7.元恋敵(2)
「あらあら、みすぼらしいドレスだこと」
「でもこちらリリー様のブランドよ? 結構良いお値段したのではなくて?」
「ああ、着る人間が貧相な身体つきだからドレスもみすぼらしくなるね。ドレスが可哀想だわ!」
悪意のある声に視線を向けると、高級なドレスに着られている令嬢が三人と、その中心に可憐な女性が立っていた。
銀色に輝く髪に、真っ白な肌。ドレスこそ地味だけれど、控えめの中に確かな品格を感じる。ちら、とこちらを見て目が合った瞬間、ふわりと花をまとった風が私を包み込んだ。
――シャーロット……いつ見ても綺麗だわ。
まるで花が歩いているような美しさに、目を奪われてしまう。唯一彼女に欠点があるとすれば、その細い身体。体質なのだろうが、シャーロットは叩けば折れてしまいそうなほどにすらっとした体型をしている。だから令嬢たちは、彼女を「貧相だ」と重箱の隅をつつくように罵っていた。
だけど、それも周囲の男性たちにとっては彼女の良さを助長させるもののひとつにすぎない。なぜなら、性格の悪そうな令嬢たちに囲まれ困っている様子は、守ってあげたいと庇護欲を爆発させるだけの威力があるから。
――って、傍観してる場合じゃないわね、助けないと。
さすがに私と二人きりのお茶会はシャーロットを怖がらせてしまうと思い、ハンナに過去にお茶会へ呼んだことがある令嬢数名に声を欠けてもらったのだけれど……これはこれで、彼女にとって酷いことをしてしまったと反省する。
カーミラがわがままに振舞っていたせいで私に友達こそはいないものの、公爵家という家柄から決して誰かから嫌がらせを受けるような対象ではなかった。それどころか皆、カーミラの気分を損ねないようにと、良い顔をしていた。
シャーロット虐めも、もとはと言えばカーミラから始まり、後に上位貴族令嬢たちが便乗していったものだ。彼女の虐めを止めるのも、私がどうにかするしかない。
私は立ち上がると、彼女たちに向かって歩みを進めた。
「ごきげんよう、皆さん」
にこやかに登場すると、令嬢たちはシャーロットとはまるで違って媚びるような態度で私に挨拶をする。
「ごきげんようアイリス様。本日はお招きくださり光栄ですわ」
「相変わらずお美しいですわね」
心にこもってない賞賛を受け、「ありがとう」とにこりと返す。
「それで……シャーロット伯爵令嬢と何を話していたの? 私も混ぜてほしいわ」
「え、ええ。ドレスがみすぼらしいのではないか、と」
「せっかくアイリス様がお招きしてくださったのに、失礼にあたりますので、助言を」
「助言を……」
――たぶんこう言えば、私が気を良くすると思っているのね。残念だけど……。
「確かに、そんなドレスでは私のお茶会に参加するに相応しくないわ」
「ほうら、アイリス様もそう仰って――」
「貴方たちのドレスが、ね」
「はいっ……?」
わざとゴミでも見るような目で、三人の令嬢たちを上から下まで観察する。
彼女たちのドレスが上質なものであるとはわかるものの、シャーロットと比べると明らかに品がない。おそらくそれは――
「お言葉ですがアイリス様、私のドレスは専属の仕立て屋に依頼した一点物で、素材からこだわりを――」
「ああ、そうなの? ごめんなさい。よく見ると素晴らしいわね」
「は、はい。もう急に何を仰って――」
「ドレスは、ね。きっと着る人間の品格がないから、ドレスもみすぼらしく見えるのね。可哀想なドレスだこと」
「あ、アイリス様?」
「だって貴方たちがたった今、そう言っていたのよ? でも、私もそう思うの。ドレスは着る者によって本当の価値を見出す……貴方たちみたいにひん曲がった性格をしていれば、ドレスもその程度の見栄えにしかならないでしょうね」
カーミラのように、ふふふと自分でも苛立つほどの笑みをこぼす。
悪女らしい振る舞いをするのは気が引けたけれど、彼女たちを黙らせるにはこれが一番だろう。
