9.レイモンドの憂鬱
王城に戻り手当てを終えた後でひと息つく。今日はもう休みたいところではあるが、魔女の森で見た魔獣についての報告書を上げる必要があった。
国で昔から恐れられている魔獣。しかし、魔女の森にしか生息しないことから、その姿を見た人間は少なく謎が多い存在。時折、魔女の森へ迷い込んだと言う人間が話しているのを聞く程度だが、やはり信ぴょう性に欠けるのだ。
そもそも魔女の森には一度迷い込めば出て来られないという噂があるため、生還者が少ないからというのもあるだろう。
しかしながら、今日この目で魔獣を見たおかげで、納得がいった。あんな怪物に襲われてしまえばひとたまりもないと。互角に戦えるのは、長年厳しい訓練を積んだ優秀な騎士くらいだ。俺ですらも、危うい所だったというのに。
一体この国にどれほどの魔獣が存在しているのか。そして、奴らはあの森でしか生きられないのか。これまで被害が報告されていないところを見ると、簡単には出て来られないのだろう。まだまだ調べる必要がありそうだ。
――とにかく、生きて戻って来られたことが奇跡だな。
足首は強く捻ったものの、応急処置のおかげか痛みはだいぶマシになっていた。
「……あの女が、他人の心配をするとは」
もちろん、俺を気遣うような素振りはこれまでもあったが、俺の気を引くための表面上のものであることには気づいていた。
しかし、昼間の彼女は下心や打算などは一切なく、本心で俺を心配していた。自らの服を躊躇なく破る姿には、本当に目の前にいるのはあのアイリス・ハミルトンなのかと戸惑いすら覚えたほど。
これまで、幾度となく他人から厭らしい好意を受けてきたからこそ、他人の気持ちには誰よりも敏感な自信があった。だからこそ、彼女があそこまで必死になるとは思わなかった。
躊躇することなく自らの服を脱ぎ、白い肌を男に晒すなど……。
――いや、何を考えている。
急に速まった鼓動に戸惑い、浮かんだ邪念を振り払った。
そもそも、こんなふうに心が乱されるのはアイリスのせいだ。執拗につきまとっていたかと思えば、急に興味がなくなったと言いに来た。はじめは俺の気を引きたいだけかと思ったが、彼女はぴたりと俺の前に姿を現さなくなり……ついに、狩りの誘いが来たかと思えば、なぜか俺を避けようとする。本当に女というのはよくわからない。
ちなみに女にはシャーロットのことも含まれていた。彼女とは、ひと月と少し前に見合いをしただけで、その後の交流は一切なかったはずなのに、今になって俺に接触してきた理由も気になる。
まさか、二人で組んでいるのだろうか。シャーロットも見た目に反して王太子妃という座を欲しがる貪欲な女なのかと思ったのだが、どうやらそういうわけでもないらしい。どちらも警戒するに越したことはない。
――それからフレッドのこともだ。
なぜあんなにフレデリックを毛嫌いしていたアイリスが心変わりをしたのか。彼女の口から直接聞いたわけではないが、フレデリックを想っているということだけは、すぐにわかった。
それほどまでに、アイリスがフレデリックのことを見つめる視線が熱くて痛くて――
「……気に食わない」
なぜかそんな言葉がこぼれ落ちてはっとする。まるで嫉妬のようだと気づき、また首を振った。
――ただ、許せないだけだ。俺のことを振り回そうとするあの女が。
やはり、アイリスのことだ。俺の気を引くために、駆け引きを楽しんでいるのだろう。そのために演技力でも鍛えたのか。
「まあいい、少し泳がせておいてやるか」
これまではただ彼女を迷惑だとしか思っていなかったのに、なぜか少しだけ胸が躍る理由が、自分でもわからなかった。




