予知の話
未来予知の総本山、観測神殿アデルガータ。
そこでは数多の予知者が、日夜研究と実践を重ね、未来を読み取らんと励んでいた。
いや、励んでいるはずだった。
「なんだ、これは」
魔王討伐の旅で、数多の地獄を目にして来た勇者をして。
それは困惑だけしか生まない異形の風景。
ある者はカルデと同じく水晶天球で頭をカチ割って死んでいた。
ある者は望遠レンズを飲み込んで窒息死していた。
ある者はタロットカードで喉を裂いて死んでいた。
ある者は自らの指で目を突いて死んでいた。
ある者は本にうつ伏せに。
ある者は
ある者は
死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。死んでいた。
それはあまりにおびただしい数の。
自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。自殺。
カルデの故郷の人々は、一人残らず自殺していた。
世界樹に行くと勇者は決めた。
この世で最も高い木。その根元で神具・聖なるハープをならせば、神々の住む天空の世界へと行ける。
「神には頼りたくないが、この状況を何とかするにはこれしかない」
だが、その選択に疑問を呈したのは、シヴァだった。
「だが勇者よ。俺は心配だぜ。だってよ……魂ってのは神々の管轄だろ? 越権が許された人間はダルクだけ。そのダルクが魂を感知できないって言ってるんだ。こりゃ……神々にも何か起きたんじゃないかと俺は思うね」
「分かってる。だから最大限の警戒はしている」
勇者は自らの装備を、シヴァに見せた。
「今の俺は、たぶん、魔王と戦った時の五倍は強い。親子喧嘩だって勝てる自信がある」
魔王城から簒奪した神具の数々に、未完成とは言え神殺しの槍まで装備している。
「想像以上過ぎる敵がいても、まぁ、逃げるぐらいはできるさ」
聖なるハープを鳴らす。
すると世界樹が輝いて、天空から光と、船が降りてきた。
「行ってくる」
漕ぎ手のいない船は、勇者が乗り込むとふわりと浮き上がり、そして瞬く間に空へ駆け登って行く。
雄大の雲海を抜け、煌めく星空も抜け、そして。
たどり着いたのは、純白と虹、清浄と聖性に満ちた天の国。
だった場所だ。
船を降りたヘラクは、パシャリと音が鳴るのを聞いた。足元からだ。
だが、そちらを見る必要を、彼は感じなかった。
「ミューズ」
音楽の天使が、彼の前で死んでいた。
ハープの弦で、自らの首を切断し。
転がった首は、恐怖に染まっていた。
その死骸を乗り越えて、勇者は奥へ進む。
浮き島を渡り、虹の橋を越え、光の門を抜け。
神の国は、死んでいた。
海帝トリトスは三叉槍で喉を突き。幻獣祖パンドラは頭を腕で掻き回して。
蝙蝠闇神ドラクリオは燃えカスとなり。刻機クロックワーカーは己の体を錆させていた。
天使長ザミハリエルは剣で胸を貫き。神兵元帥は倒れたる神像に潰されて。
魔術の神ヘカティーナは口を縫い合わせた上で喉を絞めて。
鍛冶乃王ナナナは溶鉱炉に頭を突っ込んで。長耳神ドゥエルは自らを数多の矢で射抜き。
死んでいた。
死んでいた。
神々は、一柱残らず死んでいた。
そして、最も奥。
神の宮殿の玉座の間で。
「父さん」
勇者の父。全能の最高神。世界の魂の管理者。天帝サガディウスが。
神殺しの槍を何十本も、自らに突き立てて死んでいた。
魔王が、ひとつ作るのに世界の全てを捧げようとまでした武器を。
何十本も。突き立てて。それがサガディウス自神によって作られたものだと、槍に宿る力の残滓から、勇者には推測できた。
絶対神は、自らを殺すためにこれだけの武器を作り、力を消費し、それだけしてようやく、死んだのだ。
逃げるぐらいはできる。
敵がいるなら、逃げられる。
だが、これはどうすればいい。
「敵は、なんだ」
勇者は呟く。
もはや絶望すら遠い。
困惑機能はぶっ壊れた。
感情というものが、軒並み喪失したようにすら思える。
「敵は、なんなんだ!!」
それでも、残る全ての精神を振り絞って叫び。
返ってきたのは、静寂だけだった。
地上へ戻った勇者は、ありのままを伝えた。
神は死んだと。
世界は、意外と平和なままだった。
狼狽えたのは教会の上層部のみ。他の人々は、そうか、というだけの受け止め方をして、平和な日常に戻った。
教会の上層部は、一時的に、勇者を新たなる信仰対象とすることを決めた。それに沿った聖典解釈が行われ、神話もまた新たな……真実の形に整えられることとなる。
その一切を、勇者は、無感動に見つめていた。
「勇者様」
聖女がやってきたのは、神の国から帰還した、その六日後だった。
「教会暗部の諜報機関が情報を集めてきました。彼らによると、予言者の死は、観測神殿以外でも起こっています。……多分、世界中で」
「そうか」
勇者は短く答えた。
「じゃあ、これはどうだ。彼らはいったい、何を見た」
聖女は首を横に振る。
勇者は手を振った。
「出ろ」
「すみません。勇者様」
聖女がいなくなった部屋で、勇者は呻く。
何もわからない。
なのに、事態はどんどん悪くなる。
彼らは……予言者は、神々は、カルデは、いったい何を見たのか。何を知ったのか。
何を、知ってしまったのか。
決まっている。未来だ。死にたくなるほどの、いや、死ぬしかないと思えるほどの。
恐るべき未来を、彼らは、見た。
だから死んだのだ。その未来が来る前に。
「何が」
勇者は、震えた。
「来るというんだ」
魔王を前にしてすら震えなかった男が。
「カルデ、君は、何を見た」
今まさに、震えていた。
けれど、考えてみればだ。勇者は思考する。
いつだって絶望はそこにあった。地獄は隣にあり続けた。そんな暗闇の中でも、勇気を振り絞り立ち上がってきたのだ。
今回だって変わらない。
いつものように挫折し、苦悩し、そして勇気を胸に立ち上がるだけだ。
どんな未来が来ようとも、この剣と絆で打倒する。
───それができると、楽観した、
その時、
彼方で