第21話 悪役と俺様皇太子の呆気ない再会
「何でここにいるんですか!!」
「教えてやるから、まずナイフを下ろせ」
ナイフを手に身構えるエルメに、マリオンはそう言った。エルメはその言葉に従い、素直にナイフを元に戻す。マリオンに背を向けたとはいえ、スカートの裾から中へナイフを仕舞う様子に彼はぎょっとすると「全く君と言う人は私の想像超えてくる」と苦笑した。
ロウソク一つだけの炎の明かりは、二つの影を壁にゆらゆらと映し出す。それはまるでエルメの心の内を映し出しているようだ。
「お金を渡しに来たんですか」
マリオンがこの場にいる理由を述べたエルメ。マリオンは小さく息を吐くと、それには答えず別も質問を返した。
「なぜ泣いている?」
その言葉に自分の瞳から涙が溢れそうになっていることにエルメは気付く。エルメは涙を乱暴に拭うと「泣いてません!」と強がった。そして、更に言葉を続ける。
「お金なら、いりません。私が勝手に出てきたのだから、貴方に払う義務はありませんから・・・だからもう、用はないはずです。とっととお帰りください・・・ああ、この家はありがとうございました。でも他に生活の目処がたったら出ていきますので、ご安心ください。それまでは有り難く使わせていただきますけど」
そう口から出たセリフは、エルメの想いとは正反対だった。本当はマリオンに駆け寄り、抱きしめたかった。彼の体温を全身で感じたかった。しかし、自分が彼の足枷になってしまうと信じているエルメは、突き放す言葉を言いながら、それは自分自身にも向けていた。
マリオンはゆっくりと立ち上がり、エルメに向かってくる。それに弾かれるように、エルメの足は後ろに下がる。そして背中を壁に遮られると、マリオンの壁についた両腕によって逃げ場を塞がれた。
「本当のことを言え」
エルメの心の内を察しているのか、マリオンの口から出てくるセリフは、エルメに素直になるよう促すものだった。
「なぜ素直に気持ちを言わない。もう君の恐れるものは何もないだろう?」
「あります。小説では乙女とあなたが結ばれるのだから・・・」
「小説、小説といつまで小説に囚われているんだ。いい加減、前世に囚われるのはやめろ。君はここで生きているんだぞ。そして認めろ。私を愛していると・・」
その時、執務室でのマリオンと宰相の会話が、エルメの頭の中に蘇る。
「でも、アリス様が必要だと言いましたよね?契約も結んだと、マリオン様が言っていたのですよ」
彼女の指摘にマリオンは「ああ、あれを聞いていたのか・・確かに言ったな」と悪びれもせず認める。そんなマリオンにエルメは「ほら、やっぱり」と落胆の表情を見せた。
「だが、君の思っているような意味ではないぞ」
「言い訳はみっともないですよ」
エルメの強がりを見透かすように、落ち着いた表情で彼女の瞳を捉えて離さないマリオンは、壁についた片手を離し、エルメの腰をぐっと引き寄せる。
「みっともなくて結構だ。好きな女を手に入れるのに、格好なんて気にしていられるか。くだらんプライドのせいで、妻を失って後悔するほうが余程耐えられん。いいか?黙って聞け。あれは君の思ってるような意味ではない。アリス嬢が必要なのは、この国であり、私ではない。そして彼女自身ではなく、彼女の力が必要という意味だ。契約を結んだのは、彼女をこの街に引き止めるために必要だったからだ。ちなみに君が考えているであろう番の契約ではないぞ。ただの居住権に関する契約書だ」
マリオンの口から語られる真実に、エルメの頭の中は嵐が生まれたように単語が渦を巻く。
「力?番の契約じゃない?居住権?」
「そうだ。君も知ってるだろう。アリス嬢の癒やしの乙女としての人気は、帝国中で盛り上がっている。
そして、最近彼女が遥か東の外れ町ドーブルに住みたいと言い出したのだ。疫病で対応に追われている時に、町長と意気投合したらしくてな。
だが、いくら帝国内とはいえ、あのような離れた地にアリス嬢を住まわせるわけにはいかないのだ。国境を越えれば、すぐ隣国。皇家の目は行き届かんし、隣国に連れ去られてみろ。争いの火種になりかねん。
だから、皇都に住むと言う契約を彼女と交わしたのだ。大分、アリス嬢には足元を見られたがな」
エルメはそれでも残る疑問をマリオンにぶつける。
「では私と結んだ番の契約のせいで、離さないと言ってるわけではないんですか?」
「なんだそれは。そんなこと、私は一言も言った覚えはないがな。ただ君を愛しているから、離さないとは確かに言ったが・・・それに番の契約は結んでおらん」
「えっ!?でも宝石が!誓いの言葉が・・」
「契約は契約でも、あれは番の契約のフリだ。フリ」
「それじゃあ、最初から番の契約なんてなかったんですか?嘘だったの?」
「いや、古くから伝わる番の契約はある。だがあの時、君と交わしたのはそれではない。あれは真実の契約だ」
次々とマリオンの口から出てくる真実に、エルメの口はぽっかり開いていた。




