそうになった。けれど何かに引っかかり、首を縦に振れなかった。


(何で……どうして?)


 訳が判らず、戸惑う自分の手元を見て、おや、とゲイナックスが声を上げる。


「それは、ホーリーですか?」

「あっ……え、ええ……」


 手にしていた絵姿について問われ、思わず赤くなりながら頷いた。そんなラーレにふ、と青い目を細めて、


「ホーリーのことが、本当にお好きなのですね」

「あの……」

「手紙一つよこさないような、薄情者でも? 政略結婚だと言うのに、姫は本当に健気ですね」


 痛いところを突かれたからではなく、あることに気づいてラーレは息を呑んだ。それから絵姿を握り締め、口を開く。


「どうして、ゲイナックスさまがそのことをご存じなの?」


 包みを見ただけで、手紙の有無が判る訳がない。そして何故、他国からの使者である彼がラーレ付きの護衛を動かそうとするのか。


(この人も、嘘をついている)


 しかも、それを隠してラーレを孤立させようとしている。


(……アドリーズも、嘘つきだけど)


 少なくとも、そのことを誤魔化そうとしなかった。

 だからラーレはジリジリと後ずさり、目の前の相手と距離を取った。それから踵を返し、元来た方へと駈け出したが、すぐに前から飛び出してきた人物に捕まってしまった。


「嫌っ……!」


 ゲイナックスの手の者かと思い、悲鳴を上げたラーレだったが──次の瞬間、聞こえた声にハッとして顔を上げた。


「悪かったな、お姫さん。しかけてくるとは思ったが、俺らのせいで早まったみたいだ」


 そう言って赤い瞳を細めるニールに、パチリと瞬きする。


「情けないな、女の影に隠れるとは」


 そんな彼女の耳に、馬鹿にしたようなゲイナックスの声が届いた。最初、自分のことかと思ったが、ラーレたちを庇うように立つアドリーズに気づいて目を見張る。

 向けられた背中、その前にはラーレの護衛として雇われたはずの男たちが、ゲイナックスの背後に集まっている。おそらく彼らは最初から、男の指示で雇われたのだろう。


「俺は、単なる案内人だから良いんだよ……そんなに、公太子さんが憎いか? 許婚のお姫さんの命を狙うくらいに?」


 笑って話題を変えたニールに、やれやれと言うようにゲイナックスが肩を竦める。


「憎い? ただ、邪魔なだけだ。我ら成り上がりにとって、古王国の肩書きは確かに魅力的だが……それが、あの死に損ないのものになるとは」

「…………っ!」


 許婚への侮辱に、彼女はニールの外套の裾を掴んだ。咄嗟に何か言おうと口を開きかけた彼女に、ニールが立てた指を唇に当てる。それに思わず眉を寄せたラーレの耳に、新たな声が届いたのはその時だった。


「公太子様は、あなたを尊敬していると言っていました」


 静かにそう告げて、アドリーズが一歩、前に出る。


「ですが、姫様を守ってくれとも言われました……あなたが姫様の命を狙うと言うのなら、容赦致しません」

「勇ましいことだな。しかし丸腰で、この男たちを相手に出来るのか?」


 確かにゲイナックスの言う通り、護衛たちが剣や槍を持っているのに対して、アドリーズはその手に何も持っていない。

 けれど目の前の背筋は怯まず、綺麗に伸びたままで。

 そして肩越しに振り向いたかと思うと、彼女は眼鏡に手をかけて言った。


「怖かったら、目を閉じていて下さい」


 ……言葉にではなく、露になった美貌と思っていた以上の若さに大きく目を見開く。年上でこそあるが、まだ少女だ。

 一瞬、けれど確かに真っ直に見つめてきた瞳は、夜空の青。

 それから外した眼鏡を捨て、メイド服の長いスカートの裾を奇術師のように翻すと──アドリーズは太股に差していた短銃をそれぞれ抜き放ち、二つの銃口をゲイナックスへと向けた。


「では、参ります」



 ラーレの見ている前で、少女が前に進むたびに銃口が火を噴いた。刹那、背後で武器を構えようとしていた男たちが呻き、次々と倒れていく。殺しこそはしていないが、肩や足を的確に撃ち抜いているのだ。

