新聞部の少女と時空師の出会い
語りべ友海
主人公刻道
ヒロインリオン
私が幼い頃、田舎のおばあちゃんの不思議な話を聞くのが本当に大好きだった。
その中でも特に熱心に聞いたのが刻を操る闇の仕事人のお話。おばあちゃんいわく。私を楽しませるための創作ではないらしい。
おばあちゃんが学生の頃実際に体験した出来事。
時空師と名乗った寡黙な男に、過去や未来に連れてちょっとした冒険したらしい。
半信半疑で聞いていた幼き日の5歳の私。
そんな私がのちに信じることになるのは、若きおばあちゃんの前で去り際に時空師の一言。
『次は西暦2024年令和5年12月26日の東京世田谷三軒茶屋駅近くの銀行に午前中に向かいます』
と笑っちゃうほど細かく教えてから彼は外人の子を連れて、時空の彼方に忽然と消えたそうです。
それで私は当初作り話だと思ってた。だけど月日が経ち元号が平成から令和に変わった時確信に変わった。
そして運命の令和5年12月26日が近づいていた。
□ □ □
「友海っ〜」
放課後、廊下を歩いているとうしろから親友の愛子が手を振って私を呼び止めた。
振り返ると愛子が走って来た。
「なに愛子。そんなに急いで?」
「はぁはぁ、明日から冬休みだけど一緒に遊ばない?」
「子供じゃあるまいし連休初っ端から遊ぶなんて馬鹿言うんじゃないわよ。まぁ誘ってくれたのは嬉しいけど、明日から一人旅に出るんだよ」
「まさかまだ刻を操る人……探してるの?」
正式には『時空師』と呼ばれる仕事人らしい。だけどそんな職業は存在しないことになっている。では何故まことしやかに噂されているのは、だれが言ったか都市伝説としての時空師の逸話が残されているからだ。
もちろん私も時空師の話をおばあちゃんから聞いた。
詳しく言うと今から六十年前に遡る。
おばあちゃんが高校生の頃。その時空師と出会ったらしい。半信半疑だった私が信じるようになったのは、元号が令和になったからだ。
「でもさー友海のおばあちゃんが時空師と会ったのが六十年前でしょう? 令和の世にもう生きているか分からないし、例え生きていたとしてもヨボヨボのおじさんでしょ?」
友人は夢のないことを指摘するが私は心の中で否定する。何故ならおばあちゃんが会った時空師は過去未来行き来していると行って今でも生きていると思う。
彼が行くと言った令和5年12月26日火曜日が明日に迫った。
いよいよ彼が本当に指定した場所と日時に姿を現すのか確かめられる。だから明日行って確かめてやるんだ。
もし本当だったら……。
「そっかー、友海は時空師にお願いしたいのね。でも、あんまりあの事故に首突っ込まない方が良いと思うよ……」
愛子の声のトーンが急に低くなった。
それは友である。私を心配してのことだ。
あの事故とは三ヶ月前のことだ。
新聞部に所属している私こと鐘崎友海の先輩である部長だった高橋梨花奈先輩が校舎屋上で謎の転落死した事故のことだ。
先輩の死は事故と片付けられたけど、私は事件だと思う。だって高所恐怖症の先輩が一人で屋上の金網の外に出る訳がないからだ。
『先輩の死にはなにかがある』将来ジャーナリストを目指していた先輩はなにか知ってはいけない秘密を知ったから、何者かに消されたに違いない。
でも私の力では死の真相に辿り着けない。ならば時空師を探し出して過去に連れてもらうしかない。
その意気込みを友に話したら、『時空師見つけるより自分で事件の真相を解く方が早くない?』と言われた。
『確かにそうだ』と納得したけど、私は明日からの旅の資金を調達するため銀行に行くため友人と別れた。
□ □ □
旅の資金は小学生の頃からお年玉等をコツコツと貯めた貯金から引き出す予定。
それと引き出す場所は世田谷区三軒茶屋近くの銀行。彼が指定した場所だ。
私は腕時計を見た。窓口が開いている時間があとわずかだ。だから急いで銀行に向かった。
銀行に入店すると順番待ちの客で一杯だった。
とりあえず整理券を取って席が空いてないか見回した。すると一つだけ空いていたけどちょっと座るのを躊躇った。
それは何故かと言うと白と黒の左右に分かれたツートンカラーのスーツ姿にキザなハットを被った男性が座っていたからだ。
『印象はキザか重度な厨二病。両手に黒のレザーグローブはめてるしうわっ!』いずれにせよ変わり者確定。
