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池之端の桜  作者: 中岡千町
第1章「覚悟」
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プロローグ②

近しい身寄りもない、幼少期の頃の私の記憶は、ほぼ深い霧の中に御座います。

幼少期は本当の霧。

本当に全く覚えておりません。

ただ、霧が晴れた後の出来事は鮮明に覚えております。

ですがさらにまた、晴れれば晴れるほど、より心の霧が深くなった、残念ながら、そんな矛盾に苛まれるだけでしか御座いませんでした。


晴れた後の記憶を、萎え萎えしい筆圧ながら、できるだけ鮮明に、その禍々しい混沌を綴ろうと、後世に残そうと、乱文覚悟で筆を取ったので御座います。


私には身寄りが御座いませんでした。


時勢に身を任せ、ほんのちょっとしたきっかけで、遠い親戚が営む田原町の露店のお手伝いをさせていただくことが御座いました。

それは齢19の頃で御座いました。


「これは西洋の洋燈ランプか?」

「はい、そうで御座います。」

「随分と贅を尽くした。幾分手間がかかっただろう。」

「ごめんなさい、私はあまり詳しくないもので。」

「そうか。勿体ない。これからは西洋文化の時代が来る。」

「そうでしたか、ごめんなさい。」

「あははは、そんな謝らなくて良いのに。」


田原町のお店は、人様が大切に使ったものを丁寧に磨いて、時には手を入れ直して、あたかも新品のように店頭で売っておりました。


そのお店で1番多い品は、西洋のランプや椅子などでしたが、時には、解れた窓掛け(カーテン)、ドレスや着物なども縫い直して売っておりました。


「もう丁髷ちょんまげはいなくなるから安心しなさい。」

「そうで、、ございます、か。。」


私の両親は武家に仕える末裔で御座いました。


聞き伝てでは御座いますが、勉学のできる両親だった故か、江戸末期の乱世で目を付けられ、所謂影武者に、切り捨てられたと聞いてはおります。


「どうだい、家に来ないか。」


明治初期の混沌とした靄がかった中で、いつもいらっしゃる「あの方」はとても紳士に見えました。


男といえばとにかくぶっきらぼうで横柄で、上目線な男児しか知らなかった故、日本人でありながらも背が高く、目鼻立ちもはっきりしていているのに優しくてあたたかい目線に、話すだけでも呼吸が乱れるのを自覚したので御座います。


そして幾度か顔を合わせる度。


私は恋をしました。


このような私でも相手をしてくださって、いつもこのような私に声をかけてくださる。


お会いするだけで顔が徐々に火照り、頬に手を当てずとも熱が伝わり、首部が段々と鋭角に下がっていき、その生理とは裏腹に、早く声が聞きたい、早く顔を見たい。


「どうだい、家に来ないか?」


優しい微笑みが、私の理性を徐々にゆっくり溶かしていったので御座います。

そして、理性が徐々に徐々に。

ゆっくりとゆっくりと。

溶けて行く様を知るのは、もう霧が深くなった後のことで御座いました。

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