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幸せのそばで

作者: 宗あると
掲載日:2023/07/08

 淡々と過ぎていた。色褪せていく想い出が、過去と私の心を変えていくようで。

 閑散とした映画館の客席で、迫真を装う俳優達の演技を見ながら、ああここが泣かせ所なのか、ここが衝撃の瞬間なんだな、と感情を動かされることなく、端正な顔立ちが深刻になったり、泣き崩れたりするのを見ていた。

 2時間で纏める為に、原作を継ぎはぎしてたどたどしく展開していく内容にうんざりしながら、原作の心理描写がまるで伝わってこない俳優の表現力にもあきあきしていた。

 20代の頃にはすべてが煌めいて見えた世界だ。明かりが落ち、そこから非現実的な世界に入り込んで、俳優と共に別の人生を生きる。

 エンドロールが流れはじめた時の寂寞感。日常に帰る重い足取り。

 何故そこまで、自分のすべてを投影できたのか。

 きっと自分を生きていなかったからだろうと思う。他人の人生に思いを馳せる余地など、本来ならありはしない。心あらずに生きているから、ひょいひょいと他人の人生に憑依してしまう。

 誰かに創られた世界に、自分の意志を何ももたずに生きる。現実でそう生きているから、違和感も感じない。

 会社の中で、恋人との会話の中で、夫婦のいざこざの中で、ああ私はこの人の人生の中に閉じ込められていると感じた瞬間が何度もある。

 彼、彼女たちの描く世界の人間に私はいつの間にかなりきっていて、そこに自分の意志があるかのように、まるで俳優のように、自分の人生を生きているようで生きていない。

 求められることに応えるのが人生だと、いつの間にか心にも体にも擦り込まれていた。

 

 色褪せていった。求められることに、私の求めるものは何もない。

 誰かの喜びの為に、自分の心を疲弊させて、感情が悲鳴をあげているのに気づく度に、虚無感に苛まれた。

 彼彼女達の喜びは叶っても、私は笑顔を繕っているだけで、心では何も感じてはいない。

 誰かが夢を叶える瞬間に、当人以外の人間にどれほどその場にいる価値があるのか。

 祝福されたいと願うエゴが、祝福しなければいけない馴れ合いを生む。心の中では冷静に、ここは自分の居場所ではないと感じながら。

 人の夢の中で、自分が満たされることはない。その瞬間を過ぎれば、虚しく色褪せていく。

 何を求めて、私はここにいるのか。

 わからなくなり、エンディングを待たずに、私は映画館を出た。


 小雨が降っていたのでキャップを被り、点滅する信号を見て、足早に横断歩道を横切った。

 地下鉄の階段へと吸い込まれていく人波に混ざろうと歩幅を遅らせた時、スマホに着信があった。

 友人からで、私はスマホを耳にあてて、階段を降りた。

 「ごめん、今から地下鉄に入るところだから、LINEにしてくれる?」

 繋がるなり私が言ったスマホの向こうから、嗚咽が響いてきたので、私は眉を寄せながら、友人に何が起きたのかと思考を巡らせた。

 「何?どうしたの?何かあった?」

 「どうして?」

 震えた声で友人は言った。

 「何?」

 「なんで言ってくれないの」

 ああ、と私は心で呟いてから、階段で足を止めた。後ろを降りてきた男性が怪訝そうに私を見たので、すいませんと小声で謝り、小さく頭を下げた。次々と私をよけて、人が階段を降りていく。

 「私はさ、そういうの苦手だから。だって、成実みたいに泣かれるとさぁ、、、」

 私も嗚咽を漏らしていた。淡々と過ぎていた。色褪せていく、想い出に私は目を背けていた。

 煌めいていた私はもう変わってしまったから。

 「何にも言わずに、消える気だったの!?そんなんで残された私が、後悔もしないで、陽芽のこと忘れたりできるとでも思った!?」

 「私もう、いられないんだよ。どこにも、誰の人生にも。1人でいるしかないじゃん」

 「私がいて、なんでそんなこと言うの!?」

 「幸せな成実の人生に、私いらないじゃん。私がいて、何になるの?幸せになってく成実を見ながらーーー」

 「言わないで絶対!!どうにかするから、私が」

 「どうにもならないじゃん!何ができるの?私はさ、死んでいくんだよ、親友が結婚して幸せになってく姿を見ながら、喜べるような心もなくて、虚しくて、消えてなくなりたいのに、いますぐ死ぬ勇気もなくて、どこにも行けない!行ける場所なんてない!」

 「私は陽芽に側にいて欲しい。私じゃダメなの?陽芽の居場所。私の側にいるの、嫌なの?」

 「成実の世界に、私の居場所なんてない!!」

 私は怒鳴って、スマホを切り、そのまま階段にうずくまって、泣きじゃくった。

 階段に響く足音が、孤独の楔を心に打ち込んでいく。誰も私を気にとめない。私はそうやって、死んでいく。


 淡々と過ぎていく。色褪せていく想い出が、過去と私を変えていくようで。

 何もなかったように。

 泡のように。

 私はもう誰の私でもない。誰かの私だった私は、もういなくなる。

 そしてそうなったら、私は本当に何もなくなる。

 私が私であった証を残したくても、私に出来ることはもう何もない。

 せめて最後に見せた私の本音が、親友に私の本当の姿として心に残ってくれたらと思う。酷く悲しい別れの記憶だったとしても。


 私は手を振っていた。

 ベランダの手すりに腰掛けて。

 悲しみと驚きで、目を見開いた成実に、私は微笑みかけた。

 

 あなたの幸せの中にいられなかった私を、どうか許してください。


 手からすべり落ちたスマホと、宙に落下する感触。


 成実の悲鳴が、最後に聴こえた。

 


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