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池之端の桜  作者: 中岡千町
第1章「覚悟」
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六角の間

いつも紳士で優しい方で御座いました。


いつもどんなときも。

その方の振る舞いが変わることは、一切合切、御座いませんでした。


田原町のご主人と奥様が「行っておいで」と仰っていたのも理解出来る、紳士で素敵な方でした。私なりの覚悟も必要でしたが、そこには及もしないほどの、素敵な方だったので御座います。


「不憫だったろう。ここでゆっくり過ごすがいいよ。」


案内を受けて私にあてがわれた部屋は、今まで想像もしたことがなく、想像すらもできない、贅を尽くした洋間でした。1人で過ごすには贅を尽くせない程のもので御座いました。


西洋で作られたシルクだと思われる窓掛け、不思議な模様だけれども時間をかけて創ったと思われる毛の長い絨毯、ベロアの生地の椅子、細工の施されたランプ。


そして。

昼間は、どこからともなく注ぐ陽射し。


床の間は布団ではなく、ふかふかのベッド。そのベッドの横幅も、私がいくら寝相が悪くても大丈夫なくらいの大きさで御座いました。


うつ伏せで寝転がった時、白い綿のシーツの匂いが晴れていました。


ただ。気になったのは。

六角形の。隅の部屋。


うつ伏せで綿の匂いをずっと嗅いでいたので、その時は、ほかの私の五感の一部が、私に勝手に語りかけただけ。

でも、不思議だなあと感じたのは、その時だけではなかったのだななと、後の出来事で知ることになったので御座いました。


六角の各面には窓があり、天気の良い日はいつも何処からも陽が差す部屋ございます。腰を落として座れる椅子のような用足しも備えてあり、銭湯にも行かずとも、風呂が備えてある個室で御座いました。


ただ。


閉鎖感があるのは否めませでした。

外に出るには、館の責任者の方の許可が入り、相当の理由がないと外に出してはもらえませんでした。


外に出ずとも、この六角の間にいれば、私よりも歳はが上の給仕さんが、食事やら掃除やら、なんなら新しい洋服や可愛らしい下着までも、とにかく優しく用意してくださり、むしろ贅沢なものでした。


これだけの贅沢を、感謝以外で飲み込んではいけないと、ちゃんと、お返ししなければいけないと。当時はそう思い込んでおりました。


「外に出たいなあ」


隅田川の桜も、この時期は綺麗だろうし、昔旧友と遊んだ河原で石投げとかもしてみたい。


そんな生活が数ヶ月過ぎた頃、六角の間の窓から眺めたのは、広大な庭に1本の満開の桜。その奥に高々とそびえるコンクリートの壁。


その時「入るよ」と、声が聞こえたので御座います。まだ陽射しは低く、直接部屋に明るい陽が届いておりました。


その声は、私が知っている「あの方」の声では御座いませんでした。

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