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18.真実(1)


 薄れゆく意識の中で、私はフレデリックをぼんやりと見つめていた。

 いつも冷静なフレデリックの、真剣で必死な表情は、先日の狩りではぐれた私を探しに来たときと同じ。

 そして私は、もっと前に同じ表情を見たことがあった。

 はじめて見たのは十年前、私が崖から落ちた時。二度目は、私の十八歳の誕生日――カーミラを私の身体から追い出した日だ。

 ずっと忘れていた記憶。私はやっと残りのすべてを思い出した。



「アイリス様、フレデリック様がお見えです」

「またなの? 懲りないわね、あの男。追い返してちょうだい」


 私の部屋にやって来た侍女を、カーミラがしっしと追い払う。

 しかし侍女は怯えながらも「渡したい物があるからどうしても会いたいそうで……」と付け加えた。

 フレデリックは、私がカーミラに憑依されてからも、毎年誕生日に欠かさず贈り物をしてくれた。

 幼い頃は花や菓子、大人になるにつれて、装飾品や服など様々なものを贈ってくれていたのだ。

 ただどれもカーミラの趣味には合わなかったようで、ひとつも残っていないのだけれど。


「贈り物ね……どうせまた要らないものでしょうけど。まあいいわ、通して」


 カーミラは文句を言いながらも、侍女にそう伝える。

 貰えるものは貰っておく、たとえ後で捨てるとしても。カーミラはそういう人間だった。


 ――フレデリック、今年は何をくれるのかしら……。


 私はカーミラの中でそんなことばかりを考える。どうせ手にすることはできないし、カーミラに捨てられるとわかっている。

 それでも、彼が私のために選んでくれたものを見るのが、年に一度の楽しみだった。こうしてフレデリックに一目会えることも。

 ドキドキしながらその時を待っていると、彼が姿を現した。

 凛とした佇まい、いつ見ても整った端正な顔立ち……何度見ても、心がときめく。それなのに、カーミラは彼を一瞥すると「用件は何?」と冷たく続けた。


「アイリス、十八歳の誕生日おめでとう。ささやかだけど、君に贈り物を用意したから渡したくて」


 フレデリックが私の前に、小さな小箱を差し出す。それを見た瞬間、中身が何かはすぐに予想できた。


「アイリスが十八になるまでに、伝えようと思ってたんだ」


 言いながら、フレデリックが跪き小箱を開ける。中には透明な輝きを放つ指輪がおさめられていた。


「結婚しよう、アイリス。君の心が俺に向いていなくてもいいから、この先ずっと傍で君を守らせてほしい」


 真剣な言葉、眼差しに、出るはずもない涙が溢れそうになった。

 そして、私もフレデリックの傍にいたいという思いが込み上げてくる。

 今は頻繁に会えないけれど、結婚すれば毎日彼と顔を合わせることができる。直接言葉を交わすことができなくとも、幸せなことだ。

 頷きたい、頷いてその胸に飛び込みたい。けれども無慈悲にも、カーミラは「あり得ないわ」と吐き捨てた。


「結婚ですって? 正気? 身の程知らずもいいとこね。何度も婚約は破棄したいと言っているのに。そのままは何のためについているの?」


 カーミラはフレデリックのことを罵り、鼻で笑う。私は悲しそうに目を伏せた彼を見て、胸が苦しくて痛くてたまらなかった。憑依されてからというもの、私には身体の感覚はないはずなのに。


「さっさと帰って。この後王城へ行かなきゃいけないの」


 依然としてフレデリックを相手にしないカーミラに、彼は諦めたように息をつく。

 しかし、そのまま引き下がることはせず、カーミラに一歩歩み寄った。


「……わかった。だけど、この指輪だけは受け取ってくれないかな。アイリスのために用意した特別なものだから」


 特別、という言葉にカーミラが反応する。

 指輪の輝きから、大変価値のある素材で作られたものであることは一目瞭然で。宝石に目がないカーミラは、厭らしく笑みを深めた。


「ふうん……まあ指輪に罪はないものね、いいわ。貰ってあげても」

「……よかった。これが最後のお願い。俺がアイリスに触れることを許してほしい」


 フレデリックは指輪を取り出すと、私の手を取る。気を使ったのか、左手ではなく右手を。

 彼の手の感触はわからないものの、胸がとくんとなった気がした。

 同時に、これが「最後」だと言った彼の言葉が引っかかった。本当にもう、私に会いに来ないんじゃないかって、そんな予感がした。フレデリックは簡単に嘘をつくような人間じゃないから。

 右手の薬指に、ゆっくりと指輪がはめ込まれる。その瞬間、指輪から強い光が漏れ出した。

 虹色にも見える美しい光。私はすっかりその光に目を奪われていて、すぐには気づかなかった。カーミラが指輪を嵌めた瞬間、ひどく顔を歪めたことを。

 異変に気づいたのは、ドクドクと波打つ鼓動を感じた時だった。


 ――え……何?


 急に身体に血が流れ込んでくるような感覚に戸惑いを覚える。生きているような懐かしい感覚。次に聞こえて来たのは、我を忘れたカーミラの怒鳴り声だった。


「! お前、私に何をした……!」

「――やっぱりアイリスじゃなかったか。君は誰だ?」

「くっ……」


 おそらく、カーミラが苦しんでいる原因はフレデリックの嵌めた指輪にある。

 彼女はそれを外そうとしたけれど、フレデリックが押さえ込んでいるため、それは叶わない。

 その間も私自身にも異変が起こり始めていた。カーミラが苦しむ度に、確かな鼓動を感じる。このまま身体を取り戻せるんじゃないかと、そんな期待を抱いてしまうほどに。


 ――今なら、動かせる気がする。


 意識を集中させて身体を動かしてみる。願った通り、指先がほんの少しだけフレデリックに触れた。


「何っ……」


 ――! いける、あと少しよ……!


 理由はわからない。だけど今なら身体を取り戻せるかもしれないと、必死でカーミラに抗った。だけど――


「離しなさい!」


 カーミラはフレデリックの腰元から短刀を抜くと、それを彼へと突き付ける。切っ先が彼の喉を切り裂こうとした寸前、私の意識は完全に覚醒した。


 ――駄目……!


 フレデリックには傷ひとつつけさせやしない。私のせいで、彼が苦しむことだけはあってはいけない。

 そう思ったら無意識に身体が動き……カーミラの動きを封じるため、自らの太腿を短刀で突き刺していた。


「ぐあっ……!?」

「アイリス!?」


 痛みが私にまで流れ込んでくるのに、カーミラの力が大きくて、勝てそうにない。

 きっとこのままでいても私は元の姿には戻れないし、それどころかフレデリックにも危害を加えてしまう可能性がある。

 それを考えると、私が今できることはただひとつだった。


 ――死のう。この身体ごと捨てて、アイリス・ハミルトンの人生を終わらせる。


 そうすれば周りに迷惑をかけることも、フレデリックを傷つけることだってなくなる。せっかくの機会を、逃したくはない。

 剣で喉を切り裂いてしまえば楽だけれど、それはカーミラがさせてはくれなかった。

 それならばと私は最後の力を振り絞り、バルコニーの方へと向かう。そして、覚悟を決めてバルコニーから身を投げた。

 私の名を必死に呼ぶ、フレデリックを見つめながら。


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