ジオルグの奏上②
ジオルグがロイとアイシャに旧ギルドルク王国の情報を集めることを命令して三日後、ジオルグはガルヴェイト王国国王であるアルゼイスに謁見していた。
「ギルドルクの件、ザーフィング侯の懸念した通りになったな」
アルゼイスの言葉にジオルグは頭を下げる。
ジオルグは半年前にギルドルク王国の情報から近い将来に動乱が起こる可能性があることを上層部へと報告していたのである。
その報告を受けてからほぼ時を置かずして、ギルドルク王国は滅亡し、ザーベイル王国が建国されたのである。
他国はこのことに対して介入する時間すらなかったのである。もちろん旧中央貴族領の支配権は未だ確立していない。だが、ザーベイル王国がどのように動くか読めないために他国も干渉は出来ないという状況であった。
アルゼイス王はジオルグからの情報を得たことで軍備を整え、ザーベイル王国が侵攻してきた場合の対応をとっていたのである。あくまで侵攻に備えてのものであり、旧ギルドルク王国領に攻め込むためのものではないのである。
「わずか半年でギルドルク王国の中央貴族達を駆逐、国王オルタス2世、王妃カサルディアを処刑し、ザーベイル王国の建国を成し遂げました。おそるべき手腕でございます」
ジオルグの言葉にアルゼイス王は重々しく頷く。
ジオルグの言葉通り、ギルドルク王国がわずか半年で滅亡するなど全く想定していなかったのだ。国というのは滅ぼされる側は必死に抵抗するものであり、一国を滅ぼすというのはとにかく時間がかかるものだ。
「確かにザーフィング侯のいう通りだ。してザーフィング侯は今回の件はどちらの主導において行われたものと考える?」
アルゼイス王の問いかけにジオルグはしばし考え込む。
「私の見立てではジルヴォル=ザーベイルであると思われます」
「ふむ、そう考えた理由は?」
「はい。今回のザーベイルが旧中央貴族の所領に対して見向きもしなかったことがその理由です」
「ふむ、確かに中央貴族達の所領を現在もザーベイルは支配していない。現在、貴族達の所領は統治者がいないという状況だ。不可解だな」
「はい。本来、征服は現地の民達を支配することで完了するもの。別の表現を使えば民達の支持が必要です。旧領主を倒して民達が新領主を心から迎えるわけがございません」
「確かにな。民の支持を得ることができねばその支配は長くは続かぬ」
アルゼイス王の言葉にジオルグは頷いた。
「陛下の申される通りでございます。現段階でザーベイルは旧貴族の領民達を足枷と見ております。この思考は先代ザーベイル辺境伯であったエクトルのものではないと思います」
「そうか……」
「ただ、ジルヴォル王は旧領民の支配を完全に放棄したわけではないと思われます」
ジオルグの言葉にアルゼイス王は頷いた。国力の維持に民の数というのは必要不可欠な以上、みすみす捨てるわけはないというのはアルゼイス王も納得するものである。
「それでは、この放置も民の支配の一手というわけか?」
「ジルヴォル王は民を放置することで、自分達の支配権の強化を図っていると思われます」
「ふむ……ザーフィング侯は治安の低下により社会の崩壊を生じさせ、民衆にザーベイルのもたらす秩序を歓迎させることを目的としているわけだな」
「はい。現段階ではそう判断しております。しかし……」
「先があるか?」
「はい。前回報告したように第一王子デミトル、第二王子ルクルト、王女ソシュアの行方がわかっておりません」
「……」
ジオルグの言葉にアルゼイス王は考え込む。ジオルグからの報告にオルタス2世の遺児達が行方不明があるのを思い出したのである。王族というのは存在自体が政治的に大きな意味を持つのである。そのことを王族の代表者であるアルゼイス王は痛いほど理解している。
「現時点では王子達をどう使うかは分かりません。ですがジルヴォル王は確実に自分達の利益のために使うと思われます。そして、ジルヴォル王は我が国にも一手を打ってくる可能性が高いと思われます」
「三人か……誰が送り込まれるかな」
「はい。この状況で王子王女が我が国にやって来ればそれはジルヴォル王の一手と考えた方が良いと思われます」
「厄介なことだ」
アルゼイスの声は明らかに苦いものである。ジオルグの話を聞く限り、ザーベイルに介入するというのは最終的にザーベイルに利用されることになるように思われて仕方がないのだ。
「はい。ことジルヴォル王に関してならば臆病なほど慎重に振る舞う方が良いと思います」
「確かにザーフィング侯のいう通りだな。ならばこちらとすれば慎重に行動する方が良いな」
「現在、配下の者に旧所領の様子と我が国で旧ギルドルク王国の噂がどのように広まっているかを調査させております。その内容次第ではギルドルク王国を救えと主張するものが出てくるかもしれません」
「確かにな。そのようなお調子者が出た場合は余が抑えよう。侯は情報収集を続けよ」
「はっ」
「してもう一つある」
アルゼイス王の言葉にジオルグは背筋を伸ばした。
「王子王女が我が国に亡命にせよ、ジルヴォル王の一手にしろ……やってきた場合はどうする?」
「私としては殺して送り返すべきと考えております」
ジオルグの返答にアルゼイス王は苦笑する。王族の利用価値をジオルグが理解していないはずはない。その上でジオルグは殺すことを進言したのである。それはジオルグにとってジルヴォル=ザーベイルという男を限り無く危険視していることの表れであった。
アルゼイスとしてもジオルグが危険視しているジルヴォルを軽視するようなことはない。
「ですがそれが可能であるとは限りません。そのために厳しい監視のもとに置き、決して迎合しないようにすべきかと」
「そうなるな。王族がやってきた場合はザーフィング侯が監視を行え、必要ならば消せ」
「御意」
アルゼイス王の冷徹な命令をジオルグは何の躊躇いもなく了承した。




