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5/11

5 必要なのは人材とお金



 3年の留学を終え、僕はオルタナシア王国に帰ってきた。


 3年間で可能な限りのコネクションを作り、幸運なことに、エインズワースの王太子エルドレッドと、その婚約者ヴェロニカと仲良くなることができた。

 彼らは留学に来た僕の世話役なだけではなく、医学大学の学生でもあったのだ。

 エインズワース王国は医療大国なので、王族は必ず1年間は医学大学に通い、医学の基礎をさらうのだという。たった1年ではあったけれども、彼らとの友情は、僕にとって大きな武器となった。


「オズワルド。元気でやれよ」

「体を大切にしてくださいね。あなたのジェシカさんにも、いつか会わせてほしいわ」


 僕の!?

 ど、ど、ど、どうだろうか。

 ジェシカは僕のなんだろうか。

 僕はジェシカのものだけど。


「お前、最後までそんな調子だったな。なんでここまでしておいて、肝心のジェシカさんに好かれている自信がないんだ」

「あらエルドレッド様。こういう関係が良いんですのに、分かってらっしゃらないのね。お互いにお互いを大切に思うが故に、決定的なことを言えない両片思い! ときめきますわ……!!」

「もう勘弁してください」


 実は、僕とジェシカの関係はヴェロニカの琴線に触れたらしく、それはもう面白おかしく脚色されて恋愛本として世に出されてしまったのだ。

 無理矢理取材された僕は、当然ながら、可能な限り情報を与えないようにしていた。

 しかし、この手の話に関して興味津々の貴族令嬢に僕が勝てるはずもなく、あの手この手で質問され、どんどん情報を引き出されてしまったのだ。

 「ジェシカ様はオズワルド様に好きだとはっきり述べたことはないんですの!?」「口付けも……まだなんですの……!」「彼女が自由になった後まで僕を選んでくれるかは分からないですって!? な、なんてこと……美味しい不安ですわ……」と、ヴェロニカは大変満足そうな顔をして取材を終了させていた。


 そして、彼女の書いた小説は、オズガルドとジェニファーの物語として、エインズワース王国のその年のベストセラーを飾ってしまった。


 本当に勘弁してほしい。


 そんな感じで色々と翻弄はされたが、2人は最終的にそんな僕のために、エインズワース国王を説得し、中位治癒魔法を使える魔法医師の一定数の引き抜き許可をとってくれた。


 彼らがいなければ、僕のやりたいことを実現するには、さらに数年を要するところだった。

 本当に、僕は恵まれたと思う。



****



 留学から帰ってきて2年、僕は国の医療体制を整えるべく尽力した。


 金はどうしたのかって?

 なんと、王太子の長兄が協力してくれたのだ。


「ウォルト兄さん、金がない」

「おいおい、もっと遠慮しろよ」

「遠慮しても金は降ってこないからな。あと1師団、医師団がほしい」

「搾るところからは搾り取った。もう手を出すところはないぞ。今の『聖女の治療が遅れ気味な夜間対応のため』という建前だけでは、これ以上の金は作り出せない。国の事業としての議決を必要とする段階だ」


 長兄の言葉に、僕は目を伏せる。



ーーーー



 留学中に、やりたいことの方針や、必要な経費を概算で打ち出した僕は、すぐに長兄に連絡をとった。

 留学中の僕の力だけでは、金を見繕うことができないからだ。


 留学し、コネクションを作り、その後にオルタナシア王国に戻り、ようやく予算採りに向けて根回しをしているようでは、タイムロスが生じる。関係者の説得に最低でも1年、実際に予算要求をするのに1年から2年。


