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8 そこは病室の中




 ゆっくりと目を開ける。



 知らない天井に、ふわふわとする思考をそのままに、どうなったんだっけーとぼんやり考える。



(起き上がれない……)



 あー、そうか。

 僕、刺されたんだった。


 そうか、クレイグが治療してくれたんだっけ。


(縫合跡の美しさを、後で医者仲間みんなで見て採点してやろう……)


 悪いことを考えながら、目線だけで周囲を確認する。


 そこには、ジェシカが――。



 いる訳なかった。



「……忙しい、もんな」

「――面会謝絶だからです!!」


 ポツリと呟くと、タイミングよく入ってきたクレイグにツッコまれた。

 パチパチと目を瞬く僕に、クレイグが怒ったような顔でずんずんと近づいてくる。

 後ろにいるのはアルハイドだ。


「刺された翌日だ! 部屋に入れるのは医者だけに決まってんだろ!」

「えー…」

「クレイグ、お前心配すると怒り出すのやめろよ。そうやってすぐ口汚くなるから、毎回議会の場にお前を連れて行けないんだぞ」


 アルハイドの言葉に、クレイグは「クソッ」と吐き捨てながら、顔を赤くしてしどろもどろになっている。


「へー、クレイグ、心配したのか」

「……」

「してないらしいぞ?」

「そうみたいですね。思ったより薄情な奴でした」

「――クソがッ、心配したに決まってるだろう! ……なんで刺されたりするんだよ、馬鹿野郎!」


 クレイグは目を真っ赤にして震えていた。

 どうやら、本当に負担をかけてしまったらしい。


「悪かった。助けてくれてありがとう。お前の、お前たちのお陰だ」


 笑顔でそう言うと、二人はなんだかんだ涙ぐんでいた。

 お前ら、僕のこと大好きすぎないか?