予想通り、私の言葉に彼女たちは何も言えずに口をわななかせていた。
どの口が? と言いたげであるが、あいにく今はこの身体の中にいるのはカーミラじゃない。
「……いつまでそこに突っ立っているの? まさかその格好で私のお茶会に参加するつもりでして?」
最後に嫌味たっぷりに告げると、彼女たちは「今日は失礼いたしますわ」と言って去って行った。
やり方は多少強引だったけれど、これでしばらくシャーロットが私の前でいびられることはないはず。それに、図らずも彼女と二人きりのお茶会になったことに内心安堵した。他の令嬢たちとお茶会なんてしていたら、永遠に悪口を聞かされそうだから。
「あ、あの、アイリス様……ありがとうございました……」
ずっと黙り込んでいたシャーロットがおそるおそる切り出す。目は微かに潤んでいて、本当にこんなに愛らしい女性を虐めようと考える人の気持ちが、まったく理解できなかった。
「ううん、私こそ、ごめんなさい。今まで貴方に嫌がらせをして。実のところ、今日は貴方に謝りたくてお茶会に招待させてもらったの」
「え……」
「みっともなかったと、反省してるわ。都合が良いかもしれないけれど……貴方が許してくれるならば、これからは仲良くしてほしいと思ってる」
シャーロットは、何か言わなきゃと顔に書いたまま固まっている。
彼女からすれば、やっぱり怖いと思う。自分を虐めてきた、国一番のわがまま令嬢が謝罪をし仲良くしようなんて言ってきたら。しかもハンナから、「アイリス様は今まで一度も他人に謝罪をしたことがないと引き継ぎ書に」と共有を受けたのだから、相当だ。
確かに私も、カーミラが謝罪をしている姿は一度も見たことがない。どれほど彼女に非があろうとも。
「ええと……私ね、貴方の美しさに嫉妬していたの。それから、レイモンド殿下がお見合いをするって聞いて、彼をとられてしまうんじゃないかと不安で」
「っ、その件は申し訳ございません……! ですが、レイモンド殿下とは――」
「気にしないで。彼のことは今は何とも思ってないから」
「そう、なんですか……?」
「うん、レイモンド殿下にも伝えてあるわ。だからもし貴方が彼と結ばれたいと思うなら、遠慮はしないで」
今の状況なら結ばれてほしいとさえ思うけれど、あまりに言うと怪しまれるため必要最低限の言葉に留める。
ひと通り気持ちを伝え終わると、シャーロットはやっと納得したのか小さく口を開いた。
「よかった、です。縁談の話がアイリス様の耳に入ったと聞いて、気まずかったのです。いくら両親が決めたこととはいえ、アイリス様がお慕いしているレイモンドと見合いをするだなんて……」
――やっぱり、シャーロットも気が重かったのね。
私でもカーミラが狙っている男性との縁談なんて、受けたくもない。万が一上手く行ってしまったものならば、命を取られたっておかしくない。
シャーロットには辛い役目を背負わせてしまったと、また心が痛んだ。社交界へも顔を出さなくなったのも、そのせいかもしれない。
「本当にごめんなさい……謝っても許されないことをした自覚はあるわ」
「いえ、今のアイリス様の話を聞いて安心いたしました。嘘を仰っていないとは、なんとなくわかるので」
「そう……ありがとう」
「ですから……私でよろしければ、私もアイリス様と仲良くなりたいです」
ぱっと花が咲いたような笑顔を向けられて、あまりの眩しさに目を細める。
また一人友達が増えたことを心から嬉しく思った。
――それに、シャーロットがこんなふうに明るい子だなんて知らなかったわ。
カーミラの前ではいつもびくびくと自信がなく、自己主張をすることはなかったし、せっかく美しい容姿をしているのに背中も曲がっていたから。今、目の前にいる彼女のほうが何倍も魅力的だ。
「それじゃあお茶にしましょうか」
私が用意していたティーテーブルに促すと、シャーロットがもの言いたげにこちらを見る。




