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8.魔獣にご注意(1)


 シャーロットからの誘いを受けてしばらく。私は目の前の光景に、戸惑っていた。

 凛々しい馬と、その奥に見えるのはシャーロット。そして……不機嫌さが滲み出ているレイモンド殿下に、フレデリックまでいる。皆、かっちりとした狩猟服に身を包んで。

 計画はシャーロットにお任せしたけれど、まさか狩りへ出かけるとは思わなかった。なんとなく彼女は狩りには興味がなさそうな印象だったから。


「なぜ狩りなど……」

「人数がいたほうが楽しいかな、と思いまして」


 ため息をつくレイモンド殿下に、シャーロットがにこにこと話しかける。

 確かにあまり仲が良さそうな雰囲気はないけれど、見た目だけでいえばとてもお似合いだ。

 おそらくレイモンド殿下が不機嫌なのは、わたしがいるからだろう。なるべく関わらないようにしないと。

 そう思いながら、彼の隣に目を向けると、フレデリックの姿が飛び込んできた。


 ――狩猟服姿もとっても素敵……。


 なかなか拝めない姿にうっとりとする。今日はずっと彼の傍にいられるわけだし、あわよくば距離も縮められる。

 俄然気持ちが上を向き始めた後で、馬と目が合い、大変なことに気づいた。


 ――待って……これから馬に乗るのよね? 大丈夫……?


 カーミラは普通に乗っていたけれど、七歳で身体を奪われた私は、経験がまったくない。

 どうするべきかと頭を悩ませていると、ふわりと身体が宙に浮いた。

 気がつくとフレデリックが私を抱きかかえていて、軽々と馬の上に座らせてくれる。


「フレデリック……?」

「怖がってるみたいだったから。余計なお世話だったらごめん」

「う、ううん。ありがとう……助かったわ」


 不安がドキドキにかき消されていく。手綱を握ると、不思議と乗馬の感覚が身体の中に流れてきた。


「一人で大丈夫?」

「うん、平気よ」

「……そう。あまり一人で遠くに行かないようにね。アイリスはすぐにいなくなっちゃうから」

「いなくなるって、どういう意味……?」


 私が首を傾げると、フレデリックは無意識だったのか、はっと我に返る。

 そしてすぐに「何でもない」と言い残すと、自分の馬の方へと歩いて行った。

 私を拒絶したり、こうして気遣ったり、彼の言動がよくわからない。

 それでも触れられたところは熱くて、ドキドキして……私はフレデリックの後ろ姿をしばし見つめていた。



 爽やかな風が頬を撫でる。馬上の揺れは馬車よりもずっと心地が良い。


 ――乗馬、楽しい……!


 どうやらカーミラが経験していたおかげなのか、私はすんなりと馬に乗ることができ、その楽しさを実感していた。何よりも大自然を自分の意思で行動しているという解放感がたまらなく、狩りそっちのけで馬を走らせる。

 そうして一人楽しんでいると、いつの間にか傍にレイモンド殿下が並んでいた。


「随分と楽しそうだな」

「っ、すみません……」


 まるで子供のようにはしゃいでしまったと反省する。だけど、レイモンド殿下はわざわざそんなことを言いに来たのだろうか。彼は私に一言告げた後も、隣に並んだままだ。


 ――気まずい。


 話すこともなければ、あまり一緒にいてフレデリックやシャーロットに誤解をされたくない。

 そろそろとその場を去ろうとすると、彼が鋭い視線をこちらへと向けた。


「どこへ行く」

「い、いえ……狩場を少し移動しようかと……」

「ならば俺も行く」

「ええっ?」

「この辺りは猛獣も出る。あまり一人で動くな」


 ――一体、どういう風の吹き回しなの……?


 記憶の限り、レイモンド殿下から私に――カーミラに話しかけてきたことは一度もないのに。

 私を気遣うような言葉が慣れず、返答に困ってしまう。


「お気持ちは嬉しいのですが……その……」

「アイリス様」


 どう断るべきか悩んでいると、今度はシャーロットが傍までやって来て私の名を呼んだ。

 彼女はレイモンド殿下に気づいていなかったのか、彼を見て一気に表情を曇らせる。


「っ、申し訳ございませんお話し中に。アイリス様と、少しお話がしたくて……」

「構わない。俺は向こうにいる」


 レイモンド殿下はシャーロットを一瞥すると、来た道を去って行った。


 ――はぁ、よかった。あのまま一緒に移動していたら、気まずかったもの。


 シャーロットに感謝をしつつ、彼女を見やる。


「それで話って?」

「は、はい。レイモンド殿下のことについて……気のせいかもしれないのですが、殿下、今日はずっとアイリス様のことを気にされている気がして……」

「えっ!?」

「視線で追っているようですし、今も話しかけられていたので」

「それは……気にしているというか、監視では?」


 ――ええ、きっとそうよ。


 ずっと自分をつけ回していた相手と狩りへ来ているのだから、必要以上に警戒されてもおかしくない。いくらもう慕っていないと告げたとしても、何かの作戦だと思われてる可能性もあるのだから。

 だから相手も好意などではないと伝えるけれど、シャーロットは不安なのか、眉を下げたまま俯いた。


「ええと……それならせめて私から関わらないようにするから。ね?」

「本当ですか?」

「もちろん。今日は貴方と殿下のために用意した日なんだから」


 私もレイモンド殿下とずっと一緒にいるのは避けたいし、どうせならフレデリックと二人きりで過ごしたい。

 シャーロットは私を見ると、にこりと微笑んだ。


「嬉しいです。では、アイリス様は向こうへ行ってくださいますか? 別行動をいたしましょう」

「え?」

「フレデリック様も先に東の方へ行かれましたから、今行けば追いつくはずですよ」

「フレデリックが?」

「はい、せっかくですからお二人で楽しんでください。頑張ってくださいね、アイリス様」


 シャーロットも彼女なりの気を使ってくれたのだろう。

 すっかり乗馬に夢中になっていたけれど、今日の目的はそこではない。私はフレデリックとの距離を縮める目的を思い出すと、シャーロットに礼を言いその場を後にした。


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