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15.二度目の拒絶(1)


「くしゅんっ!」

 とびきり大きなくしゃみが出て、身体を震わせる。

 横で温かなハーブティーを入れてくれたハンナが、心配そうに私を覗き込んだ。

「お嬢様、大丈夫ですか? 今日は無理をせずお屋敷でお休みされたほうが……」

「これくらい平気よ。薬も飲んだし」

「ですが――」

「それに、今日は大事な日だから」

 フレデリックと向き合うと決めてから、彼に手紙を出した。一度、会って話ができないかと。彼の家まで出向くことも考えたけれど、せっかくだからとお茶に誘ったのだ。

 今日はフレデリックの騎士団での仕事が早番の日。王都の店で待ち合わせて、話をするつもりでいる。そんな大切な日だというのに……。

 ――雨だし、体調は悪いしで散々ね。

 フレデリックから指定があったのは、以前レイモンド殿下と訪れた店。せっかくテラス席が人気の店で待ち合わせをしたのに、外はあいにくの雨。加えて気温も低いせいで、朝から体調が優れなかった。

 それでも、せっかく作れた機会だ。フレデリックに聞きたいことを聞いて、伝えたいことを伝えて帰って来よう。一人で悶々と悩むよりも、そっちのほうがずっといい。

 私はいつもより可愛く着飾って、唇に彼に貰った紅を引く。

 鏡の自分を見て頷くと、心を落ち着かせて部屋を後にした。


 待ち合わせより少し早く着いた店は、天候のせいで客は皆室内の席に座っている。私は雨の当たらないテラス席を選んだけれど、ひんやりとした空気に身震いをした。

 移動は馬車だったけれど、乗り降りする際に少し濡れたのも原因だろう。

 ――今からでも中に替えてもらおうかしら。でも、もうすぐフレデリックも来るだろうし……。

 ぼうっと、外を眺める。雨足は公爵邸を出る時よりも強まっており、まだ昼間だというのに暗い。

 やっぱり、雨は嫌いだ。沈んだ気持ちになるからなのだろうか。

 答えのわからない問いを投げかけていると、ふと背後に気配を感じる。

 振り返ると待ち侘びたフレデリックの姿があった。

「フレデリック! 忙しいのに来てくれてありがとう」

 未だに、彼を見る度にときめき、心が躍る。

 フレデリックは「待たせてごめん」とだけ告げて、私の目の前に腰を下ろした。

「私が早く着きすぎただけだから気にしないで」

「……そう」

「ええと、今中の席にうつろうか迷っていたの。ここは少し冷えるでしょ? でも、中は人も多いし……」

「いいよ、どこでも。そんなに長居はしないんだし」

「え……」

「話があるって言わなかった?」

 ――どうしてだろう。フレデリックのまとう空気が冷たい。外気よりもずっと。

 さらに視線すら合わせてくれなくて、心がまったく読めない。

 生き返ってはじめてこの身体で彼に会いに行ったとき。あの時と同じような……いや、それ以上かもしれない。

 だけど理由を聞いても教えてくれない気がして、私はすぐさま本題へとうつった。

「仕事で疲れてるだろうし、手短に話すわね。今日呼び出したのはフレデリックに聞きたいことがあったの。その…………シャーロットとのことについて」

 意を決して口にしたシャーロットの名前に、フレデリックの眉が上がる。

 その反応で、二人の間に何かがあるのはすぐにわかった。ここまで来たのだから、怖がらずに聞かなくちゃ。

「フレデリックと彼女、どういう関係なの?」

「どういうって?」

「……舞踏会の日ね、見ちゃったの。バルコニーで二人が、その……密着していたというか……キス、しているように見えてしまって」

 しどろもどろに紡ぎ出した言葉に、フレデリックがあからさまに動揺する。

 事実であってほしくない。そう願うのに、フレデリックは何も言わない。

 長い沈黙は、雨の音がなければもっと辛い時間だっただろう。

「角度的にね、そう見えてしまったのかもしれないけれど、一応確かめておきたくて……ごめんなさい、こんなことで呼び出して。もし勘違いだったら――」

「勘違いじゃないよ」

「え? 何て……」

「アイリスが見た通りだ」

 ――何を言っているの?

 フレデリックの言葉に、思考が停止する。どこかで否定してくれるのだと思っていたから。

「いつの間に? だってシャーロットは……」

 レイモンド殿下のことが好きで、フレデリックとは何もない。

 その上、私がフレデリックを想っていることも知っているはずなのに。

「アイリスには関係ないことだよね。俺たちはもう婚約者でも何でもない、他人なんだから」

「っ、それは……」

「だから……もう構わないで。俺にも彼女にも。迷惑なんだ」

 鋭い言葉が、胸の奥まで突き刺さる。

 息が苦しくて、上手く声が出ない。カーミラに憑依された時、何度も声を出したいと思った時のもどかしさとはまた違う。胸が鉛を飲み込んだように重たくて、喉の奥が詰まったように痛い。

「それじゃあ、他に話すことがなければ俺は行くから」

 何も言えずにいる私に、フレデリックが冷たく告げ……そのまま店を後にした。


 ――帰らなきゃ。早く、ここから去らないと。長居してはお店にも迷惑だわ。

 フレデリックが帰ってからも、私はその場から動けずにいた。

 頼んだ紅茶も喉を通らず冷めきっていて、お菓子は手つかずのまま。

 時間が経つにつれ気温は低くなっていくのに、いつしか寒ささえも感じなくなっていた。

 馬車はすぐ近くで待たせている。きっと今頃ハンナが私の帰りを待ち侘びて様子を見に来る頃だろう。

 ――いい加減、帰ろう。

 ここにいても、もう何もないのだから。

 重たい身体を持ち上げると、また後ろから私の名前を呼ぶ声がした。

「アイリス?」

 ――フレデリックが戻って来たの……?

 希望を抱きながら、微かに聞こえた声につられて振り返る。

 次の瞬間、視界が真っ暗になり、私は意識を手放した。


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