 そして、その頃には、ジェシカは20歳を超えてしまう。

 20歳を超えて生きていた聖女は、先代と先々代くらいのもので、後は10代後半で亡くなっていたと聞いている。


 僕には時間がなかった。


 そうして長兄に縋ったところ、意外にも長兄は金の工面を引き受けてくれたのだ。


「いいの? ウォルト兄さん」

「お前、自分で頼んでおいて驚くのは失礼だろ」

「いや、でも、だって」

「……うちの国は、聖女に頼りすぎだ。そして、このままだと、魔の1ヶ月が来るのは近い」


 長兄の言葉に、僕は唇を噛み締める。

 彼は暗に、もうすぐジェシカが死ぬと、そう言っているのだ。


「そしてお前の言うとおりだ。来ると分かっている1ヶ月に対応しないのは、愚か者のやることだ」

「理由はそれだけ?」

「おいおい、格好つけさせてくれないのか」

「うん」

「……お前は俺には甘えただよなあ」


 笑う長兄を、僕は拗ねたようにジロリと睨む。


「俺の婚約者は聞いているだろう」

「うん。クラリス=クローヴィス侯爵令嬢だね。半年前に婚約者になったんだっけ」

「そうだ。お前はまだ直接会ったことがなかったよな。……彼女の実母がな、ジェシカが聖女になったときの切替えの1ヶ月で亡くなっているんだ」


 目を瞬く僕に、長兄は自嘲するように笑う。


「お前は俺にガッカリしただろう。俺は、身に降りかかったから、近くで何かが起こったからようやく腰を上げたんだ」

「兄さん」

「誰しもがきっとそうなんだろうな。聖女に全てを押し付ける歪な状態に、甘えて何もしないでいる。……だけど、俺はここで気がつくことができた。そして、俺にはきっと、できることが沢山ある」


 長兄は、自分の手を見つめた後、僕に向き直る。


「オルタナシア王国には聖女がいるから福祉に金がかかっていない。他国の予算を見ると福祉にかかる金は莫大だ。つまり、福祉予算が少ないうちの国には余裕が生じるはずなんだ。なのに、余裕があるどころか、財政は毎年厳しい。――どこかで、緩みが生じているんだと思う。心当たりもないでもない」

「僕も少しだけなら、思い当たるところがあるよ」

「後で詳しく教えてくれ。無駄な金の動きのあるところは、可能な限り取り締まる。多分、公金の流出もあると思うから、そこは徹底的に叩いておく。お前が帰ってくる頃には、常設医師団を迎え入れるための初期費用くらいは作り出せるだろうさ」

「――兄さん」


 改めて声をかけた僕に、長兄は少し緊張したそぶりを見せる。


「ありがとう。ガッカリなんてしてない。僕のために、ジェシカのために、本当にありがとう」


 僕の言葉を静かに聞いていた彼は、何かを噛み締めるように俯く。

 その後、僕を見た。


「オズワルド。お前が全ての要だ。何があっても成し遂げろ」

「分かってる」


 長兄に、僕はただ頷いた。


ーーーー



 そうやって長兄が集めてくれた資金は、既に足りない状況だった。



 この2年間でまず僕は、長兄の資金を使い、エインズワース王国にいた魔法医師から、オルタナシア王国の特別医師団に所属してくれる者を募った。

 中位治癒魔法を使える魔法医師は引く手数多なので、身分についても高待遇とすることにした。長兄と議員達に根回しをし、医師団に所属する魔法医師には、領地無しの1代名誉男爵の地位を与えることを約束したのだ。

 また、それに伴って、看護師や国際医師資格者も募った。

 給料はかなり高めに設定した。国として初めての試みであり職場環境が不安定なことや、聖女がいるオルタナシア王国での医者としての待遇の悪さを考慮したものだ。

 そうして集まった医者達を引き連れて、僕は帰国したのだ。



 ここでようやく、ジェシカは22時から3時までの5時間、誰にも邪魔されることなく就寝することができるようになった。



 これが、僕が初めて成し遂げることができたジェシカの待遇改善だった。


 それでも、毎日のことじゃない。

 聖女でないと命を繋ぐことができないという急患もいたし、夜中に聖女の治療を要求する高位貴族が暴れて、現場の医師達では対応できない日もあった。これに関しては、僕が特別医師団と共に夜勤をすることで対応済みだ。


「殿下、たまには夜に寝てください」

「僕はいい」

「特別医師団の俺たちだって、夜勤は交代制なんですよ。このままじゃ体を壊しますって」

「ああいうクソ貴族も、毎日くる訳じゃないんですから。殿下が毎日いるらしいぞーって噂を流してますし、大丈夫ですって」


 何やら、夜勤は体への負担が大きいのか、あまり続けると脳梗塞などになりやすいらしい。それにそもそも、夜勤が続く仕事だと、日常生活や人生計画に支障が出やすい。買い物だってしづらいし、家族や恋人にも会いづらくなるしな。