 そうして一人、呆然と立ち尽くすゲイナックスの前に立つと、アドリーズはその額に銃口を向けた。


「二丁拳銃……お前、もしかして『月の天使』かっ!?」

「そんな恥ずかしい名、自分で名乗った覚えはありません」


 顔はラーレからは見えなかったが、本気で嫌がっていることは声を聞いただけで判った。どういうことかとニールを見たら、苦笑いが返される。


「人は、月の夜に生まれて月の夜に死ぬって言われてる。戦場では無敵な上、あの見た目だからな。いつの間にか、他の傭兵連中からそう呼ばれるようになった」

「死ぬ……殺す、の?」


 不吉な言葉に顔を上げると、アドリーズが相手の胸ぐらを掴み、直接、その額に銃口を押し当てたところだった。それを見て、思わずラーレは声を上げた。


「駄目! アドリーズが、人殺しになっちゃう……っ!」


 ……ガチッと音がしたが、ゲイナックスの額が撃ち抜かれることはなかった。青ざめて、その場にへたり込んだ男にアドリーズが言う。


「こっちの銃には、まだ弾がございますが……姫様に感謝するのですね。夜が明けたら、出発します」

「……わ、判ったっ!」


 そしてコクコクと頷く男に背中を向け、一瞬で銃をしまって歩いてきた少女に、ラーレは言った。


「あっ……ありがとう、アドリーズっ!」

「礼には及びません」


 そして初めて会った時と変わらない、そっけない言葉に彼女は思わず笑ってしまった。



「本当に、お礼なんていらないんだけどな」


 ラーレを天幕まで送り、外に出てきた少女に男たちを縛ってきたニールは声をかけた。


「公太子さんから殺すなって言われてたからな……まあ、ああ言った方がビビるだろうし、姫さんも嫁いでから大切にされるだろうけど?」


 いくら理由があるとは言え、身内同士での殺し合いは禍根を残す。だから命までは取らないように、言われていたのだ。


「……あの姫に、そんなことが言えますか?」


 ニールの言葉に、アドリーズは結った髪をほどきながら問い返した。流れ落ちた銀髪が、月光を弾いて輝く。


「まっ、それもそっか」


 確かに許婚の意外と策士な一面など、あの純真な少女には教えられない。それに手紙や贈り物は握り潰されたようだが、ホーリーも許婚であるラーレを想っていると、ニールたちは知っている。わざわざ彼らを探し出し、護衛を依頼したのが何よりの証拠だ。

 ……そこまで考えて、彼は目の前の少女に言った。


「なあ、このままあの姫さんについていったらどうだ?」


 ニールがこの少女と出会ったのは一年ほど前、荒野で迷い込んだ遺跡でだった。記憶喪失だと言い、銃弾を思うままに装弾出来る不思議な銃を持つ少女は、けれどまるで動じずに言ったのだ。


「私にこの世界と……人のことを、教えてくれませんか?」


 こうして、傭兵(何でも屋の方が近いが)をしていたニールとアドリーズと名づけた少女との旅が始まった。案内人である彼を雇う為に、と傭兵になった彼女は驚くほど高い運動神経や戦闘能力を持っていたが──それでも、アドリーズは少女なのだ。戦場にいるより、あの王女と一緒にいる方が良いに決まっている。


「あの姫には、公太子がいます。ですが、あなたには私しかいないじゃないですか」


 そんな彼に足を止めず、背中を向けたまま少女が言う。かなり情けない内容ではあったが、それでもアドリーズが自分を選んでくれたことが嬉しかった。


「お前だって、俺がいないと駄目だろ? 昼間だって、俺がフォローしなかったらお姫さん、下手したら泣いてたぞ?」

「……ニルファ? あなたも嘘つきだと、あの姫に教えてきましょうか?」


 だから、つい調子に乗ってしまったニールに肩越しに振り向いて、少女が深青色の瞳を据わらせた。しかも、彼が嫌っている『本名』まで口にする。


「べっ、別に嘘じゃないだろ!? ニールだって愛称だしっ」

「いくら女名だからとは言え、そうやって隠すところこそが女々しいんです」


 思わずムキになった彼を一蹴すると、アドリーズは長い髪とドレスの裾を翻して歩き出した。その口元に微笑が浮かんでいることを、後ろを歩いているニールは気づいていない。

 ……そんな二人を見ていたのは、天空に輝く月だけだった。

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