第16話 悪役は作戦を決行する
アリスとの共同戦線を張ったエルメは、日中は彼女となるべく過ごしていた。作戦を決行するにあたり、アリスの存在が不可欠だったのだ。国を救った恩賞で皇都に屋敷を貰うことになっていたアリスは、それが整うまで皇城に滞在を許されていた為、エルメには好都合だった。
そして、エルメたちが決行のタイミングを窺っていたある日、突然その好機が訪れる。
エルメとアリスが刺繍をしながら過ごしていると、突然マリオンが部屋を訪ねてきた。公務の間に時間ができた彼が、二人をお茶に誘いに来たのだ。ついに来た絶好のチャンスに高ぶる気持ちを抑え、エルメは席に着く。
「相変わらずお忙しいようですね」
「ああ、そうだな。いつまでも新婚だと、公務を休んでられないからな。そういえば、そろそろ君にも公務を教えていこうかと母上が言っていた。そのうち呼び出されるぞ」
エルメは「まあ、そうですか。分かりましたわ」と返し、胸の内では“その呼び出しの前に居なくなるかもしれないけどね”と思っていた。そして思い出したように「あっ」と声を上げると、芝居に入った。
「忘れてたわ。部屋に美味しいお菓子を用意していたんです。今度、マリオン様と召し上がろうと思って、取り寄せたんですよ。今、取ってきますね」
「取りに行かせれば、いいだろう」
「いえ、ちょっと説明しづらい場所に置いてあるので、自分で行きます。あー、でもちょっと箱が大きいんです。マリオン様に手伝っていただけたら、助かるんですが・・・」
「全く・・呼びに行った時に言えばいいものを・・・」
そう少し不機嫌そうに言いながら、立ち上がったマリオンは、エルメの椅子を引くと彼女の手を取り歩き始める。エルメは「ごめんなさい」とマリオンの背中に声をかけ、アリスには彼にバレないよう目配せをした。それにアリスは「お菓子楽しみです」と答えると、微笑んだ。
エルメとマリオンが姿を消すと、アリスは侍女に自分のお茶のおかわりをお願いする。そして侍女がアリスに背中を向けると、素早い動きでマリオンのカップに何かを一滴入れた。そしてそのまま何食わぬ顔で、二杯目のお茶を煎れてくれた礼を侍女に言った。
アリスは新しいお茶を口にしながら、エルメとの会話を思い出す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『惚れ薬を飲ませるのよ。それで彼をアリスに惚れさせるの』
『えっ!でもそれじゃあ、小説通りになってしまいます』
『大丈夫。一滴だけなら、効果はたったの一時間。薬を飲んで、最初に見たものに惹かれるんですって・・私が彼を連れ出したら、アリスは一滴だけお茶に薬を入れてちょうだい。それで彼がお茶に口をつけたら、私は上手く隠れるから、アリスだけが彼の視界に入ってほしいの。それで彼が貴女に惚れたら、私が離婚を迫り誓約書にサインをさせる。離婚と示談金を約束する誓約書に・・・どお?簡単でしょう?』
『分かりました。薬を入れて、視界に入ればいいんですね』
『そう!よろしくね』
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アリスが心臓をドキドキさせながら待っていると、エルメとマリオンが戻ってきた。マリオンは、大きな箱を抱えている。そして持ってきたお菓子をエルメがマリオンとアリスに配り、残りは控えていた侍女に「みんなで食べてね」と渡し、早速配りに行かせる。自然とエルメたち三人になるよう人払いをしたのだ。
アリスは自分の緊張が悟られないよう努めて冷静を装った。自然とマリオンのカップに視線がいってしまいそうになるのを、お菓子を凝視することで回避する。エルメはマリオンに持ってきた菓子を薦め、自らも一口食べ、そしてマリオンも菓子を口に運び、カップに手をかける。
(きたっ!)
僅かに身体に力が入ったエルメは、表情を崩さずに菓子を味わっていた。そしてマリオンがカップを持つ手を口に運び、ゴクリとお茶を飲んだ。その瞬間、エルメは椅子から滑り落ちると、テーブルクロスが垂れ下がる中に姿を隠す。そして残されたマリオンの瞳にはアリスの姿がしっかり映っていた。
静かな部屋にカチャッとカップを置く音だけが響く。そして「あー、良かった。あったわ」とわざとらしいセリフを口にしながら、テーブルクロスの中から姿を見せたエルメ。彼女の手には、ペンと一枚の紙があった。
「マリオン様、貴方は目の前のアリス様を愛していらっしゃるのでしょう?」
エルメがそうマリオンに尋ねる。しかし、マリオンはアリスを見つめたまま、口を開かない。エルメがもう一度声をかける。
「素直に気持ちを仰ってください。私、身を引く覚悟はできてるんですよ」
すると、マリオンはアリスから視線をエルメに向けた。エルメとアリスが固唾をのんで彼の口から出てくる言葉を待っていると、ようやくマリオンは口を開く。
「君に身を引かれてもらっては、困るな。私はエルメを愛しているのだから・・・」