「ところで、ジェシカは――」


「――オズに会わせて!」


 タイミングよく扉の外から聞こえた声に、僕は目を丸くする。


「聖女様、いけません! 面会謝絶です!」

「わ、私の婚約者なのよ! 会えないなんておかしいわ!」

「刺されたばかりです、医者以外謝絶です!」

「せっ、聖女なのに……っ! 私、医者よりいっぱい人を治療できて、凄いんだから!! 本当よ!」

「今は凄くありませんから、大人しく隣に建ってる神殿の自室に戻ってください」

「酷い……っ!」


 外から聞こえる会話に、僕は思わず吹き出しそうになって、お腹に力を入れてしまう。

 「いたたた」と声を出したのが彼女にも聞こえたのだろう。

 「オズ!」「会いに来たの、入れて!」という声が聞こえた。


「僕の主治医、クレイグ先生」

「……」

「手術も成功し、目が覚めました。面会謝絶を解いてもいいのではありませんか」

「……」

「面会謝絶レベルを下げて、家族は可にしてもいいのではありませんか」

「……」

「いや、別に家族は要らないけど、婚約者可にしてもらえませんか」

「クソだな」


 僕たちの会話に、アルハイドが吹き出し、僕はまたお腹に力が入って「いたたた」と声を上げる。

 ビキビキと血管を浮き上がらせたクレイグは、「……5分だけだぞ!」「これ以上腹に力を入れるなよ!」と言いながら、扉の外に出て行った。


 拍子抜けなことに、そこからしばらく、彼女は入って来なかった。


「この部屋に入るには、消毒やら何やら色々と大変なんですよ」


 アルハイドが僕の心を読んでくる。

 こいつはさらっとこういうことをしてくるんだよな。

 仕事の時はいいけど、プライベートでは近寄りたくない奴だ。


 そんなことを思っていると、消毒済みの白い服に身を包んだジェシカが飛び込んできた。


「――オズ!!」


 僕の寝台に取り縋る彼女は、既にボロボロに泣いている。

 まとめられた金色の髪、潤んだ碧眼をじっくり見ながら、ああ、僕はやっぱりこの子が好きなんだなあと思う。


「ジェシカ」


 自然と頰が緩んだ。

 また、彼女に会えて本当によかった。

 彼女を泣かせたままにしなくて済んで、本当によかった。


「オズ、大丈夫なの!?」

「うん。クレイグが治してくれたから」

「痛いところは?」

「そりゃあ、まだ痛いところはあるけどさ」


 僕の言葉に、彼女はくしゃっと顔を歪めて泣きそうな顔をする。


「わ、私が……治療できなく、なったから……」


 僕の手を握って震える彼女。


 以前の僕なら、そんな彼女に、気休めの言葉をかけることしかできなかっただろう。


 ――だけど、今は違う。


「ジェシカ。僕は、君に約束していたこと、少しは果たせたかな?」

「……え?」

「『君がいなくても人は死なないようにしてみせる』」


 ジェシカが目を見開く。

 僕はそんな彼女に、力強く微笑んだ。


「僕、死ななかっただろう?」

「……オズ」

「初めは僕だけだった。だけど、今は違う。沢山の人たちが協力してくれて、君の背負っているものを分け合いたいと思ってる」


 最初は僕一人だった。


 留学した時の仲間達も、十数人しかいなかった。


 だけどそれから、僕は沢山の人に助けられて、ここまできた。


 エインズワース王国のクラスメート達。特に、王太子エルドレッドとその婚約者ヴェロニカには大きく助けられた。

 最初は日勤と夜勤ぐらいにしか分けられなかった特別医師団の人数も、複数班の編成ができるくらい増えた。

 長兄も、アイリーンも他の妹達も、賛成派の議員達も、みんなが協力してくれている。


「今回、きっと沢山の人が亡くなったんだろう。でもそれは、君の力が及ばなかったからじゃない。君や特別医師団が来た後、助けられる命は全て拾っているはずだ。君が泣くことはない」

「私……」

「ちょっと痛いぐらいなんだ。自分の怪我を自分で治す、そんなのは当たり前のことだ。君が思い詰めるようなことじゃない。ねえ、ジェシカ」


 彼女の手を握り返す。

 彼女も、そんな僕の手を、強く強く両手で握りしめていた。


「そろそろ、君だけが一人で背負ってきたものを、僕たちにも背負わせてくれないかな」


 微笑む僕に、彼女は泣くばかりで、聞こえるのは嗚咽と、僕の名前だけ。

 泣いて泣いて、話をすることができない彼女の言葉を、僕は静かに待っていた。


「オズは……なんで、そんなに……」

「うん?」

「私に、優しいの……」


 ……あれ?

 何度も言ってるんだけど、まだ伝わっていないのか。おかしいなあ。


「仕方ないだろ? 僕は君が好きなんだから」


 僕は大人気なく、ちょっと拗ねたようにそう呟いた。

 僕の人生は『ジェシカ大好き』という要素のみで構成されているというのに、ジェシカはなんてひどい質問を投げてくるのだ。


 少し不満に思っていると、突然、彼女が光り輝き始めた。


 辺り一体が真っ白な光に包まれて、僕は、僕だけじゃない、クレイグもアルハイドも目を丸くしている。


「……!?」


 溢れ出した白い光が止むと、室内は元通りの光景に戻っていた。


「ジェシカ?」


 一体今のはなんだったのか。

 やらかした本人に聞いたけれども、彼女は泣くばかりで話ができる状態ではない。


「……あれ」

「で、殿下。大丈夫ですか」

「怪我が、治ってる」


 ……高位治癒魔法の光? いや、でもこんな光景は見たことが……。


「オズ!!」


 唖然としつつも、起き上がった僕に、ジェシカが飛びついてくる。

 僕は驚きながらも、愛しい彼女をしっかりと受け止めた。


「一体、今のはなんだったんだろう」

「……高位治癒魔法の光、でしょうか」

「今まであんな光、見たことないけど」


 よく分からないが、僕の怪我が治ったことだし、とりあえずジェシカは再び、高位治癒魔法を使えるようになった……ということなんだろう。


 よかったのか悪かったのかといったところだけど、彼女を抱きしめることができたのだから、よかったことにしておこう。



 そんなふうにのんきに考える僕は、知らなかったのだ。



 今の光は、僕がジェシカの心をギュンギュンに射抜いてしまったからこそ発現したものであることを。



 愛でいっぱいになったジェシカの魔法の光は、国中に届き、ありとあらゆる怪我や病を治してしまったことを。



 そして、一時的に怪我人、病人のいなくなった我が国で、各地の医者が食いっぱぐれそうになり、医者達の困窮補償金を賄うため予算採りに奔走することになるなど、このときの僕は予想だにしていなかったのだ……。



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