12.舞踏会へ(2)
当たり前のように言われて思考が停止する。
先日、確かに私は伝えたはずだ。レイモンド殿下のことはもうお慕いしていないと。
一度目は王城に出向いた時、二度目は洞窟で雨宿りをした時。二度目に関しては、間接的な言い方だったけれども伝わっていないわけはないだろう。それなのに、あれは無意味だったというのか。
「殿下……恐れながら、もう一度申し上げます」
王太子殿下に対し、このようなことを告げるのは気が引ける。けれどもこれ以上は頷けないと、私は足を止めた。
「私は殿下のことは微塵もお慕いしておりません。別に、想う方がいるのです。ですからどうか、このような行動は今後お控えください。彼に……フレデリックに誤解されたくはないのです」
名前までしっかりと告げる。ここまで言えば、真剣であることは伝わっただろう。
その時ちょうど曲が終わり、皆がダンスを終える。ふとフレデリックの方に視線を向けると、真っ直ぐこちらを見る彼と目が合った。それだけで、やはり胸がときめいて、頬が緩む。私はどうしようもなくフレデリックが好きなのだ。
次の曲に切り替わる前に、私は軽く膝を折ってレイモンド殿下に礼をする。
「では、私は次の約束があるので一旦失礼いたします」
「次?」
「フレデリックとダンスを約束しておりまして……一曲だけどうかお許しください」
許すも何も、レイモンド殿下が気にすることではない。そう思って疑わなかったのに――
「駄目だ」
レイモンド殿下に背を向けた途端、もう一度腕を引かれる。背中が彼の上半身に当たったかと思えば、ぐっと身体を引き寄せられた。
「殿下っ?」
「お前は俺のパートナーだ。他の男の所へなど行かせない」
「えっ、ですが……」
「俺の命令が聞けないのか」
振り返ると、至近距離にレイモンド殿下の顔が飛び込んでくる。これではまるで脅しだ。聞かなければ、何をされるかわからない。
だけど、わざわざこんなことしなくてもいいのに。彼の発言の意図がわからず、つい唇を尖らせる。
「そんなに……私のことがお嫌いなんですか?」
ぼそっと呟いた言葉に、レイモンド殿下が眉をひそめる。
「私のことが嫌いだから、邪魔をしたいとしか思えないのですが……」
「……ああ、そうだな。好きなように思っておけ。ただ、今日俺から離れるのは許さない」
――まるで悪魔、悪魔よ……。
私の邪魔をして、こんなにニヤリと笑うだなんて。レイモンド殿下こそ、悪魔に取りつかれているのではないかと思ってしまうほどだ。
はっとしてフレデリックのほうを見ると、そこにあったはずの彼の姿は、いつの間にか消えていた。
舞踏会が始まってしばらく。レイモンド殿下が城の者に呼び出されている隙に、私はフレデリックを探し回っていた。
最後に見たのは、シャーロットと一緒にバルコニーのほうへ消えて行った姿。二人が一緒にいるならば、シャーロットにもレイモンド殿下とのことを説明したい。
急ぎ二人の元へと向かうと、バルコニーの奥に感じた気配に、ふと足を止めた。足を止めたのは、なんとなく見ちゃいけないものである気がしたから。
おそるおそる柱から覗き込んだバルコニー。そこには、フレデリックの後ろ姿と彼の肩に手を置き、背伸びをしているシャーロットの姿があった。
――何を、しているの……?
まるで抱き合ってキスでもしていそうな体勢に、開いた口が塞がらない。私は声をかけることもできず、その場から逃げ出していた。
――どうしてあの二人が?
角度でキスしているように見えただけで、べつにしていないかもしれない。目にゴミが入ってとか、酔ったシャーロットを支えてとか、何かの間違いかもしれない。
だけど、あまりにも近い距離と二人の空気に、完全には否定できなかった。
戸惑いで心が震える。廊下を走り抜けると、曲がり角で誰かにぶつかってしまった。
上を向くと、やや苛立っているレイモンド殿下が立っている。
「っ、申し訳ございません……」
「お前どこをほっつき歩いて――」
動揺を悟られないように下を向く。けれども彼の指先が、私の顎を持ち上げた。
「なぜそんな顔をしている」
「っ……」
「何があった」
すべて吐き出さないと逃がさないとでも言うように、深い紅の瞳に見下ろされる。
「……何でもありません」
私はそう答えるのが精一杯で、必死に視線を逸らす。
確証もないことを、口にしたくはない。
「あの殿下……今日はお暇しても? 少し、体調が優れず」
舞踏会もお開きの時間が迫り、ぼちぼち帰っていく人たちもいる。
ダメもとで尋ねてみると、レイモンド殿下は意外にも「わかった」と了承してくれた。
「無理はするな。早く休め」
「お気遣い、ありがとうございます」
また会場に戻って、二人の顔を見るのは辛い。
そのまま立ち去ろうとすると、もう一度レイモンド殿下に声をかけられた。
「――本当に何もないんだな」
王族への嘘は罪にあたる。たとえ私的なことであってでもだ。
だけど、私はこくりと頷いてみせる。レイモンド殿下はそれ以上何も追及してこなかった。




