6.手作りクッキー作戦(3)
袋に詰めたジンジャークッキーを持って、フレデリックの屋敷を訪れる。
――何とかなってよかった……。
想定外に時間がかかりながらも、なんとか焼き上げたジンジャークッキーは、見た目こそ不格好なものの味は我ながら美味しくできた。少なくとも不味いとは言われないだろう。
「あとはフレデリックに会うだけなのに……」
騎士団での仕事が終わるであろう時間を見計らい屋敷を訪れたところ、またしても「不在」と追い返されてしまった。どうにか渡す方法がないかと頭を巡らせていると、ちょうどそこへフレデリックを乗せた馬車が帰ってきた。
――あ、会えた……!
私の存在に気づいたのか、馬車から下りたフレデリックが近づいて来る。久しぶりに見る彼の姿はかっこよくて、ただただ胸がときめいた。
「アイリス……? こんな時間に何をしてるの?」
「ごめんなさい、また急に来て、待ち伏せみたいなことをして」
私は彼に近づいていくと、大切に抱えていた袋を差し出した。
「どうしてもこれを渡したくて」
「これは……?」
「ジンジャークッキー。フレデリック、昔好きだったでしょう?」
「……」
フレデリックは私からクッキーを受け取ることなく、じっと袋を見つめている。
「ええと、見た目はちょっとあれだけど、味は大丈夫! みんなで味見したから」
「……まさか、アイリスが作ったの?」
「う、うん。お母様のレシピがあってね……再現できている自信はないけれど」
さらに目を見開いたフレデリックに、途端に怖くなってくる。
――冷静に考えて、いきなり手作りクッキーだなんて良くなかった……? 重いって思われているかも。
どうして彼が喜んでくれると思ったのだろう。フレデリックにはもう私への感情がないと言っている上に、何なら一度私の告白を拒まれてたというのに。ここに来て、どっと後悔がこみ上げてくる。
青ざめる私に、フレデリックは落ち着いた声で切り出した。
「この間から、どういうつもり?」
「そ、それは……フレデリックとの距離を縮めたくて」
「あんなに俺のことを拒絶していたのに」
「都合の良いことをしてるのはわかってる。でも、これからはフレデリックと向き合いたいの。私は貴方が好きで、貴方にもいつかまた同じ気持ちになってくれたらって思うの」
――遅いかもしれない。わがままかもしれない。でも、もう後悔はしたくない。
フレデリックは苦し気な表情で、視線を逸らす。
「無駄だよ。もともと俺が君のことを想っていたことなんて――」
「嘘をつくのが下手ね、フレデリックは」
「っ……嘘をついているわけじゃない」
――ほら、また目を見てくれない。何年貴方を見てきたと思ってるの?
フレデリックをよく知っているからこそ、いくら今私が何を言おうとも、彼が嘘をついていると認めないことはわかる。それならば、彼の嘘に付き合おう。
「私に気持ちがないことはわかったわ。でも、一生懸命作ったから……これだけは受け取ってほしい。お願い」
さらに一歩前に出て、フレデリックの胸元にクッキーの袋を差し出す。
だけど彼は、依然として受け取ろうとはしなかった。
「……受け取れないよ。これを受け取ったら、君の気持ちを受け取ることと同意になる」
「そんなこと――」
「そもそも、こういうことも迷惑なんだ。急に会いに来られるのも困る」
フレデリックが冷たい声を残して、私の傍をすり抜けていく。今止めなかったらもう二度と会ってもらえない気がして、私は咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「待って――っ!?」
フレデリックに手を振りほどかれた反動で、持っていた袋が落ちる。
地面にジンジャークッキーが無残に散らばった。
「あっ……」
もともと形の悪かったクッキーは、割れて見るに堪えない状態で。私の心までもが砕かれたような気がした。
そして、気づいた。私も、カーミラがレイモンド殿下にしていたことと同じことをしているのだと。相手のことを考えずに一方的に気持ちを押し付けて……拒絶されたって、仕方がない。
「ごめん、アイリス……」
「っ、大丈夫!」
フレデリックより先にしゃがみ込み、散らばったクッキーを慌ててかき集める。
「形が悪かったから食べなくて正解だったかも。ごめんなさい、フレデリックのせいじゃ、ないから……」
私に泣く資格なんてないのに、勝手に涙が溢れてくる。
――駄目よ、泣いちゃ駄目。これじゃあ本当にただのわがままで、面倒な女じゃない。これ以上、フレデリックに嫌われたくない。
フレデリックの心を取り戻したいのに、嫌われてしまう。だから泣き止まなきゃいけないのに、フレデリックに拒まれたこと、そしてクッキーを作ることを応援してくれて、助けてくれた人たちのことを思い出したら、自分の意思では止められなくなった。
そして思ってしまう。どうして私はカーミラと契約なんてしたのだろうと。
もし彼女に憑依されなければ、フレデリックを十年以上傷つけることもなかったし、今みたいに悲しい気持ちになることもなかった。いっそ、死んでしまったほうがよかったのに、私が生きることを望んだから……。
――なんて、いまさら考えたってどうしようもないのに。