 だから僕は、特別医師団のメンバーには、夜勤ばかりさせるような働き方は禁じていて、希望に応じて日勤と夜勤を交代させていた。

 もちろん、特別医師団の主な目的は夜中にジェシカに仕事をさせないことだから、夜勤の日数の方が割合的には多い。しかし、特別医師団の職員が倒れるようでは本末転倒なのだ。僕は特別医師団の休暇日数は、通常よりは多めに設定し、長く働ける職場作りを目指していた。


 そして、その分余計に、特別医師団には金がかかっていた。

 けれども、これは必要な出費だ。ここを搾るようでは、僕の成し遂げたいことは実現しないだろう。


 実際に特別医師団の待遇を見て、国中から特別医師団に加入したいという若者達が少しずつ集まってきている。

 彼らに教育を施すためにも、金がいる。


 それに、外国からも、特別医師団に参加したいという医者達が集まってきているのだ。

 彼らの中には、医療体制の立ち上げ時期に立ち会うことで、自分の利権や地位を確立したいという野心を持つ者も多い。


 けれども、それで構わない。

 オルタナシア王国には、とにかく有能な医者が足りなかった。

 理由はなんであれ、うちの国で適切な治療を施してくれればいいのだ。


 だけど、とにかく金がかかる。

 僕は金の工面に頭を悩ませていた。



****



「顔色が悪いわ。病気や怪我じゃなくて疲労?」

「病気も怪我もしていないし、疲れてもないよ」

「嘘ばっかり。……疲労は私、治せないのよ。ちゃんと休んで」

「君にそんなことを言われる日がくるとはなぁ」


 けらけら笑う僕に、ジェシカは憤慨していた。


 睡眠が細切れだった状況が少し改善されたからか、彼女は目に見えるように元気を取り戻していった。

 若さもあるのか、以前よりも格段に、髪の艶も肌のハリも戻ってきている。

 そして何より、彼女は20歳になっていた。


 過酷な環境故か背はあまり伸びていないが、お人形のような美しさに女性らしさが加わって、なんとも見惚れる清楚かつ可憐な女性に成長していた。


 お察しのとおり、僕は以前にも増して、彼女の虜である。


「私の寿命が伸びても、オズが早死にしたら意味がないのよ」

「意味がないの?」

「……」


 少しでも、僕のことを心から好きだと思ってくれているんだろうか。

 ちょっと期待して彼女を見つめたけれども、彼女は頰を赤くして、長い髪で顔を隠してしまった。


「まだ、たったの5時間だ。もっと特別医師団の人数を増やしたいから、予算を増やすためにウォルト兄さんと相談してるんだ」

「……」

「ここが正念場だ。だけど、ここまで特別医師団の存在を明るみにして、広報活動もしたし、世界中から医者達も集まってきてる。多分、……いや、絶対に勝ち取ってみせる」

「……反対しているのは、誰?」


 ジェシカの言葉に、僕はびくりと体を震わせる。

 そんな僕を見て、僕の膝の上から頭を起こしたジェシカは、僕と向き合った。


 なお余談だが、留学から帰ってきてから、僕は再び、毎日彼女のところに通い、膝枕で彼女を休ませていた。

 以前と違うのは、綺麗になった彼女が、僕を見ると以前よりもずっと柔らかく微笑むことだ。膝枕をするときも、毎回少し恥じらっている。

 そんな彼女に膝枕をする時間は、僕にとっては修行のような時間になってしまっているけれども、とにかく僕は毎日彼女のところに通って、彼女を休ませているのだ。


「ジェシー。あの、寝た方がいいよ。5時間睡眠って、まだまだ短いからね?」

「オズ。ごまかさないで」

「休むのは大切なことだ。ほら、横になって」

「オズ」


 彼女に見つめられて、彼女に夢中な僕は結局すぐに陥落した。


「……国王と王妃が最も反対している」


 僕の言葉に、彼女は目を見開く。


「分かってはいたけど、ここまで強硬に反対されるとは思わなくてさ」

「オズ。いいの?」

「構わない。12歳の時から、僕はもう心を決めてるから」


 迷いのない僕に、ジェシカは目を見開いた。

 その大きな瞳に、じわーっと涙が浮かんできて、むしろ僕が慌てる。


「ジェシー、ごめん。気を遣わせたね」

「オズは、ばかね」

「そうかな?」

「うん。なんにも得しないのに」

「……前にも言われたね、それ」


 なんにも、得しない。

