第1話 思い出したら悪役でした
「きゃぁぁぁっ!」
見事な調度品が置かれた部屋に女性の悲鳴が響き渡る。
天蓋付きベッドの上には一組の男女がおり、男が女の首筋に顔を埋め夜着に手をかけたその時、女は悲鳴を上げた。力いっぱい男を突き放し、覆いかぶさる男の腕から逃れた女はベッドから飛び下りると、再び悲鳴をあげんばかりに口を開ける。しかし素早い動きで立ち上がった男が片手で女の口を塞ぎ、もう片方で腰を抱くと、軽く回転して再びベッドへ女の身体を組み敷いた。
「夫を前に悲鳴を上げるなんて、どういうことだ?」
「ゔゔゔんん・・」
口を押さえられた女は必死に何か言おうとしているが、言葉にならない。見上げる瞳には抵抗が色濃く出ており、キッと男を睨みつける。しかし、男は抵抗する女の眼差しをどこか冷めた目で受け止めると、楽しそうに言った。
「まさかこんなじゃじゃ馬だったとはな。だが、暴れ馬ほど乗りこなしたくなるのが、男というものだ。諦めろ」
「ゔーゔゔゔんんゔーゔん」
「フッ・・まさか私を相手に逃げ出そうとするとはな・・」
「んんゔー・・・・・・」
ここで女は諦めたように抵抗をやめた。しかし男を睨む瞳だけは、変わらず真っ直ぐに男へ向けている。
「諦めたようだな。それでいい。賢くなれ。どうするのが最善かを行動する前によく考えろ」
そう勝ち誇った声で男は言葉を浴びせると、女の唇に自身のそれを落とす。しかし、唇を塞ぐ前に男の口から苦しそうな声が漏れた。
「ぐはぁっっっぁぁ・・」
女は股間を押さえ悶える男を押し退け、ベッドから落ちるように下りると、扉へ走る。そしてノブに手を掛けた手を止めると、振り返り男へ言葉を投げつけた。
「・・・誰が諦めるって!?いい男は女に無理強いするもんじゃないわ!とにかく心を落ち着ける時間をちょうだい!以上っ!」
そう言って女は扉を開けると、部屋から姿を消した。
残された男は痛みに肩を震わせながら呟いた。
「無理強いって何だっ!夫が妻を抱こうとして何が不満なんだ!?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ベッドから逃れた女は、閉めた扉に背を預け「危なかったぁぁ」と呟いた。そして小さく息を吐くと、思い出したように扉の鍵を閉めた。
「とりあえず・・今日のところはこれで安心ね」
女は部屋に置かれた姿見の前に立ち、映る自分の姿を上から下までマジマジと見る。
「あー、やっぱりエルメかぁ。マズい。非常にマズい。このままいったら、バッドエンドまっしぐらじゃない!何でもっと早く気付かなかったかなぁ。結婚式終わってすぐ、しかも初夜の最中とか最悪なタイミングだわ!・・・とにかく至急対策練らないと・・」
女はそう独り言を口にすると、ソファーへ身体を沈めた。