だからか混んでいるにも関わらず。彼の隣の席が空いていたのはそのせいだと分かり納得した。
ただ私は新聞部だけあって好奇心旺盛だ。その変わり者に興味を持ち。そーっと座って横顔を見た。
端正な鼻筋通った顔立ちに申し訳程度のアゴ髭を伸ばし目元は帽子の影で良く分からない。
まぁ、素直にカッコいい印象だ。でも私の趣味ではない。
しかしさっきから彼は下を向いて黙っている。一人ならそれが普通だよね。逆に独り言喋ってたら逆に怖いよ。
でも彼は、なにかを思わせる不思議な雰囲気を漂わせていた。だからなんか気になるんだよな。
「七番目でお待ちのお客様〜」
三番窓口の銀行員がお客を呼んでいる。何回か呼んでいると黒のジャンバー姿の男が窓口に立った。
居るなら早くしてよと思ったが、『別に良いかと』我慢強い私は気にしないことにした。
すると突然悲鳴が聞こえた。
なにごとかと周囲を見ると、先ほど三番窓口に向かった男が拳銃を持って、銀行員のお姉さんに銃口を向けていた。
「おいっ、動くなよ。コイツの命が惜しけりゃ三分待ってやる。今すぐありったけの札束コレに詰めな」
周囲を見ながら男はリックサックをカウンターの上に置いた。
運が悪いことに本格的な銀行強盗に出くわしてしまった。いや、逆に運がいいかも知れない。だって私は新聞部だから最高の実体験だよ。
とはいえ銀行強盗なんて漫画だけの出来事かと思ってた。実際にやるお馬鹿さんがいるとはねぇ。
お馬鹿呼ばわりには理由がある。銀行強盗なんてまず失敗するのに決まっている。だけど頭が悪いのか本気で成功すると思っているから愚かね。
大人しくしているのが得策だけど、隣の男が急に立ちあがった。
「おいっ! 誰が勝手に立てと言った?」
「…………」
銀行強盗は銀行員の肩を掴んだままツートンスーツの男に銃口を向けた。
だけど彼は動じないどころか下を向けたまま前に進む。『あちゃ〜』やっぱり変な人だ。
とは言えこの人のおかげで巻き添え喰らったら本当にツイてないよ。
「おいっ! 聞いてるのかっ? これ以上動いたらテメエから殺すぞっ!」
「……」
男は脅しに屈せず一歩足を踏んだ。狂人対狂人ってとこだね。でも拳銃持った銀行強盗に敵う訳ないからキザ男死んだと思って私は耳を手で塞いだ。
「おいっ、いい加減に……アレッ……」
銀行強盗は違和感に気づいた。すると手元を見るとギョッとした。握っていたハズの拳銃が忽然と消えていたからだ。
「なにっ!? おっ、俺の拳銃どこいった?」
動揺した銀行強盗が拳銃を探している中、いつの間にかキザ男が前に立っていた。
「探し物はコレか?」
初めてキザ男が口を開いた。だけど注目したのはソコじゃない。なんと彼が拳銃を取りあげていた。
「あっ! てめえっいつの間にっ!」
「返して欲しいか?」
「あったり前だろ〜ぶっ殺すぞっ」
銀行強盗がキザ男の襟を掴んだ。もし拳銃を奪い返されたら殺されると誰もが思った。
私も一瞬目を瞑った瞬間銀行強盗の悲鳴が聞こえた。
「いだだっ! 痛えっヒィッ離せっ!」
「……」
なんと銀行強盗は馬乗りになったキザ男に取り押さえられていた。
彼が強過ぎるのは分かった。だけどたった一秒で取り押さえるなんて人間技に見えなかった。
それはまるで時間を停めないと不可能に見えた……。
『まさかこの人……』
「ちょっと押さえるの手伝ってもらえますか?」
「あっハイッ!」
キザ男の指示に数人の男性客が銀行強盗を取り押さえた。
「じゃあ僕はこれで……」
キザ男は奪った拳銃を銀行員に渡して立ち去ろうとした。そこで私はあとを追って声を掛けた。
「あのっ!」
「ん……」
背を向けたキザ男がゆっくりと振り向いた。
初めて正面顔を見るけどやっぱりイケメンだ。ただし右頬に真っ直ぐ下に伸びた傷跡があってダーティーなイメージだ。
ちょっと怖いけど思い切って聞いてみた。
「貴方はもしかして時空師ですか?」
「…………どこで知りましたか?」
「えっ……」
まさかの反応に思考が一瞬止まったけど、おばあちゃんから聞いた話をしたらキザ男が『ヤレヤレ』と帽子に手を掛けため息を吐いた。
「驚いた。あの時の高校生の孫と出会うとはね……そうさ、この僕こそが世界に二人しかいない時空師の一人。名は刻道神さ」
彼はそう名乗って帽子を取ってうやうやしくお辞儀した。