7 聖女の力が使えない日
怪我人が出ますので、苦手な方はスキップしてください。
内容は
「議会の場が襲撃に遭って、オズワルドが刺された」
です。
僕が刺されたのは、議場でのことだった。
護衛騎士に扮した過激派組織の一人に、さっくり刺されたのだ。
僕はその時思った。
(あのくそ国王、多少怪我しても聖女がいれば治るからって、警備にも手を抜いていたのか! 腐れ低脳クズ野郎!)
思わず犯人ではなく国王を睨みつけるが、脇腹を刺された僕は声を上げることができないので、僕の思いは伝わっていないだろう。
刺された僕を見てみんな暫く唖然としていたが、そのうちに悲鳴が上がり、議場は大混乱に陥った。
「殿下から犯人を引き剥がせ!」
「警備兵、配置に! 皆さん、落ち着いて壁際まで下がって!」
大混乱の最中、犯人の男はずっと笑い続けていた。
「聖女の力を独り占めする第三王子に、王族に、鉄槌を!」
笑いながら吐かれたその言葉に、これから何が起こるのか察知した僕と長兄は目を見合わせる。
「――みな、防御魔法を!!」
長兄の叫んだ言葉を聞き、言うとおりにした者が何人いただろうか。
議場は爆破され、ここ百年で見ないような大惨事となったのだった。
****
砂埃で辺りが見えない。
ざわつく周囲に、悲鳴と、血の匂い。
そんな中、長兄の声が鋭く響いている。
「私の私兵は全て呼べ! 国の兵士は当てにするな、犯人が混ざっている可能性がある!」
どうやら、ウォルト兄さんは無事のようだ。
良かった、兄さんが無事なら、きっと何とかなる。
「殿下! 気が付かれましたか!」
「アル、ハイド……」
「喋ってはいけません! 特別医師団のメンバーを全員招集しています。ウォルト殿下が兵の配置を終えたら、ここに突入させます」
そうか。怪我人は多いと思うけど、じゃあきっと、大丈夫だ。
「もうすぐ聖女様が来ます、頑張ってください。今、応急処置をしています。殿下、意識をしっかり保って!」
ジェシカが来るのか。こんなところに呼んだら危ないじゃないか。
そう思っていると、議場から多くの年配の男性の声が上がった。
「遅い! 聖女はまだか!」
「私の腕を直せ! 私は大臣だぞ、優先して治すんだ!」
「わしの方が先だ! 足をやられているんだぞ、腕ごとき後回しだ!」
「なんだと、この老害が!」
「こんなときこそ聖女の出番だろうが、まだ来ないのか! 役に立たない女だ!」
叫んでいるのは、医療充実化事業の反対派の大臣達ばかりだった。
品のない言い争いに僕が眉を顰めると、アルハイドが失笑する。
「……あれだけ元気なら、あいつらは全員後回しですよ」
その言葉に、僕がなんとかにやりと笑うと、アルハイドが少し安心したように微笑む。
ここで、兵士たちから声が上がった。
「王太子殿下! 聖女様と特別医師団が到着しました」
「第一部隊と第二部隊は聖女様と医師団をここまで通せ! 第三部隊以下は周辺警備と索敵だ、犯人を逃すな!」
「はい!」
掛け声と共に、医師団が駆け込んできた。
みな、医療のエキスパートばかりだ。外科に特化した者が多いから、みなテキパキと応急処置を施していく。
そして、ジェシカは迷わず僕のところに駆け寄ってきた。
「――オズ!!」
僕は、神殿の外で見るジェシカは新鮮でいいなあなんて思いながら、彼女に微笑む。
蒼白な顔をした彼女は、呑気な表情の僕を見て、涙をこぼしていた。
「ばか! なんでこんな、危ない目に」
「ジェシ……」
「喋ったらだめ! すぐに治すか……ら…………」
「わしを先に治せぇ!」「私が先だ!」という罵声を背景に、ジェシカの動きが止まる。
「な、治せない」
「え?」
「……ち、力が出ないの。わ、私、ちゃんとやってるのに……っ、どうして、オズ……!」
泣きながらパニックになっている彼女に、僕はハッとする。
聖女に婚約者をあてがった理由。
あの日、国王は何と言っていた?
『聖女の力を発現させるためには、愛が必要だ。その内容は何でもいい。心の安定、相手を思いやる心、――異性への思慕』
(――僕か! 僕が死にそうだから、彼女は動揺して――愛と安定から程遠い状態に……!)
まさかの事態だった。
聖女の力が使いものにならないのは、聖女になりたての二週間だけだと思っていた。
たとい動揺することがあっても、多少コントロールが鈍る程度だと――。
(こんなことなるなら教えとけよ、クソ国王!)
