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懐かしの日々 想い出

クリスマスにはアイスケーキを

作者: 池畑瑠七

 

 幼い頃。我が家ではクリスマスのケーキといえば、バタークリーム一択だった。

 母が勤めていたスーパーではシーズン近くになると従業員からもケーキの予約を取っており、我が家で食べてたのはそのうちの一つだった。

 まだチラシには生クリームケーキってやつは無かったかもしれない。…が、あったにしろ生クリームってものの存在も、バタークリームとの違いも、自分は全く知らなかった。


 それはちょっと、いや大分お手頃価格なやつで、クリームは純白じゃなく黄色みがかっていたな。常温にあったまってもクリームが崩れないやつだ。

 トップには銀色の仁丹みたいなつぶつぶや雪だるまサンタのろうそく、チョコレートのMerry Christmasプレート。プラスチックのひいらぎ。

 そして飾られてる赤い実はいちご…じゃなくてサクランボの甘露煮=ドレンドチェリーだった。


 初めてそのケーキを食べた時の事を鮮明に覚えている。

 豪華でおいしそうな、しゃなりとした姿。菜切り包丁で8つくらいに切り分けられたクリームたっぷりなそれを、ウキウキ喜んで口に入れたその時だった。


「!? !? …えええ (;∀;)これだめ……」


 予想に反して、その口当たりになんともいえない違和感を覚えた。どうにも、飲み込めない。

 生暖かいような甘いような溶けた蝋燭みたいな(感覚)匂いが鼻に抜け、そのクリームがベタっと舌の奥にはりつくみたいに感じて、喉につかえた。


 出すわけにもいかずやっとの思いで飲み込んだものの、涙目になってしまった。二口目以降はクリームに手をつけられなかった。

 家族は、美味しいと言ってみんなぱくぱくと食べていた。自分だけが、この美味しさが分からないんだ……けっこう悲しかった。

 

 それでも真っ赤で透明で美しいこのチェリーなら。と祈るような気持ちで半分を齧ってみた。

「・・・・・・」


 少しの酸味に薬臭いような香り、外側はじゃりっと硬く内側は水あめを煮詰めたみたいな、極甘ねっとりした口当たりだった。透き通ってルビーみたいに綺麗な見た目とは裏腹の、口中に広がる独特な慣れない味と香りに半分でギアップ。

 ドレンドチェリーも形の崩れないクリームも、未経験なその味わいは当時の幼い自分には受け付けられなかった。

 

 結局なんとかスポンジとチョコプレートだけを食べ、クリームもチェリーもそっくり、残してしまった。フォークでつついて崩れきったケーキの残骸に、幼心にもだいぶ申し訳なさを覚えた。

 ごめんなさい、おかあさん…泣。


 確か、その翌年も同じだったような。


 今思うとだけれど、そのバタークリームケーキのバターとは、生クリームと区別するための意味あいで。安価で加工しやすく暖まっても形が崩れにくい、日持ちもするという、所謂加工クリームのことだったようだ。


 綺麗に飾られたクリスマスケーキ、その見た目と味のギャップが自分には逆衝撃で、以来バタークリームとドレンドチェリーはどんなケーキ屋の物にも手を出せなくなってしまった。


 倹しい生活の中でせめて誕生日とクリスマスくらいは、って奮発して用意してくれてた特別な日のケーキだったんだけど。

 ワクワクなクリスマスのなか、そのケーキに関してだけは子供心にちょっぴり残念な想いをした記憶がある。


 ただその後、割と直ぐだったと思うがクリスマスケーキの選択肢にアイスケーキってものがラインナップに加わった。

 初めてそのチラシを見た時「えっ、これいいじゃん!これにしよ!」と、満場一致。真っ先にそれに飛びついた。


 結果は、冷たさはともかく、コタツに入って家族一同美味しくいただける、残った分は冷凍庫で保存してまた楽しめる!という事が判明し、家内満点評価だった。

 それ以後、クリスマスイブはどんなに寒い夜でも不〇家の「アイスケーキ」を食べることになった(笑)。


 宗教に拠らずクリスマスを豪勢にお祝いする風潮がどんどん広まっていくにつれ、生クリームケーキは比較的手に入りやすくなっていった。

 勤め先からノルマで母が持ち帰ってくるケーキチラシからは、いつしかバタークリームバージョンが姿を消し生クリーム版が殆どを占めるようになった。

 イチゴが贅沢に乗っかったホールケーキ、その美味しさには確かに心を奪われた。生クリームってこんなにおいしいんだ!と心躍った。


 その後、お菓子作りに目覚めて自分でケーキを焼き飾りつけをする面白さにハマった。イチゴなんて真冬に手には入らず、安価な缶詰めフルーツと植物性ホイップクリームの節約ケーキだったけど。でも缶詰めチェリーはドレンドチェリーよりも自分には嬉しかったし 笑。

 それからクリスマスにケーキを買う事は、無くなった。

 そんなわけで、バタークリームはあの時以後、口にすることは無かった。


 

 このバタークリームを克服できたのは、実をいうとほんの数年前である。

 贔屓の古いケーキ屋さんのショーケースにいつも隅っこに並んでいる地味なバタークリームケーキがあった。

 それが実はコンテスト受賞していた逸品だというのをある時、偶然知った。


 その店ではいつも、ここぞ‼という時に買いに走る絶品モンブランそしてシュークリームを買うのみで、ほかのケーキを手にした事がほとんど無かった。バタークリームケーキは全く、ノーマークだった。


 そうかあ、そうだったんだ!えー本物のバタークリームケーキってどんなもの?

 もしかして自分にも食べられるかな?とある時思い切って購入し、食べてみたのである。


 美味しかった!コクとバターの風味が心地よく口どけもよく、さすがに長年お店の看板だっただけあるなあ!と感心したのだった。


 そうかー、子供の時食べた、いや食べたくても食べれなかったあのクリームは、やっぱりバターじゃなかったんだな。

 長い時を越えて、あの味を思い出した瞬間だった。数十年も前の味の記憶、結構忘れてないものだなあ‥‥不思議な感覚だった。


 クリスマス近くになると、母が持ち帰ってくるケーキの予約チラシ。今年はどれにしようか?と家族であーだこーだ言いながら一つを選ぶのが、ワクワク楽しかった。

 当日、夕飯の後。箱から出す瞬間の多幸感。なのに選んだバターケーキが口に合わなくて、ガッカリちょっぴり悲しかったこと。

 そして、アイスケーキの予約チラシを初めて見た時の、嬉しさよ 笑。


 クリスマス時期、あちらこちらで見かける豪華なケーキのチラシを見ると、あの頃の家族の笑顔と一緒にふとそんなことを懐かしく、思い出す。


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