 ジェシカはそう言うけれども、僕は自分ではもう沢山得をしていると思ってるんだけどな。


「君がそうやって、泣いて、笑って、怒ってさ」

「……?」

「そういう姿を間近で見られて。僕はそれだけで、沢山のものを貰ってるよ」


 彼女の頭をそっと撫でると、ジェシカはポロリとその瞳から涙を落とした。


「だけどこれは僕の一方的な思いだから。ジェシカは気にしなくていいからね」

「え?」

「君は自由になった後、沢山のものに触れて、多くのものを目にするだろう。僕に縛られる必要はないんだよ」


 僕はから元気で笑う。


 そうだ、そろそろちゃんと言っておかないといけなかったんだ。

 ジェシカは僕のことを嫌いではないだろう。どっちかというと、好きでいてくれていると思う。

 だけど、彼女がこれから先もずっと僕のことを好きかどうかは、僕には分からない。


 だって、彼女は20歳になったけれども、やっぱりまだ彼女には僕しかいないのだ。


 寝る時間をギリギリ確保しているだけの彼女には余暇がない。患者とは大量に会うけれども、顔を合わせて病状確認した後、即治療して診察終了だから、私的な会話はほとんどない。治療につぐ治療、僕と30分デートして、食事と風呂、5時間寝て、また治療。以下ループ。毎日がこの流れだ、そりゃあ僕のことをそこそこ好きになるだろうよ!?

 そして、僕は彼女が好きだから、きっと彼女も僕のことを心から好きで、これから先もずっと一緒にいられると希望的観測ばかりしてしまうのだ。こんなお花畑な僕では、とても彼女の本当の気持ちを見極めることができない。


 分かっているのは、僕は彼女に、僕に囚われてほしいとは思っていないということだ。彼女が一番幸せになる道を選んでほしい。


 ジェシカは、彼女の傍を離れて留学した僕を、婚約者のままにしていてくれた。

 僕にはそれで十分なのだ。


 ……いや、本当は全然十分じゃないし、ずっと彼女の傍にいたいと思っているけど、彼女の世界が広がった結果、僕が要らなくなるなら、それは仕方がないことで、僕にはそれを受け入れる準備があるのだ。一生ずっと泣くと思うけど、彼女に追い縋ったり、権力を使って彼女を縛らないだけの分別はあるという意味だ。いや、会うたびに縋りつくかもしれないけど、彼女に無理強いだけはしない覚悟が(略


 そんなふうに考える僕に、彼女はなんだか、すごい顔をして震えていた。

 あれ、これは……もしかして、怒ってる?


「オズは、私のことが本当に大好きよね」

「えっ……う、うん。そうだけど」

「なのに、本当に無神経!」

「ご、ごめん」

「オズ以外、要らないって言った。なのにオズは、私がオズ以外を選ぶと思ってるの」


 戸惑うまま、返事ができない僕に、ジェシカは手を固く握りしめている。


「私、きっと今から環境が改善されても、そんなに長生きはできないわ。体もボロボロだし、出産だってできるか分からない」


 高位治癒魔法の弱点。

 疲労による摩耗は治せない。

 だから、ジェシカの言うとおり、彼女の寿命は長くはないだろう。


「だから、オズが私のことを忘れてもいいようにって思ってたのに」

「僕が君以外を好きになるなんて、一生ないよ」


 僕の口からするりと出てきた言葉に、ジェシカは目を丸くしている。


 その後、首から上を真っ赤に染めたジェシカが、僕の顔を両手で挟んだ。

 頰をぎゅーっと挟まれて、僕は変な顔になっていると思う。


「何するんだよ」

「私なんかに囚われて、ばかじゃないの」

「まあ、僕はばかだと思うけど」

「本当に私のこと、一生忘れないつもりなの」

「つもりっていうか、忘れるなんて無理だよね。こんなに好きなのに」

「私の気遣い、台無しじゃない!」

「気遣いって?」



 ジェシカは、そっと僕の唇を奪った。



 その触れるか触れないかの口付けに、僕の頭の中は真っ白になる。



「……好き」



 抱きついて、耳元で囁かれた、本当に小さいその声。




「言わずに、逝こうと思ってたのに……」 




 僕は、彼女の気遣いを台無しにするばかでよかった。



 僕は心の底から、そう思った。




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