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7.元恋敵(1)


 ジンジャークッキーをフレデリックに渡してから、大きな進展があった。週に一度までなら、フレデリックが私と会ってくれることになったのだ。

 回数を決めなくてもとは思ったけれど、彼に会えるのは嬉しい。無視せず会話してくれるんだもの、それだけで幸せだ。

 相変わらず魔女に憑依されていた事実は口に出せないし、結局そのことについても何も疑問は解消されていないけれど、焦る必要はない。今はやっと戻ってきた幸せな日常に感謝しないと。

 ちなみに、フレデリックに会えない間にもやることはたくさんある。魔女のことについて調べたり、カーミラが変えてしまった日常を塗り替えたりしている。

 最近やっと部屋の中の模様替えが済み、暗かった部屋が白を基調とした部屋になり明るくなった。おかげで、私の心まで晴れ晴れとした気がした。


「それで随分ご機嫌なんだね、アイリス様は」


 今日は天気も良かったので、サミュエルを誘ってピクニックへと出かけていた。お供はこんもりと焼き上がったジンジャークッキー。次はもっと出来が良いものをフレデリックにあげたくて、日々練習を重ねていた。


「それにしても、この量は作りすぎだと思うけど」


 サミュエルは私の作ったジンジャークッキーをつまみながら、何気なく呟く。


「でもこれはほんの一部よ? まだ屋敷にたっぷりあるわ」

「ええ……」

「練習が目的だけど、せっかくだから皆にも贈りたくて」


 今まで迷惑をかけたお父様や使用人の皆に、せめてもの詫びをしたかった。

 特にお父様は仕事が忙しくてなかなか顔を合わせられないから、贈り物でもしたら気持ちが伝わるんじゃないかと思って。そのために、お母様のレシピで作るジンジャークッキーはぴったりだった。


「……アイリス様って、結構健気なんだね。はじめて会った頃からだいぶ印象が変わったよ」

「それはいい意味で?」

「うん、今のほうが好き。一生懸命ですごく良いと思う」


 キラキラとした笑顔がすごく眩しい。サミュエルは私と年も変わらないし特別童顔ってわけでもないけれど、なんだか弟みたいな可愛さも兼ね備えている。話も合うし、一緒にいて癒される存在だ。


「それを言うならサミュエルもよ」

「僕?」


 公爵邸に奴隷としてやって来た時のサミュエルは、ひどく怯えていた。それこそ年齢のわりには幼くてか弱い少年のようにも見えた。

 けれども、友達として話してみるとサミュエルは意外とはっきり物を言うし、何かに屈するような人間でもなさそうな気がする。見た目こそ中性的で愛らしいのに。


「だから、印象が変わったのはサミュエルも一緒。もちろん今みたいに気さくに話してくれるほうが嬉しいんだけどね」

「そう……まあ最初は仕方ないよね。ああでもしないと、もっと酷いことをされるだろうし。大抵の人間はああやって弱いフリをしてれば良心が痛むからね」


 ――そういう理由だったんだ……。

 だけど、何だか慣れていそうな言い方が気になる。過去にも同じことがあったかのような。そんなわけないと思うけれど。

 サミュエルにある微かな影に違和感を覚えていると、彼は空気を変えるように話を切り替えた。


「そういえば、フレデリック様との仲も順調?」

「うーん、そっちは残念ながら……」


 一度お茶はしたものの、フレデリックの接し方はどこか他人行儀だし、私に対して興味がありそうな素振りもない。さらに、事あるごとにレイモンド殿下の話題を出してくる始末だ。私はもっとフレデリック自身の話がしたいのに。


「もしかしたら、まだレイモンド殿下のことを好きだと思われてるのかな……」

「それはあるかもね。アイリス様が殿下を慕っていたのは有名な話だし。それに急にフレデリック卿に乗り換えたのも、殿下の気を引く作戦なんじゃないかって疑われてもおかしくないよね」

「え……」

「少なくともアイリス様から話を聞いている僕はそう思ってないけど、周りはわからないから」


 確かにサミュエルの言う通り、魂がすり替わったことは誰も知らないのだから、急な心変わりも作戦のひとつに思われても仕方がない。実際にカーミなら考えそうな手段だ。


「せめて殿下が誰かと結婚でもすれば信ぴょう性も増すだろうけど、殿下ってことごとく縁談が断ってるって噂だよね」

「結婚?」

「あれ、でも噂がなかったっけ? 殿下がどこかのご令嬢と見合いをしたって。たしか……ブルック伯爵家だったかな」

「ブルック……」

「すごいよね、伯爵家から王族との縁談話が出るだなんて」


 シャーロット・ブルック。彼女のことはよく覚えている。なぜならば、カーミラが相当憎んでいた相手だから。

 シャーロットは、国一番の美貌を持つと言われる女性だ。派手さはないものの、白木蓮のように可憐で、その場にいるだけで皆の視線を引き付けるような雰囲気を持ち合わせている。それもあって、王太子であるレイモンド殿下との縁談話が持ち上がったのだ。

 サミュエルの言う通り、レイモンド殿下とシャーロットが結ばれれば、私の入り込む隙間はないし、皆もさすがに諦めたと思うだろう。


「まあでも、二人をくっつけるっていうのはさすがに無理だよね」

「できなくは、ないかもしれないけど……」

「えっ? 本当に?」


 実は、シャーロットとの繋がりはある。今会おうとすれば、すぐにでも会えるだろう。だけど、気乗りしない。


 ――どちらにしろ、彼女にも謝っておいたほうがよさそうね。


 私は過去のカーミラの言動を思い出し、ため息をこぼす。

 憂鬱な気分を隠しきれないまま、その日のお茶会はお開きとなった。



 カーミラが私に憑依していた時、彼女はお茶会を主催しては、気に入らない令嬢をいびり倒すという悪趣味を持っていた。そしてシャーロットも、餌食となった一人だ。

 理由はその美貌にある。カーミラは自分よりも美しい女性が許せなかった。そんな時、彼女がレイモンド殿下と縁談をしたという噂が広がり、カーミラは激怒した。それを機に嫌がらせもエスカレートし、シャーロットはついに社交界へ顔を出さなくなったのだ。

 ちなみにレイモンド殿下とシャーロットの縁談はひと月と少し前。それ以来、二人に関する噂がなく、しばらくしてシャーロットが社交界に姿を現さなくなったところを見ると、進展はしなかったのだろう。


 ――あれから姿を見ていないけれど……今日は参加の返事をもらえたし、元気にはしているのかしら。


 ハミルトン公爵邸の庭に設置されたティーテーブルの上でシャーロットの到着を待つ。

 しばらくして、遠くから耳障りな笑い声が聞こえてきた。


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