そう思うと同時に、聖女の婚約者が瀕死になる事態は前代未聞で、今まで誰も知らなかったのかもしれないとも思う。
「いや、お願い! ……どうしてっ、いつも上手くいくのに!!」
「……ジェシ、カ」
「いやだ、オズ! 死なないで……オズ、オズ……っ!!」
泣き叫ぶ彼女を見て、アルハイド達も唖然としている。
僕はそんな状況を見ながら、逆に冷静になっていた。
「……ル、ハイド」
「…………で、殿下」
「今が、チャンスだ。聖女の力が、使えない……この時が」
僕の言葉に、アルハイドはハッと目を見開いたあと、頷く。
「――クレイグ、こっちに来い!」
遠くで別の者の応急処置に当たっていたクレイグは、処置を素早く終わらせると、アルハイドに呼ばれてこちらに来る。
「どうした、何があった?」
「聖女様の力が使えない。お前を中心に治療に当たる。手術の術者はお前だ、いいな」
唖然としたクレイグを置いて、アルハイドは手術用の救急車両を呼び寄せる。
アイリーンのお陰で大量入手したスウィングラー王国製のものだ。中は滅菌処理されていて、外科手術を行うことができる。
いつか役に立つだろうと思っていたけど、まさか僕が使うことになるとは思わなかった。
僕が感慨深く車両を見ていると、アルハイドが現場全体に向かって叫んだ。
「――医師団はみんな聞け! 聖女の力が使えない!! 治療まで全て自分達でやるんだ、応急処置で済ませるな!」
その声に、特別医師団だけじゃない、その場の全員が一瞬動きを止め、静まり返った。
唖然とした顔、絶望した顔、さまざまな思いで動けなくなったようだ。
最初に復活したのは、やはりというか、特別医師団のメンバー達だった。
普段から夜間の緊急対応を続けてきた彼らは、歴戦の猛者だった。
このくらいの逆境に、挫けたりはしない。
「特別医師団は毎日500人以上治しているだろう! この議場の人数はもっと少ない、俺たちならやれる! 落ち着いて対応しろ!」
「――はい!!」
力強い返事と共に、特別医師団のメンバーが現場を駆け回る。
同時に、負傷者達も、アルハイドの言葉を聞いて生気を取り戻していた。
大混乱に陥りかけた現場が、秩序を取り戻す。
一部騒いでいる品のない輩はいたが、議員も参列者も、侍従侍女も負傷兵も、多くの者は大人しく医師団の治療を待っている。場合によっては医師団の指示に従って、自分達でも応急処置を施していた。
そしてアルハイドは、クレイグに指示しながら僕をすぐさま担架に乗せ、救急車両に向かって運び出した。
「クレイグ、お前が医師団で一番腕がいい。我々で殿下を救うんだ。絶対に死なせるな。頼んだぞ!」
僕を担架で車両に運びながら、アルハイドは叫ぶ。
僕は青い顔をして頷くクレイグを見て、声をかけた。
「……めず、らしいな」
「殿下、喋ってはいけません!」
「僕の治……療な……て、治験みたい……なもんだ……。もっと楽しめ……」
瀕死で軽口を叩く僕に、クレイグが「……クソッ、殿下の無茶振りが過ぎる!」と叫ぶ。
「ばかクレイグ、殿下に慰められてるんじゃない!」とアルハイドの叱責が飛んでいた。いつだって、アルハイドは僕らに厳しい。
その向こうで、長兄の声が響いた。
「聖女の力が使えない! いいか、聖女の力をあてにするな! 特別医師団のうち7割は応急処置、残りは本治療だ! 外科手術が得意な2班、4班、6班は優先して本治療に入るんだ! 搬送班、救急車両の配置を急げ!」
さすがウォルト兄さんだ。僕が言わなくても、今何が必要なのか分かっている。
僕がいなくても、大丈夫だ。
「特に外科手術が得意な者は即時オズワルドの治療に参加しろ! あいつが要だ、絶対に死なせるな!」
…………ウォルト兄さんは、なんだかんだ、僕に甘いんだよなあ……。
僕が弱々しく微笑んでいるうちに、僕は救急車両に連れ込まれてしまった。
そして、僕の担架に張り付いていたジェシカが引き剥がされる。
「や、やだ……オズを連れて行かないで。オズ……っ」
「聖女様、邪魔です! 離れて!」
医療現場で邪魔扱いされるなんて、ジェシカは初めてだろうな。
「大……丈……」
「オズ!!」
ちょっともう、声が出ないみたいだ。
慰めの一言ぐらい、格好つけて言いたかったんだけど、うまくいかないな。
なんとか力を捻り出して、僕はジェシカに向かって微笑む。
車両の扉が閉まる瞬間、最後に見たジェシカは、今まで見たことがないくらい悲壮な顔で泣いていた。
……僕が死んだら、彼女はやっぱり気に病むんだろうな。
死にたくないなあ……。
そんなことを思いながら、僕の意識は暗闇に落ちていった。