11.お誘い合戦(3)
意外な人物からの届け物に、急いで応接間へと向かう。そこには箱が山積みにされており、そのひとつひとつに煌びやかな装飾品が入っていた。
「何よ、これ……」
一緒に同封されていた手紙には、先日の手当てのお礼に装飾品と、舞踏会で彼のパートナーにしてやると書かれていた。上から目線なのが気になるが、今はそれどころじゃない。
「どうしましょう、これ……」
手当てのお礼と言っても、私は枝を拾って布を提供しただけ。施したのはレイモンド殿下だし、助けに来て彼を支えたのはフレデリックだ。私がお礼を去れる覚えなんてない上に、どう見ても対価が見合わない。
送り返したほうがいいのではないかと悩む私に、その場にいた侍女たちはきゃあきゃあと言い合いながら装飾品を見つめていた。唯一、興味がなさそうなのはハンナくらいだ。
「ねえ、ハンナ。これ送り返したりなんかは……」
「駄目ですよ! レイモンド殿下のご厚意を無下にするだなんて許されません」
「で、ですよね……でも舞踏会でのパーティーはさすがに――」
「それも、断れないでしょうね。王族からの誘いはいくらアイリス様でも断ることはできないかと」
「うっ……」
この国では、王族が絶対。つまりレイモンド殿下から誘いが来た時点で、アイリスのパートナーは決まったも同然だった。
――どうして私を? まったく意味がわからないわ……。
レイモンド殿下は私のことを嫌っていたはず。さらにこの間「褒美をやる」と言われた時も遠慮はしたし、元より彼には好意がないことをはっきりと伝えている。
「何がパートナーにしてやる、よ……」
気持ちはありがたい。気持ちは、辛うじて。だけど今はフレデリックを誘った後で、これから返事を待っているところなのに。もし彼から良い返事をもらったならば、どう説明をすればいいのだろう。
――レイモンド殿下からのお誘いがあったことは徹底的に隠して……いや、でも舞踏会でバレるわね。
仮面でもつけるべきか、体調不良で行かないという選択肢もできなくはない。兎にも角にも、優先すべきはレイモンド殿下との接点を知られないようにすることだけど……。
「アイリス?」
公爵邸にいないはずの人物の声が響き、後ろを振り返る。そこには予定より早めに到着したであろうフレデリックが立っていた。
「フレデリック……! 早かったのね!」
「まあね。それは?」
彼の視線は、私の後ろにあるたくさんの装飾品を見つめている。
「ええと……」
手に持った、王室の紋章が入った封筒をさっと隠すけれども、フレデリックは「レイか」とすべてを悟ったように息をついた。
彼を案内したであろう使用人は、やっと状況が読めたようで青ざめている。空気を読んだ侍女たちはすぐにその場を後にし、私たちを二人きりにした。
――逆に気まずくなった気がするけれど……。
フレデリックは気に留める様子もなく、装飾品たちを見回す。
「これ、全部レイから? 何があったのか聞いてもいい?」
「今度の舞踏会のお誘いを受けて……」
隠しきれないと素直に告げると、フレデリックが目を丸くする。彼もきっと、想定外だったのだろう。レイモンド殿下から私を誘うだなんて。
「あっ、誤解しないで。この間狩りの時に殿下が怪我をしたでしょう? それを助けたお礼にってことみたい……魔獣から守ってくれたのも、結局手当てもしたのも殿下なのにおかしな話よね」
笑いながら早口で説明するけれど、フレデリックは「そう……」と相槌を打つだけ。
「だから深い意味はなくて、それで……」
「でも、アイリスはレイと舞踏会に行くんだよね」
「え?」
「俺を誘っておいて」
彼らしくない意地悪な問いに言葉を詰まらせる。
先に誘ったのはフレデリックなのに、後からのレイモンド殿下の誘いを受けるだなんて、あまりにも失礼すぎる。だけど、今の私に選択肢はない。
「それはごめんなさい。でも、わざとじゃなくて。私も殿下から誘いがあるなんて思わなかったの。だから……」
「ごめん、冗談だよ。彼からの誘いは誰であっても断れない。アイリスのせいじゃないよ」
私の言い訳に、フレデリックが微かに口角を上げる。
――いまさら聞いても意味ないかもしれないけれど、フレデリックは私に何を伝えに来てくれたんだろう。
尋ねようか迷っていると、フレデリックが先に話を続けた。
「本当は今日、この間の返事に来たんだ。……君の誘いを喜んで受けるよ、ってね」
「っ……」
予感が的中して、喜びと残念な気持ちがない交ぜになる。もしレイモンド殿下からの誘いがなければ、とまで思ってしまう。
「だけどこの様子じゃ無理そうだね。俺は出直すよ」
――嫌、そんなこと言わないで。
もしかしたら、レイモンド殿下に話せばどうにかなるのではないか。これまで散々彼に無礼を働いてきたのだから、許されるかもしれない。
ぎりぎりまで解決策を迷っていると、フレデリックは「きっと無理だよ」と笑みをこぼす。
「もらったハンカチーフは返さなくてもいい?」
「それはもちろんよ……! あんなものでよければ」
「あんなもの、は心外だな。もう僕のものなのに」
「っ、ごめんなさい。でも……」
「俺にとってはどんなハンカチーフよりも特別だよ」
まるで、私に貰ったからだと言われているようで勘違いしそうになる。返答に困っていると、フレデリックが真剣に私に向かい合った。
「俺は身を引くよ。だけど、これはせっかく用意したから受け取って。ハンカチーフのお礼」
「あ……」
「これを舞踏会につけて来てくれたら嬉しい」
フレデリックから渡されたのは、薄桃色の口紅。控えめな色だけど、用意していたアイスブルーのドレスにはよく似合いそうだ。
「迷ったんだけど、アイリスはこういう色が好きかなって」
「う、うん……好きよ、すごく。ありがとう。必ずつけて行くわ」
カーミラの揃えた化粧箱は、これまた派手な化粧品ばかり揃えられていた。そちらも変えなきゃと思っていたけれど、なかなか手が回らずで、ここ最近はなるべく薄めに化粧をしていたのだ。
――さすがフレデリックね、私の好みがわかるだなんて。
その事実と、彼が私のために選んでくれたことが嬉しくて、口紅を両手で包み込む。喜びに浸っている私にフレデリックは微かに微笑んで続けた。
「舞踏会はレイと楽しんでおいで」
これは仕方のないこと。どうすることもできない。わかってはいるけれど、つい俯いてしまう。フレデリックはそんな私の手を取り、そっと視線を合わせた。
「……代わりに、君とダンスをする権利はもらえるかな」
「え……」
「舞踏会だから、一曲くらい問題ないよね」
「フレデリック……」
――私が落ち込まないように言ってくれてるのよね。
もう私への気持ちがないと言っても、こうして優しさを向けてくれるところは彼らしくて、胸がじんとする。
フレデリックと舞踏会に行けないのは悲しい。そして、彼が他の誰かと一緒に行くことも。彼のことだから、私以外からも誘いはあるだろうし、きっと相手はすぐ見つかる。私と婚約していた時から、フレデリックを狙っていた令嬢はたくさんいたのだから。
それもあって余計に不安はあるけれど、今は最善の選択をしようと、フレデリックの手を指先で握り返す。
「……私でよければ喜んで」
返事をすると、フレデリックが柔らかく微笑む。その表情に今までの悲しみや不安が飛んで行った。




