第18話 悪役はブチギレる
番の契約を交わしてから、エルメは魂が抜けたように大人しくなっていた。あんなにマリオンと言い合っていたのが嘘のように、エルメはただそこにいるだけの人形のようだった。
賭けに負け、皇太子妃という逃げられない鎖に繋がれてしまったという事実は、エルメの心からこの世界で生きる糧を奪った。
心配したアリスが毎日のように様子を見に来たが、エルメは“もう諦めたから”と言うだけだ。そんなエルメの様子にアリスは自分を責める。
「ごめんなさい。エルメ様、ごめんなさい」
エルメが「貴女のせいじゃないわ」と言っても、アリスはひたすら謝罪を口にした。
そして、マリオンもまた元気をなくしたエルメを気遣った。エルメに対する強引なまでの言動は消え、今までが嘘のように優しく接した。しかし、彼の口から番の契約を結んだことへの謝罪が語られることはなかった。
そんなある日、皇帝ダリオンが皇族を始め、国の重鎮を集めた。皇妃にマリオン、そしてエルメも例外ではない。そしてそこに皇弟バロンの姿もあった。彼がこのような場にいることは珍しく、周囲がざわつく。そして遅れて姿を見せたダリオンが着席すると、信じられない言葉を告げた。
「我が息子マリオンから皇太子の称号を剥奪。変わりに我が弟バロンにその称号を与える」
宰相を始め、その場にいる皆が驚きの声を上げ、動揺を見せる。ただ一人マリオンだけは、父親を冷静に真っ直ぐに見つめている。そして、ダリオンの話はまだ続きがあった。
それは、もしマリオンが皇太子に留まることを望むなら、エルメとは離縁し、アリスを妻とするというものだった。エルメがその理由をダリオンに問いただすと、それはエルメが最も心を痛めるものだった。
マリオンが皇太子の座を追われる理由・・・それは民が疫病で苦しんでいる時に、私欲を優先したからというものだった。
ダリオンがいう私欲。それはマリオンがエルメに出した“してほしい事を答える”という宿題に、エルメが出した答え“カラマノ王国に帰りたい”という願いを、僅かばかりに叶えようとして彼女を王国の景色に似ている湖へ連れて行ったことだった。確かにダリオンの言うとおり、帝国に流行り病が広がっている時期であったが、あの外出にはダリオンも許可を出していたはず。エルメはその理不尽な理由に憤慨し、ダリオンに向け気持ちを吐きだす。
「あの外出には、陛下も許可を出されたはず・・それなのに、それを理由にマリオン様から皇太子を剥奪するなど、酷すぎます」
皇帝相手に語気を荒げ、言葉を投げつけるエルメを周りの重鎮たちが必死に止める。しかし、スイッチの入ってしまったエルメの口が止まることはない。
「大体、大変な国難に見舞われていた時、陛下は何をされていましたか?マリオン様は自ら地方をまわり、民の窮状をその目で見て対応されました。自分の身に病が降りかかることも恐れずに・・この行動力は、誰もが真似してできるものではありません。それなのに、陛下は彼を、マリオン様を・・・・・・
陛下の目はどこに付いているのですか!?その顔に付いている両眼は、紛い物ですか!?マリオン様の真実の姿を見ようとせず、たった半日の外出すら許されぬとは、陛下こそ皇帝として失格です。
それに皇太子がたった半日居ないだけで、下々が動けなくなるほど、皇家に仕える者たちは無能なのですか!?上が下の者を信じずに何が皇帝ですか!そんな皇帝なら、私がとっとと引きずり下ろして差し上げます!!」
エルメが捲し立て終わると、部屋は静寂に包まれた。誰もが口を固く閉じる中、エルメは興奮から頬を硬直させ、ただ一人席を立ち仁王立ちしている。
皇太子妃の剣幕に口をポカンと開けて呆気にとられている者や、腕を組みエルメの言葉を目を閉じて聞いていた者など、十人十色の反応を見せていた。そして静寂を破ったのは、エルメから説教されたダリオンだった。
「言いたいことはそれだけか?そなたの言いたい事はよく分かった。だが、そなたはただの皇太子妃・・いや、もうすぐ他国の姫になるのか。対して私は国を司る皇帝。一時の感情で物事を考えてはならん立場なのだ。分かったら、下がりなさい」
そうエルメに告げたダリオンは、皇帝たる威厳を纏い、静かな眼差しを向けた。エルメは皆が見守る中、静かに部屋を後にした。




